第43話 もっと、ぎゅっと ~Scene Change~

「あれ、職員室に用事・・?」


ついさっきまでサミット(学園定例報告会)で顔を合わせていた生徒会長が珍しいものを見たような表情でこちらを見て来た。


失礼だなぁ、と思いつつも、まあ納得は出来る。


目の前は職員室という、運動専門の生徒にはあまりご縁の無い場所で遭遇する事はまずない相手だろう、俺は。


「いや、その先に用事、そういうそっちは、また教師陣と打ち合わせか」


友英学園の教育理念は、生徒の自主性を尊重し、より一層の成長を図る事。


その為、学校運営に関しては理事長を始めとする経営陣が、行事などの学生生活全般に関しては、生徒会長を始めとする執行役員(各クラスの委員長、学年主席、文化部、運動部の代表から選出される)に一任されている。


よく言えば、自由、悪く言えば丸投げ、なのだ。


生徒主体で充実した学園生活を維持していく為に、他校と比べて格段に会議が多い。


部活動、行事関連の予算編成も全て執行部が担うので、打ち合わせや面談、視察なども定期的に発生する。


とにかくそんじょそこらのサラリーマンよりも忙しいのが友英会だ。


そんな少数先鋭の部隊に、入学間もない1年生の春から所属している綾小路一臣の有能ぶりは、交流のある近隣の高校にまで響き渡っている。


統率力があり、交渉能力にも長けた有能な人材は、当然教師からの信頼も厚く、何かと便利に使われている。


これも長い目で見ればコネクションのひとつになる、と数年先を見越した彼の達観ぷりには舌を巻くが、どう考えてもそちら側にはいけそうにない。


「来週市議会議員との意見交換会があるらしくてさ。学園生活についてのコメントを頼まれてる」


「忙しいなぁ」


「もう慣れてるよ。それより、保健室に用事って事は、また怪我したのか?」


「あー、いや、今日は俺じゃなくて、南が」


「え、望月が?貧血?」


こういう時に女子特有の体調不良がすぐに思い浮かぶあたり、さすが医者の息子だ。


「階段の手前で躓いて、膝擦りむいてさ。結構派手に怪我したから、念のため包帯貰いに」


「珍しいな。運動神経良いほうなのに」


「あーそうだよな。俺もあいつが転んだとこなんて初めて見たわ。まあ、でも大した事ねぇから」


「女の子が怪我して、大したことない、はないだろ、可哀そうに・・・妹たちが心配するだろうね」


さらりと答えた綾小路の痛ましげな表情は、見ているこちらの方が辛くなってくる。


共感力の高さがモテるポイント!と昨夜のバラエティー番組で声高にタレント芸人がうたっていたことを思い出す。


嫌味なく相手の痛みにより添えて、心を通わせる事が出来る人間は、そんなに多くない。


彼がこの学園の代表で良かったと心から思える。


「俺は怪我には慣れてるからなぁ。巧弥の方は真っ青になってたけど」


「へえ・・・まあ、相手が相手だし、そうなるだろう。血相変えてるところ、ちょっと見たかったな」


「俺が運ぶ前にさっさと抱き上げて連れてっちまうし。かと思えば眉間に皴寄せて小言漏らすし、最近のあいつ、面白れぇよ」


「大事なものが目の前で傷ついたら、冷静ではいられないだろ」


「素直に心配すりゃいいのに、まどろっこしいから放置してきた」


「じゃあ、時間潰さないと」


「だよなぁ・・・食堂行って戻ってる間に、仲直りしてりゃあいいけど」


「・・・さらに望月が泣かされてない事を祈るよ・・・それじゃあ、お疲れ」


「おう、またなー」


書類を抱えて職員室に入っていく綾小路を見送って、のんびりと保健室に向かって歩き出す。


美人の泣き顔はそれはそれは絵になるが、やっぱり南は笑っている方が綺麗で可愛い。


俺でさえそう思うのだから、そこに恋愛感情の加わった巧弥なら尚更だ。


泣かせるなんて馬鹿な所業はするはずがないし、基本的に巧弥は女子供に優しい。


安心しきった俺が、足音を忍ばせて機材室のドアを開けた後、涙目の南と遭遇するのはこの数分後の事になる。

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