第12話

 「エビフリッターのマヨネーズ和えあがったわよ!」

 「承知。」

 カウンター越しに大皿を受け取った褐色肌メイドが艶やかな長い髪と二つの立派な双丘を豊かに揺らしながら滑るように客と客の間をすり抜けていく。

 「イヨ殿! エールを四つ追加頂きまして御座います!」

 「ごめん手が離せないから飲み物はお願いしていい!?」

 「承りました!!」

 「イヨちゃん! オーダー頼むぜ!」

 「ごめんちょっと待って! ジミニー行ける!?」

 「お任せを!」

 指示を出しながらアタシは必死に料理を作る。

 嬉しい悲鳴? 爺ちゃんが店に出られなくなってからめっきり遠のいてしまった客足が最近じゃまた戻ってきていると感じる。


 「イヨ殿! スパイシーサラダ大皿とレバニラアヒージョ三つ追加で御座います!!」

 「あいよ! サラダは冷蔵庫にベースが入ってるから盛り付けて提供して!」

 「承知しまし――た、あ、お客様! 手がふさがっている時に触ろうとされては困ります! 困りま――いい加減になさいませ!!」

 おお、両手でトレーを抱えたまま膝裏でセクハラしようとしていたおっさんの手を挟んで捻り上げやがったすげぇな。

 いや、おっさん逆によろこんでるわ。


 アタシが料理を作って、ジミニーが提供しながらセクハラをあしらって……。

 正直めちゃくちゃ忙しくて大変だけど。


 アタシ今……すごく充実して――。


 「じゃねええええんだわ!!! 飯が食いたいなら商業区に行け!! 毎日毎日毎日毎日なんなんだよ! うちはジャンク屋だあああああああああああ!!!」


 賑やかだった店内がシンと静まり帰り、店の正面の中央広場からは子供たちの笑う声が聞こえて来た。鳥の囀りすら聞こえてくる。なんて平和な昼下がりだろう。

 そう思ったのも束の間、店内は何事もなかったかのように再び賑やかさを取り戻した。


 「まぁまぁ、イヨ殿落ち着いて。どうあれ店が忙しいのは良い事ではないですか。」

 空のジョッキを両手に抱えカウンターに戻ってきたジミニーがなだめて来るのが更に鬱陶うっとうしい。

 「まぁまぁじゃないわ。元はと言えばアンタ目当ての客ばっかじゃない。いつの間にかテーブル席まで増えてるし、なんなの? ジャンク屋廃業して飯屋やれって言うの?」

 「良い得て妙で御座いますな。イヨ殿の料理の腕はなかなかのものですし、いっそそちらの方が儲かるのでは?」

 「いや、アンタ食事出来ないじゃない旧時代の遺産アーティファクトに褒められても嬉しくないわ。」

 「ハッハッハッ! これは手痛いですな!」

 そんなやり取りの間にアヒージョが出来上がる。

 くっそ体が勝手に料理を作ってしまう!

 ワーカホリックは爺ちゃん譲りに違いない!


 並べた皿敷の上に熱々の器を置き、少し火を通したバケットを木皿に並べてディッシャーで救ったポテトサラダを添えると、目を細めて少し呆れたように微笑んだジミニーが器用に抱えてテーブルへと運ぶ。


 全く……。

 本気で転職考えた方がいいのかしら?


 「イヨちゃん! エール追加!」

 「うっさい! 自分でやれえ!!」


 結局この騒動が落ち着いたのは空が夜のとばりに隅々まで覆われた後だった。



 「だああああ! 疲れたあ!!」

 「お疲れ様で御座いますイヨ殿。」

 諸悪の根源が淹れたてのコーヒーを差し出しながら労いの言葉をかけて来る。

 納得はいかないが疲れた体と心ではこの蠱惑的な香りには抗い難い。

 ふわりと沸き立つ湯気と共に少しだけ香りを吸い込むとささくれ立った心を優しく撫でられたように感じる。

 「……美味しい。」

 一口含むと深く芳醇な香りが鼻を抜け、マイルドな苦みが舌全体を刺激する。

 飾り気の無い知性のかけらも感じない間抜けな麗句に、ジミニーは優し気な笑顔を称えたまま小さく会釈で返した。

 執事かな?

 「っていうかこの味……爺ちゃんのコーヒーの味だ。」

 「左様で御座いますか。」

 それだけ言ってほほ笑む美人メイド。

 アタシはなんでこの味が出せるのか聞いた心算つもりだったんだけど……いや、おそらくわざとね。

 また秘密か……。

 ま、仕方ないよね。

 ジミニーはどこからどう見ても真人類ニューマンにしか見えないけれど、本人曰く旧時代の遺産アーティファクト義体アバターって事だし、どこまで話していいかなんて判断できるわけないか。

 

 「とりあえず売り上げだけ見れば快挙なわけだけど、アタシ的には今後もこれが続くとなると非常に困る。」

 「確かに、ワタクシと致しましてもいささか戸惑っております。」

 未だ下げきれていないテーブルの食器を回収しながらジミニーが眉をハの字にして答えた。

 「イヨ殿、従業員を雇うというのはどうでしょう?」

 「却下。ぶっちゃけアンタを使うのだって本来はごめんなのよ。」

 「それはお金の問題で御座いましょうか?」

 「というより、人を使うとか良くわかんない。」

 「なるほど……経験の少ない個人経営者のジレンマですなぁ。人を雇えば体力的に、また時間的に助かるものの精神的に疲弊してしまう……下手をすれば本来得られるはずだった時間的余裕すら、対人関係の為に食いつぶしてしまいかねないと。」


 ジミニーはアタシの言葉の意図を冷静に分析しながら、下げて来た食器を水を張った流しに丁寧に沈めていく。

 「いや、正にその通りなんだけど、アンタ知り合ってまだ三日でどんだけアタシの事わかってんのよ。怖いわ。ってか食器多すぎ! まだこんなに洗い物残ってんの!?」

 流しに入りきらなかった食器が調理場まで積まれ始めるのを見て思わず声が上ずった。繁盛してる飲食店って大変なんだなぁ。

 今度食事しに行くときはもっと感謝しながら食事しなきゃ……。

 「いえ、わかっているというより人間というものはそう言うものかと。しかしこのままという訳にもいかないでしょうな。」

 「うぅ……、そうなんだよねぇ。オーヴァンもわざわざ打ち合わせに来てくれたのに忙しさに気を使って日を改めてもらったし、依頼持ってきてくれたお客さんも何人かいたけど対応出来なかったしさ。それに――。」

 「司教猊下の件も準備が何一つ進んでおりませんな。」


 ジミニーの一言で一緒に洗い物を進めていたアタシの手が止まる。

 そう、先日オーヴァンから仲介された教会関係者とゼペット、ピノとの会談の件。まさかのガラハッド司教が直々に来るという。

 オーヴァンは特に何か準備する必要は無いなんて言ってたけど、司教と言えばガラハッドという国の事実上の最高支配者で、札付きを管理する教会の最高位責任者だ。

 宗教的な意味合いは薄く、信仰を強制するものでも無く、信徒ですら権威に対して礼節を厳しく求められたりしないなんとも拍子抜けするような機関ではあるのだが……、それでも熱心な信徒がいないわけでは無く、ましてやアタシは旧人類ヒューマン


 無礼討ぶれいうちとか無いよね?


 考えただけで全身から血の気が引く。

 「そうなのよねぇ、まさか司教自ら来るなんて思わないじゃない。」

 「イヨ殿、割と余裕で御座いますな? 権威に怯えている割りにその発言は如何なものかと……。」

 「うっ。確かに。誰にも聞かれて無いよね?」

 カチャカチャと鳴る皿の音に交じってジミニーの小さな笑い声が漏れ聞こえた。

 「大丈夫でございますよ。しかし、そうですなぁ。いっそ値上げでもしてしまいますか?」

 「それもなぁ……。ぶっちゃけウチって言うほど安くないのよ。」

 「ゼペット様も嘆いておいででしたな。」

 「値上げするってなると、今度はいよいよ経営が成り立たないと思うのよねぇ。」

 「八方塞がりですなぁ。」


 そんな益体もない会話をしながらアタシたちは洗い上げた食器を清潔な布巾で噴き上げていく。


 後片付けがひと段落し、アタシはジミニーの淹れ直してくれたコーヒーをすすって大きなため息をついた。

 「司教様って言ったら、アイツらにはジミニーから連絡してくれるって話だったけど連絡はついたの?」

 「ええ滞りなく。当初の依頼は出発したその日のうちに片付いたので、野暮用を済ませて大急ぎで帰還されるそうです。」

 口元にカップを運んでいた手が止まる。

 盛大に噴出ふきださずに済んだのはアイツらが規格外だってことを前もって認識していたおかげだろう。

 「一日で終わる依頼内容じゃないんだけど……。あそこの調査で何人の札付きがまともな成果も上げられずに引退したと思ってんの?」

 「ハッハッハ。お二人とも流石で御座いますなぁ。」

 流石で片付けんな。

 過去五十年まともな調査も出来ず、手つかずだった鉱床の調査が進んだなんて世紀の大ニュースだわ。しかも成したのがたったの二人とか。

 そりゃあ教会だって目を付けるし、司教自ら会いに来るってなものか。


 アタシは残ったコーヒーを飲み干す。

 どうやら疲れた頭であれこれ考えた所で良いアイディアも出てこないようだ。何せ人生でここまで忙しかった事が過去に無い。

 明日もまた今日みたいな喧噪に飲み込まれるのかと思うと今から気が重いので、今日はさっとシャワーを浴びて早々に寝てしまうとしよう。

 そうアタシが内心ひとりごちながら店の戸締りをしようとサルーンドアに向かったところで唐突にドアが開かれた。


 「あ、ごめんなさい今日はもう看板で……。」

 「夜分に失礼。こちらにゼペットとピノという札付きが身を寄せていると聞いて伺ったのだが。お嬢さんが店主殿かな?」


 ガラハッド・オフィウクス司教。

 視界に飛び込んできた人物は新年の祭儀で何度か見たことがる。

 ここ数日アタシを絶賛悩ませている人物その人だった。 

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