第3話

仕事を辞めた。いや、転職した。

理由は簡単、嫌気が刺したからだ。


金になる仕事でも、毒を吸い続けりゃいずれは体がもたなくなる。

体と心の健康がなけりゃあ本末転倒だ。


元々オレは風景写真家になりたかったクチで、パパラッチなんざになる前は、写真家としての腕をあげるべく、芸能人の撮影もちょいちょい引き受けていた。


今回の転職はそのツテだ。知り合いのアイドルが社長になったらしく、アイドル事務所を立ち上げるからウチに来ないか、と。

専属カメラマンとしての勧誘かと思って乗ったんだが……。



「ゴミ捨て当番って小学生かよ……」


蓋を開けてみれば完全に雑用だ。

まだ設立して一年しか経っていないこの事務所は、とにかく人手が足りないらしい。


カメラマンのほかにマネージャー業も押しつけられた。


最も合わん職業だと思う。

担当になったアイドルをオレは何回泣かせた?

時間を守れ、礼儀を通せと言っただけで泣かれても困る。


愛想も人相も悪いのは承知だし、合わせる気にもならん。

マネは辞めたいってアイツに直談判するしかないんだろうか。



もやつきながらゴミ捨て場から帰ってきたら、オフィスがざわついていた。

社長とスタッフ数人が、何かを取り囲んでいる。


「橘さん、ちょうどいいところに!事務所の裏で子供が倒れていて……今、保護して事情を聞いているところで」


「子供ぉ?」


人だかりの背後から覗いてみる。

白と黒の小さな頭が二つ。

小学生か?と思ったところで、その人形然とした姿に既視感を覚える。


白いネグリジェに身を包んだ、同じ顔。

宝石のように煌めく瞳。

男とも女ともつかない、中性的な整った顔立ち。



「……そんなことってあるのかよ」


何の因果だろうか。

片方は髪が染まっているが、間違いなくあの双子だった。

背はずいぶん伸びたようだが、あれから五年以上経っているにも関わらず、彼ら独特の神秘めいた雰囲気とあどけなさは変わらない。


「……女の子、じゃないよな?」


スタッフの問いに、黒髪が白髪を背に隠してキッと睨む。

碧の瞳に、暗い憎しみの色が見える。

明らかに人を敵視した目だった。



「男ですけどなにか。……俺たち声変わり、してないんで」


凛と澄んだ幼い声が響く。

ソプラニスタ、というやつだろうか。

さらに綺麗に成長した儚げな姿、あの時と変わらない甘く幼い声は、よりいっそう非人間めいた印象に拍車をかけた。



「り、律!態度!」


白髪が震える手で黒髪を掴む。

こちらは敵意こそないものの、酷く怯えているようで、人と目を合わせようとしない。


「……そ、そういうことです……申告に間違いは、ない……です……」


消え入るように呟いて、白髪は何度か深呼吸をする。パニックを起こしかけているのだろうか。

何かを必死に飲み込んで、黒髪の裾を掴んで、顔をあげた。



「俺たち、は……教会から、逃げて……きました……」


「……あそこにいたら殺されるから。俺たちは生きるために、逃げてきた」


「……だから、だからっ……お願い……警察に、出さないで……。俺たち、迷子じゃ、ないんですっ……!!」


黒髪はそっぽを向き、白髪は怯えながら懇願する。見た目は変わらないが、あの時と様子が違うのは一目瞭然だった。


この数年の間でいったい何があったんだろうか。


彼らの首に新たな傷が増えているのを見つけてしまい、喉から苦いものが込み上げる。



「……お前らのなりたい色はなんだ?」


気づいたら、勝手に口が動いていた。声を、苦いものと一緒にさらに絞り出す。


「この事務所は全て『色』に乗っ取ってる。生きるために逃げてきたなら、聞かせろ。……お前らのなりたい色は、なんだ」


オレの目は、奴らを睨んでいただろうか。憐れんでいただろうか。



目と目がかち合う。だが、双子は目を逸らさない。



互いの手を確かめ合うように繋ぎ、同時に口にした。




「「マジックアワー。誰かの心に残る……自分たちでさえも照らせる、そんな色になりたい」」




迷いなく、はっきり、そう言った。




「……はは、そうかよ」



マジックアワー。

それは薄明の時間帯だけに訪れる、刹那の光の芸術。写真家なら誰もが知る写真用語。




――そいつはな、オレが初めて惚れた憧れの空色なんだよ。




憧れて、追いかけて、見失った色なんだよ。






それにお前らがなるのか。



……面白ぇ。見届けてやるよ。今度こそ、だ。





双子の言葉を聞き届けたのか、社長がオレの前に出た。

憎しみと怯えの色に満ちた、無彩色の双子に、そいつは魔法の言葉を放つ。



「君たち、アイドルにならないか?」



それが白と黒の双子ユニット――Magic hourのはじまりだった。

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