釘を刺された話

ぶざますぎる

釘を刺された話

「近くで昼から飲める店を知ってるんだ。せっかくだし飲もうよ」

 現場終わりにMから誘われた。

 私は2号警備の仕事をしている。その日、私とMが派遣された現場は半ドン(半日で現場が終わること)で終わった。半ドンの場合、日給が半分になることもある。だが、その時は業者の厚意で一日分の日給をもらえた。Mも私も上機嫌。

 私はMの誘いに乗った。

 Mに案内され、年季の入った狭く小さい立ち飲み屋に入る。店内には数人の先客が居た。Mは二人分のホッピーセットと串物を数品注文すると、私に言った。

「実は面白い話があってさ。今日誘ったのは、それを話したいからってのもあるんだよ」


 過日、飲み屋を新規開拓しようと思ったMは、とあるスナックに入った。小ざっぱりとした店内に、気風のいいママ。常連らしき客も数名いたが、彼らはとても友好的ですぐに打ち解けることができた。当たりの店を引いたな、とMは思った。

「ママには霊感があるんだよ」盛り上がっている裡、客の1人が言った。

 Mは興味を惹かれ、自分には何か憑いているかと、ママに訊いた。

 最初、適当にあしらわれた。だが、ママのその態度の裡に、何か隠している気配を感じたMは食い下がった。どういうことを言われても気にしないから、見たままを言ってほしい。

 しぶしぶと話始めたママによると、巨大な釘がMの体を貫いているのだという。入店した時からずっと、Mの体には釘が刺さっていたそうで、内心、嫌な客が来たなとは思っていたらしい。

 「こんなの見たことないよ。あなた一体、何したの」


 ――実際のところ、身に覚えはあるんですか。そこまで話を聞いた私はMに尋ねた。

「まあ、あったわな」Mは言った「これ」

 Mがスマートフォンを私に差し出す。画面に藁人形が映っている。Mによると、以前に派遣された現場の近くに無人の小さな神社があり、そこの木に刺されていたものを拝借して持ち帰ったのだという。

 呆れる私に対して、滅多に見れるものじゃないし、その時は呪いなんて信じてなかったんだよ。と、Mは弁明するように言った。


 釘が体を貫いているとママに指摘された時、Mは持ち帰った藁人形のことに思い至ったが、その場ではシラを切った。そして、誤魔化すために強引に話を逸らしたが、どうも先程までの盛り上がりにも冷えが入り、Mは帰ることにした。

 家に帰ると、Mはすぐに藁人形を探し出した。持ち帰られて以来、ずっと押し入れの中に突っ込んでおかれたソレは、少し埃を被っていた。持ち帰ったのは一ヶ月ほど前だが、体調を崩したわけでも、幽霊を見たわけでもない。だが、呪いを信じないにせよ、偶然の一致にせよ、Mは気味が悪くなった。何でおれはこんなものを持ち帰った?何で、おれはこんなものを押し入れに突っ込んでおいたまま平気でいた?

 今すぐこれを捨てに行こう。Mが思い立った時、夜も更けていた。だが、どこに捨てればいいのか。これを拾った神社は家から遠い。ゴミ捨て場に置くのも、なんだか気が引ける。逡巡している裡、近所の観音寺院の存在を思い出した。

 Mによると、その観音寺院は、周りを木々に囲まれた静かな場所に位置していたらしい。遅い時間ということもあって、暗い境内にはMの他、誰も居なかった。さて、やって来たはいいものの、Mはどこに藁人形を置けばいいのか迷った。暫時、右顧左眄して、結句、本堂の脇にあった観音堂の前に置いた。そして一応、合掌をして帰った。

 家に帰ってすぐ、Mは寝たそうだが、深更、胸元に激しい痛みを感じて目が覚めた。体が動かない。Mは10代の時分、喧嘩中に肥後守で刺されたことがあるそうだが、その時の痛みを思い出したらしい。苦しんでいる裡、頭の自由だけが利くようになった。Mは頭をもたげて、激しく痛む胸部を見た。

 大きな釘がMの胸に突き刺さっていた。Mには我が身を貫く釘の平頭部分が見えた。

「二度目は無いぞ」

 間近に雷でも落ちたかのような怒鳴り声が部屋中に響いた。そして、Mが言うには巨大な手が天井から降りてきたのだという。その手は釘を掴むと一気に引き抜いた。先程までとは違った、それでいて、これまた激しい痛みを感じつつMは気を失った。   


「釘をさされたわけですね」内心、上手いことを言ったなと自分で思いながら、私は感想を述べた「でも、その後は何もなかったんですか」

「ないよ。まぁ、まだ一度目だし。二度目をやるつもりはないし……」Mは言った。


 その日以降、Mと現場が一緒になったことはない。たまに彼のことを思い出し、その度に私は、彼が二度目の過ちを犯さないことを祈っている。ただ、それと同時に「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という諺が脳裏を過る。


<了>

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