終章
「ほら外行こ外~!」
「お日さま浴びないと、カビ生えちゃうよ~?」
目覚めたばかりの頭に、幼い声がガンガン響く。
鈴のような美声と称されるこの声も、静かな場所で安らかに眠っていたオレにとっては、そこら辺の鐘と大して変わらない。
「うるせー、少しは黙れ……。インドア律、お前はオレの味方じゃなかったのかよ……」
「インドア律さんだって日光浴ぐらいします~!」
そう言ってあっかんべーをしながら左手を引くのは黒髪の律。
「せっかくオフの日で晴れてるのに、寝てるの勿体無いよ~?」
そう言ってにこにこと微笑みながら右手を引くのは白髪の詩。
こいつらと出会って五年――いや、もっと長い月日が流れた。
事務所で寝てて、出会った頃の夢を見て、そこを叩き起こされ、今こうして外に連れ出されているわけだが……。
「まぁるくなったもんだよな、お前ら」
「え!?体重変わってないよ!?」
「最近お風呂あがりのアイス控えてるもん!」
「ククッ……はいはい」
盛大な勘違いをしている双子がおかしくて、つい笑ってしまう。そういう返しが出来るあたり、本当に出会った頃より丸くなったもんだ。
オレがあの時見捨てた双子は、時間を経て、自分たちで生きる道を探すべく外へと逃げてきた。
今は『生きるために』アイドルをしている。
ただ、聖歌隊の神童様も、双子アイドルも世間の見せ物には変わりない。それが少しばかり心苦しい。
静かに暮らす選択だって出来ただろう。だが、派手な肩書きで覆わない限り、こいつらの特異性は良くも悪くも目立つ。
双子を芸能界に引き込んだのは、社長が歌声に惚れ込んだのもあるが、事務所が保護者となって教会から守る意味も大きかった。
提案したのはオレだ。罪滅ぼしのつもりだった。
教会の黒い内部事情、虐待事実を黙認する代わりに、馬酔木双子に手を出さない――それが事務所と教会で結んだ約束。
彼らが成人し、自分たちの意思で戻りさえしなければ、二十歳の誕生日をもって自由の身となる。
その時、こいつらはアイドルを続けるんだろうか、それとも――
「うわぁ、見てよクローバー畑!」
「おー?都会でこれは珍しいスポットじゃない?」
左右で双子が歓声をあげて、公園の中へと駆けていく。あと何ヵ月もしたら二十歳になるとは思えないはしゃぎっぷりだ。
「そうだマネさん、花冠の作り方教えてよ!」
「俺も俺も~!」
「はぁ?俺が知ってるとは限んねーぞ?」
突拍子もない双子のお願いに面食らう。だが、双子は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「マネさんは知ってるよ」
「ねー」
「だって一番上のお兄さんだし」
「もうすぐおじさんかもしれないけど」
「……最後余計なこと言ったのはどっちだァ?詩か?律か?」
「「言ってないよ~!?」」
慌てた双子は逃げるようにクローバー集めをはじめる。
どうしてオレが花冠を作れると知っているのか――わざわざ聞くのは野暮ってもんだろう。
だから、聞かないと分からないことを聞いた。
「……お前らはアイドルやってよかったと思うか?」
「よかったよ!」
「もちろん!」
すぐさま反応が返ってくる。オレが言おうとした先の言葉を察したのか、被せるように続けてきた。
「聖歌隊もアイドルも『見られる』のは一緒だけど」
「俺たち、自分の意思でアイドルになったから。誰かの道具じゃないもん」
「人として見てくれて、俺たちの歌を聴きたいって声が凄く嬉しいんだよね~」
「いろんな人がいるから、負けられないって思うし」
ふと、詩がオレをじっと見つめる。
何でも見透かしてしまいそうな、透明な碧の瞳。
それをゆっくりと細めて微笑む姿は、あの頃のオレに笑いかけているようだった。
「……だからね、マネさん。俺たちとても幸せだよ」
歌うように囁いて、オレの掌に一輪のクローバーを乗せる。
それは、あの時見つけられなかった、幸運の証。
「えー!よつばだ!詩、いつの間に!?」
「引っこ抜いたら出てきた!ふふ、いいことあるかな~」
「……そうかよ」
よつばを仕舞い、軽く頭を叩く代わりに、双子の頭に完成したばかりの花冠を乗せてやる。
「「はや~!?」」
たった一つの幸運もいいが。
「すごーい!ねぇねぇどうやって作ってるの?」
一度きりより、たくさんの。
「うわっ、詩、飛びつくな!……律はなーに頭に乗っけてやがんだァ?」
当たり前の『普通』が詰まった、素朴で可憐な。
「花冠の仕返し~。ふふ、マネさん可愛いよ?せっかくだし写真撮ろ!三人で!」
……やっぱりお前らには、花冠が似合いだよ。
――Fin――
小さき天使に花冠を 有里 ソルト @saltyflower
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