第29話 月下に吠える
決戦は終わった。
時間稼ぎどころか、邪竜の撃滅までしてしまったのだ、少しサービスのし過ぎである。
精魂尽き果てた私たちは、抜け殻のように大地に横になった。
「お疲れ様ですわアリシアさん。そんなところで寝ていてはお体に障りますよ」
「んあ? ってシスター⁉」
ウトウトと意識を飛ばしそうな私の顔を覗き込んでくるのは、この地獄へと招待してくれた張本人の顔だった。
「ってなんですか、見てたんですか?」
「ええもちろん」
シスターはすました顔でそう言ってきた。
まぁ恐らくは安全な所から一部始終を観察していたという所だろう。
暇だったら少しは手伝ってくれてもいいのに。という言葉を胸に隠して、私は痛む体に鞭打って何とか起き上がる。
「それにしてもお見事ですわアリシアさん。あなたは期待以上のことをやっていただけました」
「まっ、こんなところです」
私は肩をすくめながらそう言った。
せっかく借金が無くなって自由を謳歌できる身となるのだ、こんなところで死んでしまうのはバカらしい。
「で、約束。忘れてはいないですよね?」
「もちろんでございます」
シスターはそう言って懐から紙を取り出す。
そこに記載されているのは借金完済の神々しい文字。
そう、私はこのために命を張ったのだ。
「よっっっっっしゃーーーーーーー!」
私は大声で叫んで両手を高々と天に捧げる。
ああ、夢にまで見た借金完済。
これから私は自由の身。
世界がキラキラと輝いて見える。
ああ、世界はこんなにも美しかったのか。
と、私が自由の風を満喫していると、シスターが話しかけて来た。
「時にアリシアさん」
「んー、なんですかー」
借金完済した身では、もう彼女とは何のかかわりもない赤の他人だ。
だけどまぁ、今はこれ以上ないほど気分がいい、話位は聞いてやろうと耳を傾ける。
「教会が用意したアーティファクトはお役に立ったでしょうか?」
「まーそうねー」
私はチラリと周囲を見渡しながらそう言った。
そこに転がるのは残骸の山。かつては伝説級のアーティファクトであったものの成れの果てだ。
これらの品がなければ、私如き小娘などあっという間に魔獣のお腹の中だっただろうが、そもそもこの話を持ち掛けてきたのは向こうである。後のことなんて知ったこっちゃないと思っていた時だった。
シスターはこんな懐からもう一枚の紙を取り出してきた。
「ではこれを」
「ん? なんですこれ?」
私は差し出された紙に目を通す。
それには数えるのも億劫なほどに0が並んだ紙だった。
「んーーん?」
私は初めて数字と言うものを目にした幼子のような気持ちでシスターを見つめ返す。
するとシスターはにこやかな笑みを浮かべてこう言った。
「アリシアさん、あなたが高祖父より受け継いだ借金は完済しました。
これは今回新たに出来たお金ですわ」
「ん?」
アリシアよくわかんなーい。
「教会が此度のクエストに当たって準備した伝説級のアーティファクトの数々、そのお代になりますわ」
「ちょちょちょ! 待ってくださいシスター! これって教会がくれたものじゃないんですか⁉」
私はシスターにそう詰め寄る。
だが、
「嫌ですわ、嫌ですわアリシアさん。
これらは全てアリシアさんに「貸し与えた」もの。
貸したものは返してもらわねば参りません。
ですが――」
そこにあるのは残骸の山。
「あらあら、困りましたわねアリシアさん。
貸したものを返す時は原状復帰が常識と言うもの。
ですが、このありさまでは
「あ……ああ……」
「ですのでこの借用書となりますわ。
アリシアさんと
果てしなく並ぶ0の数、その額はひいひいおじいちゃんがこしらえたものより一回り大きい額だった。
「わ……」
「わ?」
「私の自由を返せーーーーーーーーーーーーーーー!」
草原に私の叫びが木霊するのであった。
★
なんだか知らないが、気を失った契約主を背に乗せて住処へと戻る。
「うーーん。お金……お金……」
なんだか分からない寝言を呟いているが、寝言が言えるという事は生きているという事だ。
今回の戦いでだいぶ力を使ってしまった。
自分に残された時間は後幾ばくも無いだろう。
『じゃがまぁ、悪くない時間じゃった』
老狼はそう呟く。
思えば長い時間が流れたものだ。
最強による孤高を過ごした時間。
ひとりの人間と出会い、その契約獣として過ごした冒険の日々。
そして、今回。
小さな少女と過ごした短い時間。
『ふぉっふぉっふぉ。是非もなし――か』
時間は流れる、一方方向へ。
それは最強であっても止められやしない。
残された時間をどう使おうか。
事はそう言う段階にきているのだ。
と、老狼が考えている時だった。
「是非もなし――じゃないわよ」
『おう? 起きたのかアリシアよ』
「当り前よ! 寝てなんていられないわ!」
少女はがばりと起き上がると、老狼にまたがりこう叫んだ。
「借金背負ったままなんてまっぴらごめんよ! 自由を手にするまで私は死ぬわけにはいかないわ!」
そして、少女はこう叫ぶ。
「こうしちゃいられないわ! アンタが元気なうちにまだまだ稼がせてもらうからね! 分かった! ルード!」
『ふぉっふぉっふぉ。そりゃー大変じゃわい』
「行くわよー! えいえいおー!」
『わおおおおおおおん!』
「えいえいおー!」
『わおおおおおおおん!』
月夜の晩に、ひとりと一匹の遠吠えが、遥か彼方まで轟いたのであった。
私の愛犬は「元」最強です! 完結
私の愛犬は「元」最強です!【完結済】 まさひろ @masahiro2017
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