??日目 砂の世界に生きる
目を覚ました女は何も記憶を持っていなかった。
俺が目覚めた時と同じように。
ここからは全て俺の憶測になる。
このジェシカそっくりの女はおそらく、自分に何かがあった時の予備として準備したのだろう。
もしかしたら自身の記憶を引き継ぐ術を持っていたのかもしれない。
呼び名に困ったので俺はその女に“ジェシカ”と名付けた。
悪趣味かもしれないが、見た目もジェシカそのものなのだ。
別の名前を付ける方が違和感が残る。
ジェシカは、俺とは違い普通の人間の肉体を持っている。
太陽光発電と風力発電も出来ない。
水を飲み、食事も必要になる。
楽園に帰った方のジェシカは、バックパックを丸ごと置いていったため、水の湧き出る水筒と果実のなる植木が利用できた。
最低限の水と食事を確保できる。
このジェシカは何も分からないのに、夜の祈りだけは欠かさず捧げる。
ジェシカの服の懐の中には光る小石が入っており、教えられてもいないのに、適切な手際で決まった時間に祈る。
本人は“楽園”との交信だと認識していない。
万が一、記憶を引き継げなくても自律的に調査報告を行えるようプログラムされている。
脳に刻み込まれているのだ。
俺はこのジェシカに強い親近感を覚えた。
右も左も分からず、頼れるのは俺だけだ。
その俺自身も成熟しているとは言えない。生まれて1年も経ってない若輩者だ。
それでも、彼女には俺しかいない。
俺達はしばらく砂漠を旅し、世界の見聞を深めた。
俺には心の整理の時間が必要だった。
あてもなく歩き、集落を見つけては滞在させてもらう。
ジェシカはこの世界の言葉が分からず、最初は凄く苦労した。
俺自身、謎の魔法(今思うと翻訳プログラムを脳内に焼き付けられたのだろう)とやらで言語をインストールされたため、教える事が出来なかった。
人と会話し、言葉を学んでいく様子はまるで赤子だ。
このジェシカは、彼女と違って人とのコミュニケーションが下手だ。
言葉が分からないだけではなく、人見知りで会話が続かない。
そういえば以前の旅の途中で、幼少期虐められていたと言っていた。
本来の人見知りな性格の方がジェシカの素なのかもしれない。
あの交渉術は、訓練して身につけた物だと思うと涙ぐましい努力だ。
思い返せばあいつはいつも必死だった。
ジェシカが言葉を学び、コミュニケーションが取れるようになった頃、俺達は王都へ行くことにした。
どれくらいの日が経ったか数えていない。
王都に行くと相変わらず隣国との戦争は続いているようで、あまり変わり映えしなかった。
俺とジェシカは、レオトラの娼館で厄介になることとなった。
ジェシカの面倒を見るには、俺だけでは駄目だ。
せめて見た目だけでも同年代の、女性の友人が必要だ。
レオトラに頼み込み娼館の小間使いとしてジェシカを雇ってもらう。
同じく小間使いの女性や、娼婦の友達も増えたようだ。
しかし、俺としては娼婦の仕事はあまりさせたくない。
この世界の人と、人体の構造の違いがどのように影響出るか分からない。
本人が興味を持ったとしても止めるつもりだ。
……まるで父親みたいだな。
俺はレオトラの護衛としての仕事をしつつ、狩人組合にも顔を出し狩猟依頼をこなした。
金には困っていないが、過去に築いた人との繋がりを大切にしたいと思ったからだ。
マミラリアはよく娼館へ遊びに来る。
ジェシカは何故かマミラリアと相性が良いみたいで、いつも来るのを楽しみにしている。
何度もカクタイ族の村への引っ越しを打診されるが、その気はないと断っている。
そのうち娼館に住むと言い始めそうで、お付きの戦士はいつも振り回されていて大変そうだ。
俺は今でも砂漠の真ん中で、宇宙船に乗って“楽園”に旅立ち、置いて行かれたことを夢に見る。
理性では割り切るしかないと分かっているのに、あのシーンが何度も夢に出てくるのだ。
彼女が“楽園”に帰ってから何カ月もの月日が経った。
“砂の世界”とは時間の流れが違うため、既に天寿を全うしているだろう。
彼女は好きな人とは幸せに暮らすことが出来たのだろうか?
彼女に置き去りにされてから、自分について考える時間が増えた。
彼女と旅をした時は、俺自身の意志は無く、彼女の物語の中を生きていた。
いつまでも舵取りを任せたままでは道具のままだ。
何をしたいのか? 誰といたいのか? どこに居たいのか?
全て自分で考えなければならない。
自分の頭で考える事こそが生きることなのだ。
俺は今、自分で考えて、自分の脚で、この“砂の世界”を生きていく。
砂漠に追放された女神は、楽園に帰りたい 戦う営業マン @Sato1011
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