第28話 決着

「ファイアーボール!」


 目の前に飛んできた別の赤によって、私に覆いかぶさっていた魔獣は吹き飛ばされる。


「……え?」

「皆の者! 今こそ人狼族の真価を見せる時でござる!」


 次に映ったのは、刀剣の煌めき。

 そして、耳に届くのは勇ましい雄たけびの声だった。


「アリシア! 大丈夫!」

「ソノラ……どうして……」


 血だらけの私を抱え起こしてくれたのは紛れもなく彼女だった。


「はっはー! 水臭いぞアリシア! 敵は邪竜率いる悪鬼の軍団! まごうことなき悪そのもの!

 ならば! 正義の刃ここにあり! このルード、友を見捨てるようなことは決してない!」


 魔獣に突っ込んでいったルードさんがあっさりと返り討ちに合う。まぁそれはいつものことだからいいとして。


「なにやってるのよソノラ! こんな危険な!」

「危険だからでしょ!」

「う……」

「アンタに全てを押し付けて、呑気に寝てられるような私じゃないわ」


 ソノラはそう言いながら火球を打ち続ける。


「そう言う凝った、水臭いぜ嬢ちゃん」

「シーザーさん……」


 シーザーさんは私たちをかばうように前に立ち矢を放つ。

 その私たちを囲むように陣取っているのは人狼族たちだ。彼らは津波のように襲い掛かってくる魔獣たちに一歩も引かずに武器を振るう。


「くくく。今宵の餓狼牙は血に飢えてるでござる」


 その先頭に立つのはシロだ、まだ病み上がりの体だろうに、元気よく漆黒の刀を振り回している。と言うか、餓狼牙の使い過ぎでハイになっている。ついでに言えば今は真昼間だ。


「アンタたち……」


 想定外の応援が来てくれた。

 その数は数十。

 数万の魔獣を前にしてみれば、吹けば飛ぶような数でしかない。


 でも!


「ソノラはその杖を! それならばあなたにも扱えるわ!

 シーザーさんはそっちの弓!」


 私は素早く指示を出す。

 伝説級のアーティファクトともなると、それを使うにもそれ相応のレベルなりクラスなりを要求される。

 私はそれを素早く読み取り、装備可能な武器を指し示す。

 最上位クラスの武器とは行かないが、なにしろこっちは馬車一台分の武装を用意してきたのだ、選択肢はいくらでもある。


「おっ俺様は⁉ 俺様の分はないのか⁉」


 あっという間に血だらけになったルードさんが折れた剣を片手にそう叫ぶ。

 だが、彼は何のとりえもないレベルが低い初級職、彼に適合する物となると……。


「あった! それだわ! それを使って! それは勇者の剣よ! それはあなたにしか扱えないわ!」

「よし来た!」


 ルードさんは私の指示に勢いよく頷くと地面に突き刺さっていた剣を手に駆け出していく。


「勇者の剣ねぇ、そんな都合のいいもの良く転がってたわね」

「転がっているわけないじゃないそんなもの。アレ本当は愚者の剣って名前よ」

「はっ、そりゃいい。あのバカにはお似合いだわ」


 ソノラは笑いながら火球を撃ち込む。

 そう、ルードさんが手にしたのは愚者の剣と言うアーティファクトだ。

 だが――


「うおおおおおお! 必殺! 疾風雷神剣!」


 雄たけびと共に放たれた一撃によりルードさんの目の前に立ちふさがった魔獣が両断される。


 そう、愚者の剣の装備条件は装備者のINTが一定以下であること。その名の通りバカのための剣だ。


「うわはははははは! これだ! ついに俺様は相棒に巡り合えた!」


 調子に乗ったルードさんは人狼族に混じって最前線で意気揚々と切り結ぶ。

 愚者の剣、それは装備者のINTが低ければ低いほど切れ味を増す伝説級のアーティファクト。いったいどこのどいつがこんなけったいなものを作ったのかは知らないが。ルードさんにとってはまさしくこれ以上ないお似合いの武器だった。


 川岸での攻防は続く。

 皆それぞれが教会秘蔵のアーティファクトを手にした現状では、一騎当千の勇者の群れだ。


(この分なら……)


 何とかここを保つことはできる。

 そう判断した私は、はるか先、ルードへと意識を向けた。



 ★



『ふん、くだらんな。この程度の攻撃で地に付すなど、あの時の貴様では想像も及ばぬぞ』

『ふぉっ……ふぉっ……』


 よろよろと血まみれのルードは立ち上がる。

 倒れては吹き飛ばされ、倒れては吹き飛ばされ。

 それでもなお立ち上がる。

 切り傷は数えきれず、骨もあちこち折れている。

 だが、それでもなお立ち上がる。


『見るに堪えんな、いたぶるのはここまでにしてやろう』


 ファヴァニールはそう言って大きく口を開く。

 その時だった。


『む?』


 ファヴァニールとルードの間の地面が突如ひび割れ、そこから緑の巨人が現れた。


『ほう、貴様か』

「ええ、久しいですね」


 緑の巨人――ドリアードは優し気にそう答えた。


『くくく。今度は貴様が我の相手をするというのか? よかろう、このような死にかけを相手にしても歯ごたえがないというもの。

 だが、貴様のその身で何ができる?』


 ファヴァニールは見下すようにそう言った。


「そうですね。あなたが言う通り、今の私はただの映し身に過ぎません。あなたと事を構えるようなことは不可能です」


 ドリアードはあっさりとそう答える。

 そして、ファヴァニールから視線をルードのほうへ向けてこう言った。


「ですが、私にもできることがあります。

 仇には仇で、恩には恩でお返しします」


 ドリアードはそう言うと、空に向けて手を伸ばす。

 それと同時に大地が大きく振動を始める。

 だが変化はそれだけではない、ドリアードを中心に巨大な力の渦が巻き起こる。


『む?』


 目の前の異変をファヴァニールが注視していると、ドリアードは掲げていた手をルードの方へと差し伸ばした。

 力の渦――大地のエレメンタルであるドリアードが一帯より集めた地の力が猛烈な勢いでルードに注がれていく。


『ぐ……』


 体内に流れ込んでいく莫大な力に、ルードはくぐもった声を上げる。

 そして変化が訪れる。

 年老いてつやを失っていた体毛は輝きを取り戻し、細く薄くなっていた筋肉ははち切れんばかりに膨れ上がる。数えるもの億劫だった傷は全てふさがり、あちこちにあった骨折も全て繋ぎなおされた。


 ドリアードが手を下ろした後、そこに存在したのはなんであろう、全盛期の姿を取り戻したルードそのものであった。


「あの時のお返しです白雷。

 余計な事だったかもしれませんが、これであなたは一時の間全盛期の姿を取り戻したことになります」

 

 そう、優し気に語り掛けるドリアードにルードは小さく笑ってこう言った。


『はっ、余計なお世話だ。こんなトカゲ一匹、今の俺でも十分だ。

 だが、まぁ一応は例を言っておくぜ』

「そうですか。力になったのならば幸いです」


 そうほほ笑むドリアードにルードはこう付け加える。


『だがよ、ひとつ訂正だ。俺の名前はルードって言うんだ、二度と間違えるんじゃねぇぞ』

「ええ、承知いたしました。ルード」


 ドリアードはそう言うと、大地の隙間から消えていく。


『ふっ、随分とお行儀よく待ってたじゃねぇか』


 ルードは眼前に立つファヴァニールに向けてそう言った。


『くくく。死にかけの貴様を屠っても、我の気は晴れぬと言うものだ』


 ファヴァニールはそう言うと、彼の配下に合図を出す。

 それと同時に、数十のワイバーンが一斉にルードへと襲い掛かった。


『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』


 全盛期のルードが放つ最大の咆哮。

 それは物理的破壊力をもって、押し寄せる数十のワイバーンを爆散させた。


『くくく。それでこそよッ!』

『はっ、行くぜトカゲ野郎ッ!』


 こうして、最強と最強の戦いの火ぶたが切って落とされた。


 目も留まらぬ速度。

 ルードは白雷の異名にたがわぬ動きで、縦横無尽に走り回る。

 それに対するは神話の昔より世界に悪名をとどろかせた邪竜ファヴァニール。その漆黒のブレスはあらゆるものを焼き尽くし、その凶爪はあらゆるものを引き裂いた。

 ルードは絶え間なく降り注ぐ攻撃を残像が残るほどの速さでかわし続け、必殺の一撃の機会をうかがう。

 ファヴァニールは速度で勝るルードを捕らえようと、彼の配下でルードの道を遮り、広範囲のブレスを叩き込まんとする。

 だが、今のルードにとっては、どれだけの魔獣が立ちふさがろうとも、そんなものは物の数ではなかった。彼の前に立ちふさがった魔獣はその突進の勢いで爆散する。

 二匹の最強がぶつかり合う余波を受け、周囲の魔獣はことごとく塵に帰る。


 ファヴァニールはルードを捕らえきれない。だが、ルードもまたファヴァニールへ有効打を与えきれなかった。

 ファヴァニールは体長10mは越す超大型の魔獣である。その体力、その防御力は常識の埒外にあった。

 時間だけがじりじりと過ぎ去っていく。

 そして、時間はファヴァニールへと味方をする。


『がッ⁉』


 ファヴァニールの爪がルードを捕らえた。

 元より、ルードの力は時限式のもの、いくら神の如き精霊の力でも時間を巻き戻すことなど出来はしないのだ。


『てこずらせ……おって……』


 ファヴァニールは息を荒げながらそう呟く。

 彼の全身もまた血まみれのありさまだった。

 ルードが仕掛けた攻撃は数百にも及ぶ、漆黒の鱗は至る所で剥がれ落ち、その尾は半ばで切断されていた。


『だが、これで終いだッ!』


 倒れ伏す、ルードを喰らわんと、ファヴァニールは大きく口を開き襲い掛かる。

 その時――それまで生じていた破壊音に比べればあまりにも小さな声がなった。


「ルード」

『⁉』


 ファヴァニールの嚙みつきは大地をえぐるのみだった。

 彼は混乱する。

 どう考えても必殺の一撃だった。あそこからあの白狼が攻撃をかわすことなど出来やしなかった。

 そして、彼の頭上後方から発せられた殺気にとっさに振り替える。

 それは反射的な行動。

 だが、それが命取りとなった。


『がッ⁉』


 飛来してきた白き雷。

 その牙にて彼の喉笛は噛みちぎられた。



 ★



 大きな音を立て、災厄の魔獣、ファヴァニールは地に付した。


「アンタの敗因はごく単純よ」


 私はビヤーキーのマントの力によって空に浮きながらそう呟く。


「アンタにとっちゃ私なんかただのルードの付属品、注意を払うまでもない」


 私の手にあるのはハスターのナイフ。私はこれを使って絶命の危機にあるルードを必殺の位置へと呼び寄せたのだ。

 どんなものでも油断するのは、とどめの時。自分が絶対に有利な状況にあってそれが履替えされたら? 結果はこのありさまだ。


 私は、怪獣決戦の隙を伺いつつ、身隠しのヴェールを使ってそばに潜んでいた。

 正直な所、戦いの余波で死にそうになったことは何度となくあったが、まぁ結果オーライだ。

 そして、あの邪竜がとどめを刺さんとした時に、一発逆転の手を打った。言ってみればただそれだけだ。


 周囲を見渡す。

 大部分の魔獣は怪獣決戦の余波を受け壊滅。

 そうでないものも、ファヴァニールが死んだことでその呪縛が解け、方々へと散らばっていく。


「ふぅ……何とかなったわねー」


 へなへなと全身の力が抜けていく。

 死を覚悟したのは一度や二度ではない、むしろ覚悟しなかった瞬間と言うのが存在しなかった位だ。


「おつかれ、ルード」

『ふぉっふぉっふぉ。まぁこんなもんじゃろうて』


 私は、傷だらけのルードの体にそっと手を触れたのであった。

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