第11話
僕はバイクが嫌い。
夏は暑いし、冬は寒い。雨風は凌げないし荷物も載らない。
取り回しには力が要るし、虫が飛んでくるととても痛い。カナブンなんてライフル弾だよあんなの。
ゼペットは男の浪漫だって言うけど、僕にはその魅力が未だにわからない。
依頼にあったハマナコ鉱床へ向かう街道は街道と呼ぶのも
元々海に面していたらしく、ウバメガシの森が広がっていて、ただ樹を切り開いただけの街道は雑草が生い茂り手入れも何もあったものじゃなく、僅かに札付き達が踏み固めたであろう轍が続いている。
こんなところオフロード用にカスタムしてあるとはいえ、クルーザーで走るとか狂気だと思う。もちろん僕は反対した。
だけど依頼の地域が
こういう時のゼペットは何を言っても通じない。
決めたらもうそれしか頭に無い。
僕はセパレートハンドルにバックステップで厳しい姿勢のまま樹々の隙間からわずかに見える空を見上げ溜息をつく。
「ゼペット、あとどれくらい?」
「もう少しで着くはずだ。」
そんな彼の言葉はどこか楽し気でストレスが溜まる。
そりゃあ楽しいでしょ。自分は運転しないから疲れないんだから。
ていうか二百馬力のクルーザーがセパレートハンドルでバックステップとか絶対乗りての事考えてない。頭の悪い言葉を使えば馬鹿だと思う。
初めてこれに乗った時盛大にウィリーしてこけた。
ゼペットは「
なんで四輪じゃないんだろ?
あ、でもゼペットの事だから四輪なら四輪で屋根なしとかになりそうだな。
いや絶対そうなる。アホだから。
「もういい。それよりそろそろ準備して。」
「何がもういいんだ?」
「気にしないでこっちの話。」
今回向かうハマナコ周辺は狂暴な肉食動物が数多く繁殖している危険地帯。
大昔、フジヤマとかいう火山の裾野にあった放し飼いの猛獣動物園から逃げ出した肉食動物たちが、フジヤマの大噴火から逃げて来て野生化したらしい。
猛獣を放し飼いする動物園って何?
客食われるじゃん。
どうやって管理するんだ? 無駄に力のあるバイクとか、猛獣を放し飼いにするとか古代人はアホしかいないのか?
ともあれ、現地に着いたらそんな猛獣の巣のど真ん中にゼペットを放っておくわけにもいかないから、今回彼は
一機のコントローラーで四本の浮遊する槍を操る兵装型アーティファクト。
装甲ユニットを兼ねるコントローラー自体が大きめのバックパックになっていて、背負う事でも使用可能だけど自律飛行能力もあって、今回はその内部にゼペットは搭乗する形になる。
どうやって飛行するのかと言えばなんか不思議なアレがあれするらしいんだけど……、機械の事はよくわかんない。前にゼペットとジミニーがやたら詳しく講義してくれたんだけど全然理解できなかった。
とまぁ、そんな小さなコックピットが何故用意されているかはわからないけど、人間のように手で兵装を扱えないゼペットにはとても都合がいい。
コアユニットである四本の槍は元は一本の剣だったらしく、砕かれた破片を槍に鍛え直したんだとか。
「よし、俺様はいつでもいいぜ。」
フラガラッハのコックピットに収まり、同時に
それと同時に長かった森を抜け、視界には真っ青な空が広がる。
「疲れた。まだ仕事してないのに。」
「おいおい気を抜くなよピノ? 積極的に狩る必要が無いとは言え猛獣の巣窟に飛び込もうってんだからな?」
どうしよう、
ああ、ほんとにストレスが溜まる。いっそ盛大に襲い掛かって来てくれないかな。
言葉に出してこう言うと対外的にアレだけれども、今は一滴でも多く血が見たい。
「分かってる。肉食動物を駆逐すればいいんでしょ?」
「分かってねぇ。鉱床の安全確保の為に動物除け
「ちっ……。」
「ピノ、どうしたんだ、やたら機嫌
「バイクは嫌だって言った。」
「悪かったよ! ったく……浪漫の分からねえヤツだな相変わらず。」
「分かりたくも――」
そこまで言いかけてゼペットから待ったが掛かる。
「停まれピノ! 前方からやたらデカいのが来やがる!!」
言われるより早くクラッチを切り、全力でブレーキを掛けると後輪が大きくスライドした。ギアをニュートラルに入れサイドスタンドを蹴り起こし僕はゼペットの指示を待つ。
「どうやら超大型の哺乳類みてえだ。このデカさだと外皮も筋肉も相当な硬度がありそうだ。ナックルで頭狙っていくぞ!」
「アイアイ。」
右手のインベントリリングを左の中指で弾き声は出さずに解放と念じると共鳴音が響くと同時に両腕を覆うように腕より二回りほど大きく無骨な手甲が装備された。
北欧の神が使ったとされる雷を操り大きさを自在に変える事の出来るハンマーを装甲ユニットとして組み込んだ双拳。硬い。
ちなみにインベントリリングから物を取り出すとき大声で「
そんな他愛も無い事を考えていると、抜けたばかりの森から一頭の四足獣が樹々をなぎ倒す轟音と共にすさまじい勢いで飛び出してきた。
「虎……ライオン?」
「こいつはライガーだな……そもそも大型化しやすいらしいが……いや、しかしこんなにデカくなるのか?」
姿を見せたのはライオンと虎の交雑種のライガー。
突然変異なのか全高がゆうに四メートル近くある。
すごく……大きいです。
そんな僕のフラットな感想を他所に、横目でゼペットに視線を送ると動物の本能に引きずられているのかゼペットが恐怖で震えている。
「ゼペット、引きずられないで。」
「あ、ああ大丈夫だ。予定通り頭狙いだ! データが少ないが脳みそ揺さぶられて平気な哺乳類はいねえ! ネコ科は前足の筋力が異常に強い。捕まるなよ!」
「アイアイ。」
僕の了解とほぼ同時、ゼペットがフラガラッハの刃を射出した。
無軌道に動く槍を警戒してライガーがグルグルと喉を鳴らしながら体勢を低くする。
頭が下がった。
それよりも更に低く頭を下げ、両こぶしを口の前に揃え脇を絞めた姿勢ですかさず飛び込む。
相手もそれに気づいたようで視線を僕に向けて飛び出す姿勢をとったが遅い。
僕は飛び込んだ姿勢のまま右手を素早く突き出し眉間に拳を叩き込んだ。
浅い――。
「勘がいい。」
「油断するなピノ! 畳みかけろ!」
距離を取ろうとしたライガーの後ろ足をフラガラッハで切り付けながらゼペットは叫んだ。
フラガラッハとゼペットの声にライガーの気が一瞬逸れた隙をつき、左、右と素早いフックを見舞う。
ライガーが短く悲鳴をあげ、嫌がるように右前足で顔の前を払った。
「これ効いてる?」
「効いてなきゃそいつは生物じゃねえバケモンだよ!」
皮肉を含んだゼペットの軽口。余裕出て来たな。
僕は小さく頷くと視線を標的に戻し、もう一度両拳を口の前に揃え距離を詰める。
と同時にフラガラッハの一つがライガーの後頭部を襲った。
更にもう一つが脇腹を切り裂く。
呻き声をあげエビのように体を折り曲げたライガーの頭が折よく僕の眼前に降りて来た。
「チャンス到来! ピノ!」
「アイアイ。」
シッと短く息を吐きながら渾身の左フックを繰り出す。
頭蓋の軋む音が聞こえた。クリーンヒット。
ライガーが白目を剥きながら大きくよろける。
四肢が脱力しているのが分かる。うまい事脳震盪を起こしたようだった。
「ピノ! とどめ!!」
「アイアイ。」
言われるまでもなく追撃の姿勢をとっていた僕はライガーの顎の下で強く地面を蹴る。大地を割る
そしてミョルニルにオドを流した。
振りかぶった左拳は青白い光を放ち、それは小刻みに爆ぜゴロゴロと鳴る。
渾身の力を込めて振りぬけば光は空を一閃、それに吸い込まれるように左拳が標的目掛けて吸い込まれる様に駆け
分厚い手甲越しに拳が骨に沈む感触が伝わり、顎の骨を粉砕された巨躯は弓なりに大きくゆっくりと仰け反った。
「よし! 良い当たりだピノ!」
ゼペットの声が響くと仰け反ったライガーの顎、首、胸、腹にフラガラッハが突きたてられた。
決着――。
そう思えた刹那、後方へゆっくりと倒れかけていた巨大な体躯が静止する。
首を反らせたまま猛獣の左肩から爪先にかけての筋肉が膨張、硬直し未だ宙を舞う僕目掛けて振りかぶられた。
「ま、そう来るよね。」
反撃に転じようと足掻く獣の姿を横目に捉えていた僕は拳を振りぬいた姿勢のまま身を捻り、頭上で両手を組むと再びミョルニルにオドを通す。
まばゆい光と共に両手から稲妻が走る。周囲の大気が急過熱し辺り一帯に雷鳴が鳴り響いた。
「大分スッとした。ありがとね。」
組んだままの両こぶしを振り下ろすと、青白い雷が大気を切り裂く音と共にライガーの脳天を打ち抜いた。
「まだだピノ! 森から新手十二体! 成りは小せえが速いぞ!!」
着地した僕が息を整える間もなくゼペットが叫んでる。
いや、もう満足したんだけど……。
「はあ……。やらなきゃダメ?」
「やらずに済むなら越したことはねぇがな。どうやらヤル気満々のようだぜ。」
小さく息を漏らしミョルニルを仕舞い、続けて左腕のインベントリリングを弾きクラウ・ソラスを取り出し僕は呟く。
「お腹空いた。」
背中ががら空きとみたのか勢いよく森から飛び出して来た影の一つを振り返り様のひと薙ぎで斬りおとし、僕は考えていた。
こいつら食べられるのかな?
――。
「馬鹿デカいライガー三頭と、タイゴン二十三頭。恐慌状態で襲い掛かってきたシタツンガとバーバリーシープが若干頭……。とんでもねぇ場所だなここは。」
「疲れた。お腹空いた。」
「腹いっぱいとはいかねえが、弁当があるぞ。」
「食べる。」
「そうすっか。」
ゼペットがそう言うと辺りを見回し始めた。
狩った動物の死骸と血の海しかない。
何が問題なのかわからないという視線をゼペットに投げると諦めたように休憩の準備を始めた。
「ま、こんだけ死骸の山ならまともな獣はビビッて近づいてこねぇか。回収と片付けは後回しにして飯にしよう。」
そう動物は馬鹿じゃない。
ライガーのあの巨体と力と速度は、恐らくこの周辺の生き物の中でも相当強いはず。
それらを屍の山に変え、その血の海の真ん中で食事を始めるヤバい生き物にわざわざ襲い掛かってくる動物なんて普通いない。
見た目と充満している鉄っぽい臭いに耐えられるなら、これは一種の結界だ。
と言っても、動物の死骸なんて肉だし美味しそうだなとは思うけど言ってグロテスクさは感じないし、血の臭いだってなんならバイクの方が臭い。
ガソリンを燃やしてるわけでも無いのになんであんなに臭いんだろ。
てなわけで僕はもうご飯が食べたくて仕方ありませんゼペット早くして。
ゼペットがインベントリリングから取り出したのは、厚切りウシガエルステーキをパンで挟んだステーキサンドだ。
結構な量がある。
僕たちはバイクの後部に積んでいたタンクの水で手を洗い、サンドイッチを頬張りながらこの後の予定を話し合った。
「期せずして大立ち回りしたからな。しばらくは安全に作業できるだろ。とは言え狂暴な獣が繁殖してるのがわかったからな。その辺の情報提供して、後は当初の予定通りバリケードの
「繁殖? してるの?」
「そうだな。まぁ交雑種ってのは本来遺伝子の差異とかで生殖能力が無くなるもんなんだが。ライガーは兎も角、タイゴンのあの数はまず間違いなく野生化して繁殖してんな。」
「でも他の国にはいなかった。ウシガエルも。砂漠のアーマードサンドワームも。」
「そうなんだよなぁ。こいつはもしかすっと――。」
『どうやら彼の者より接触がありそうです。』
ゼペットが言いかけた所で頭の中にジミニーの声が響いた。
正確には僕たちが着けているレシーバーが頭蓋骨を振動させて音として認識させている骨伝導タイプの通信機によるものだ。
ああ、ゼペットが悪い顔してる……。
面倒事だ。僕はステーキサンドを頬張り気づかなかった振りをする。
「クックック……。野郎ようやくお出ましか! おいピノ! 食ったら依頼をさっさと片して、丁度いい急いで帰るぞ!!」
うわぁ……。ゼペットがヤル気出してる……。面倒くさい。
「安心しろ、帰りは俺様自ら運転してやる!」
あ、運転してくれるんだ。
久しぶりだな。
それじゃあ帰りは楽させてもらおう。
そう心の中で呟いて、僕はもうひとつステーキサンドを頬張った。
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