エピローグ
――八年後
この日は東京ADFスタジアムで全日本ADFトーナメントの準決勝が行われる。
まだ決勝戦ではないにも関わらず、準決勝の二試合はどちらも大注目の一戦として連日のニュースで話題に上がるほどだった。
「おぉ、すげぇ見やすいじゃないっすか!?」
「麗花様に感謝するんだな。この一戦をVIPルームで観戦できるなんて贅沢が過ぎるというものだ」
龍一と紗月はこの八年の間にADFタッグプロとして世界ランキング十位のトップ選手にまで登り詰めていた。
続いて理帆と風奈の二人もVIPルームに入室する。
「私も来て良かったのかなぁ」
「ん、私なんて一昨日負けたばかり」
理帆はADs整備士として実家のADsショップを手伝いつつ、元蒼天学園メンバーの専属整備士として活躍している。
風奈は高校を卒業して本格的にADFを続けたことで、今や忍者の異名を持つ日本ランキング十位のプロ選手にまで成長した。
「負けたってもこの大会の中じゃ一番良い勝負してたじゃねぇか」
「悔しいものは悔しい」
「また次頑張ればいいよフウちゃん!」
「今回は相手が相手だ……この大会、この準決勝に掛ける想いは他の誰よりも強かったことだろう」
四人が談笑していると数分遅れて麗花がVIPルームにやって来た。
麗花は高校を卒業してからすぐに実家の迅堂財閥の経営に携わり、祖父の意思を次いで後任としてADF事業を一手に任されていた。
今では迅堂財閥はADF協会最大のスポンサー企業を務めている。
「申し訳ありません、話が長くなってしまいましたわ。皆さん揃っていますわね?」
麗花はここに来る途中でADF協会の役員に呼び止められていた。立場上無下にもできず付き合っていたが、試合が間もなくと言うことで強引に話しを切り上げてきたのだ。
「ご苦労様です、麗花様」
「ありがとう、紗月」
麗花が入室するとすぐに紗月が飲み物を用意して麗花の席の前に置く。そして麗花は席について一息吐くと、感慨深いように呟いた。
「この会場にこの面々が集まると、どうしてもあの日の事を思い出してしまいますわ」
「そりゃあ、忘れられるわけがないっすよ」
「あぁ、そうだな」
「はい」
「んっ」
八年前のあの激闘は何年経っても色褪せることなく、この場にいる全員の記憶に刻み込まれている。
『会場の皆様大変お待たせ致しました。全日本ADFトーナメント準決勝、第一試合を始めます』
「遂に始まりますわね」
「この試合の次は疾風迅雷と剣聖の試合ってほんとすげぇよな」
「何か運命を感じてしまうな」
「ん、凄い」
「こっちが緊張してきちゃうね」
元蒼天学園の面々はそれぞれの想いを抱きつつ、試合場へと視線を向けた。
『東ゲートから入場致しますは、今や世界中にその名を轟かす最強の男。疾風迅雷、剣聖と共に日本のADF界を導く存在にして現ADF世界ランキング一位、堕天使、星ヶ谷天馬選手!!』
会場の紹介アナウンスが流れると同時に天馬が入場すると割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こる。
今の日本ADF界は刀神の現役時代を超えたかつてない盛り上がりを見せていた。
その最たる要因は、楓、隼人、天馬の三人が世界ランキングのトップスリーを独占していることにある。
付け加えるならばこの後に行われる準決勝第二試合、疾風迅雷と剣聖の勝った方が挑戦者として世界ランク一位の座を掛けて天馬と対戦することになっている。
他にも世界ランキング十位には戦乙女の閃菜もランクインしており、三十位圏内には黄金世代をはじめとする多くの日本人がランキング入りを果たしている。
『続きまして西ゲートから入場致しますは、中学生でありながら数多のアマチュア大会を総なめにし、未だ公式戦無敗! そしてなんと、本日の対戦相手である星ヶ谷天馬選手と同門にして実の兄妹! 星ヶ谷由美奈選手!!』
天馬の入場に勝るとも劣らない盛り上がりが会場を包み込んだ。
中学生になった由美奈は兄の背を追うようにADFの世界に足を踏み入れた。
由美奈が持つその白銀の天翼は見る者を魅了し、まるで神話に登場する本物の天使のようだとアイドル的な人気も集めている。
しかしその実力も疑いようはなく、世界ランカーも混ざるこのトーナメントを全勝で勝ち上がってきていた。
天馬と由美奈、共に天空拳の使い手である二人は試合場中央で向かい合った。
「ねぇ、お兄ちゃん。私が昔話した夢のこと覚えてる?」
「当然だろ、ちゃんと覚えてるよ」
『そうだお母さん!? 由美奈にも夢ができたんだよ!』
『あら、それはどんな夢なのかしら?』
『世界で二番目に強いADF選手になるの!!』
『どうして一番ではないの?』
『一番はお兄ちゃんだもん! だから由美奈は二番目なんだよ』
その時の光景を思い出しながら天馬は笑みを浮かべて由美奈を見た。妹が何を言うつもりか察しが付いてしまったからだ。
「ならその夢ちょっと変更! 由美奈が世界で一番目で、お兄ちゃんが二番目ね!?」
由美奈は満面の笑みを浮かべて天馬に宣言した。
「……そうか、だが残念ながらその夢は叶わない。俺が引退しない限り由美奈は一番にはなれないからな」
「えー、何でよ!? 別に譲ってくれたって良いじゃん!」
「それはできない相談だ。俺はいつまでもカッコイイお兄ちゃんでいたいからな」
「あはははっ、何それ変なの! じゃあもういいよ、力尽くで一番になるからさ。私に負けても泣かないでよね?」
「それはこっちの台詞だな。公式戦で俺に負けたからって泣かないでくれよ?」
練習ではもう数えきれないほどに対戦した二人だが、公式戦での試合はこれが初めてだった。
二人はお互いに笑い合った後に開始位置に移動すると、全く同じ構えを取ってその瞬間を待つ。
そして、大型ビジョンに表示されたカウントが零になると――
「「天空拳、初伝――牙突!」」
幾度となく拳と拳を合わせる二人は地上を駆け、空を飛ぶ。
そんな二人の姿を見た誰もがこの言葉を思い浮かべることだろう……
天使の武踏
天使の武踏 ポヨン @poyonsan
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