36.5日目 最後の千夜一夜物語

 王都を旅立ち、丸1日以上歩いた所でカクタイ族の村に立ち寄り1晩宿を借りる。

 村では、王都から帰還したてのマミラリアと戦士達が宴を開いていた。

 王城での交渉を終え、帰還したタイミングが被ったらしい。

 しかも大量の食料と水、金を得たようだ。あと酒も。

 

 戦勝の宴に誘われて俺は一晩過ごした。

 マミラリアは宴の中心で、子供達から武勇をせがまれて話をしていた。

 俺はマミラリアの隣の席に座らされて、時折話を振られる。

 ジェシカは早々に天幕に引き上げてしまった。

 かなりのハイペースで村まで歩いてきたので疲れたのだろう。

 戦士達が30人も参加する戦は久し振りらしい。

 戦争帰りで昂った戦士が酔っ払いながら俺に勝負を挑んでくる。

 俺は襲いかかってくる戦士達を放り投げることで、宴の出し物と化していた。

 マミラリアが潤んだ瞳で俺の活躍を見守っている。どうやら相当酔っ払っているようだ。

 

 日が落ちたのに、大の大人を放り投げ続けていたら、どんどん体が重くなってきた。

 太陽の加護が切れて眠気も強くなる。

 まだまだ宴は続きそうだが、俺は隙を見つけ天幕に引っ込んだ。

 既にジェシカは寝息を立てている。

 

 

 そして夜が明けた。

 昨晩遅くまで騒いでいたらしく、既に遅い朝なのに人気が少ない。

 マミラリアに宿のお礼を言おうと天幕へ立ち寄ったが、人に見せられない姿で寝ているらしく、側仕えの女性に入室を断られてしまった。

 昨夜沢山喋ったから挨拶はもういいか。

 ジェシカも早く出発したそうにしていたので、そのまま立ち去ることに決めた。

 

 

 砂漠の村を出発してから、ジェシカは道中言葉をほとんど発さず、ひたすら歩き続けてた。

 ここまで半日歩き通しだったが、言葉を交わしたのは数えるほどだ。

 俺が砦を攻め落とし、王都にてアルドリッチ陛下と契約を締結させた後、ジェシカの様子がおかしい。

 ここ2〜3日、躁鬱状態のように感情が安定していない。

 

 そして俺達は、ついに目的地に到着した。

 

 ジェシカの護衛として、“砂の世界”を旅して来た道を辿り、最初の目覚めた砂漠まで戻って来た。

 変哲もない場所だが、記憶の無い状態で目が覚めた俺にとっては生誕の地だ。

 見覚えのある、空に向かって岩の先端が流線型の形をした大岩が佇む。

 

 周囲に散らばる赤茶色の岩塊や、黄土色の砂など、砂漠のいたるところで見られる景色を特別に感じた。


 目覚めの場所に着いたジェシカは、中空に魔法陣を展開し、目まぐるしく変わる文字列を相手に黙々と作業している。

 ここに至るまで、何故この地に戻って来たのか理由を聞いていない。

 だが、異様な雰囲気を漂わせるジェシカを見て、俺は何かが起こる予感を感じていた。

 

 作業が一区切りついたようで、展開していた魔法陣を全て消し、岩塊に腰掛ける。

「なあジェシカ。そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」

「……何の話?」

「ここまで戻ってきた理由だ。王都の宿を引き払い、ここまで戻って来たのは理由があるんだろ?」

 ジェシカは、頭の巻物から垂れる自身の髪の毛を手持無沙汰に触っていた。

 俺の質問に対して、じっくりと間を取った後、空に視線を向けながらようやく話を始めた。

 

「もう残り半日なの。全てが終わって後は待つだけ。ハーヴィは私の贖罪にとても貢献してくれたね。ありがとう。凄く感謝してるよ。貴方にはとても助けられたから、知りたいことがあれば何でも話す。……その前に答え合わせをしてあげるね」

 ジェシカは脚を組み、膝の上に手を置いて、こちらに向き直った。

 俺の眼をまっすぐ見て俺の言葉を促す。

 

「そうか……その答え合わせと言うのは俺の事か?」

「そう。思う事があるんじゃない?」

「お見通しだな。……大分前だ。自分は造られた人間だという事に気付いた。ジェシカが俺の体を作ったんだろう? 転生と言うのはまやかしだ」

 

 俺の解答を聞き、唇の端を吊り上げて微笑するジェシカ。

 

「正解。どこで気付いたの?」

「疑問に思ったのは、覚醒して1日目からだ。。植物ですら水と光が必要だ。ずっと不思議だった。何故俺は食事をする事すらできないのだろう? どんなものを口に入れても、体が受け付けず戻してしまう。俺に食事をするためのんだ」

「そうだね。エネルギーを口から摂取する必要ないから余計な機能は付けてないの」

「その代わり俺の体は太陽光と風の力を動力にして動いている。これは再生可能エネルギーだ。つまり、俺の体は、どんな環境でも生きていくことが出来るように作られた機械なんだろ」

 

 俺の言葉を聞いたジェシカは控え目な拍手を俺に送った。

 

「よく気が付いたね。それも正解だよ。なるほどね。やっぱ長期間運用すると自分が機械だって気が付いちゃうのか。良いデータが取れたよ」

「ジェシカは隠そうともしていなかったじゃないか。他にもヒントは沢山あった。

 お前がアリジゴクに攫われた時、分かるはずもないのに、地下深くにいるジェシカの存在を確信した。まるで体に探知機が埋め込まれているような感覚だった。

 色々な敵との戦闘の際に、相手の攻撃を腕で受け止めた時俺の腕から金属音がした。決して筋肉が放つ音ではない。

 レオトラの屋敷に行った時もおかしいと気付いた。俺の下半身には。性的興奮を感じたこともない。

 ……こうして振り返ってみると違和感だらけだな」

 

 そうだ。

 いつからか俺は自分と言う存在に疑問を持つようになっていた。

 明らかに他の生き物と違う仕組みで動いている。発揮される力の出力も源も。

「俺が機械だと把握したうえで聞く。俺は何者なんだ?」

 

 ジェシカへの質問により、俺は転生して初めて、自分の根幹に関わる真実へ向き合うことが出来た。

 ジェシカは言葉を紡ぐため少し間をおいてから口を開く。

 

「ハーヴィ、貴方はね。機械の体に人間の脳を詰め込んだ人造人間なの。その脳はね、私の”好きな人”の幹細胞を用いた再生医療によって作り出されたもの。脳みそだけクローンなの。貴方は記憶がなくて見た目も違うけど、確かに私の好きな人と同じ雰囲気があるんだ」

「俺とお前は姉弟だと言っていたじゃないか」

「姉が弟を好きになっちゃダメなんて決まっていないよ?」

 

 ジェシカが一瞬感情を露わにして、少しだけ大きな声を出した。

 

「……ごめんね。ハーヴィと“好きな人”は別人だと意図的に勘違いさせてたんだ」

「何故嘘を付いたんだ?」

「それは私が貴方を好きにならないためだよ。私は貴方といずれ別れる時が来ると決めていたから」

「……何を言いたいのか分からない。もう少し詳しく説明してくれ」

 質問に対するジェシカの回答を、俺は上手く理解できない。

 

「あのね、“楽園”の好きな人というのはね、ハーヴィの事なの。貴方の脳は私の“好きな人”のクローンで、記憶がないだけ。

 言葉遣いやふとした時に出る仕草、雰囲気は全く一緒だった。そんなハーヴィと”好きな人”を結び付けてしまうと、別れるのが辛くなってしまうと思ったの。私の心のケジメをつけるために、別人だと扱うことに決めた。

 それに、転生直後で貴方と私が姉弟だと伝えると、余計な混乱を招いて、ハーヴィの自我が崩壊してしまうかもしれないと思ったの。

 だから私と貴方の“楽園”での関係性を伏せたかったんだ」

 

「俺とジェシカの別れが決まっているっていうのはどういうことだ? そんなこと言っていなかったじゃないか」

 ジェシカが空を仰ぐ。

 その郷愁の念を感じさせる横顔を見て、俺の心にも寂しさが押し寄せる。

 

「あのねハーヴィ。。そのために出来る事は何でもやって来た。……そして今、ようやく帰る準備が整った」

 

 太陽が頭上の頂点に達する。

 今ちょうど正午になった。

 その太陽を指差してジェシカが話を続ける。

 

「これで私が“砂の世界”に来てから36日と半日が経過した。私の刑期が満了したの」

「……待て。ジェシカの刑期は100年だっただろ。“砂の世界”で一生を終えると言っていたじゃないか」

「そんなことは言っていないよ。私の刑期は100年だと言ったけど、“砂の世界”で100年過ごすとは言ってない。“楽園”と“砂の世界”で100年の長さが違うの。時の流れが違うって言ったでしょ?」

 ジェシカは静かな声で淡々と俺を諭すようにしゃべり続ける。

 ふと太陽に手を伸ばした。

 掌から影が伸びる。

 ジェシカの顔が掌の影に覆われどんな感情をしているか見えない。

 

「この“砂の世界”っていうのは、“楽園”から遠く離れた星なの。私達の頭上に輝く太陽も、本当は太陽じゃない。太陽に似た別の恒星。それにこの“砂の世界”は“暗黒の星”の強い影響下にある」

 

 ジェシカは掲げた掌を閉じて、“暗黒の星”を指差した。

 砂漠の空の頂点で輝く恒星から、西の方角へ、空に針で穴を開けたような黒い点が浮かぶ。

 “砂の世界”では、昼の空を見上げればすぐ見つかる黒点だ。

 

「“暗黒の星”の影響下とはどういう意味だ?」

「“暗黒の星”って”楽園”で言うブラックホールなの。超高重力により周囲の光すら吸収する天体。ブラックホールはここから目視できる程近い距離にあって……私、物理学は専門じゃないから詳しく説明は出来ないけど、一般相対性理論によると、高重力波の影響を受けると時間の進み方が遅くなるんだ。“砂の世界”は”楽園”に比べて1,000倍のスピードで時間が進む。

 “楽園”で


 其処まで聞いて俺はようやく合点がいく。

「そうか! “砂の世界”で36.5日過ぎたという事は、“楽園”では36,500日、つまり100年が経過したんだな」

「そう。私の刑期は終わった。しかも完全な形でね」

「完全な形とは?」

「“砂の世界”に追放された私は、ハーヴィも知っての通りこの世界の調査を行った。自然環境、生物の生態、原住民の文化レベル、多岐に渡って逐一“楽園”に報告を続けてきた。

 さらに“楽園”の人々が移住するために、現地の権力者の協力を得る事にも成功した。アルドリッチ陛下にはいずれ来る“楽園”の移住者の受け入れと、住む場所を用意してくれるよう交渉したの。契約書を取り交わし、アルドリッチ陛下の子孫にも受け継いで貰う。

 ……そして最後、人造人間の現地稼働評価を行い、運用に問題ないと判断できるレベルまで評価した。

 これは、未知の世界を探索するために非常に有用なツールとなる。私は実証実験の結果も事細かに報告した。

 人類存亡のために多大な貢献を行った私は、自分の犯した罪の刑期も満了し、“楽園”に帰還する許可が下りたの。もうすぐ帰れるんだ」

 ずっと違和感を感じていた。

 なぜジェシカはアルドリッチ陛下と1日を掛けて俺の勝利の交換条件を打ち合わせしていたのか?

 アルドリッチ陛下へ“楽園”の事を伝えて、人類移住の段取りを進めていたんだ。

 “砂の世界”の人間にとっては荒唐無稽な話だっただろうに、ジェシカはその話を信じさせ、契約締結に漕ぎ着けた。


 

 ふとジェシカの横で存在感を放っていた大岩が、急に鈍い光を放つ。

 先程まで岩肌だったものが、瞬く間に金属の光沢を放つ、宇宙船へと変化した。

 この大岩は船が擬態したものだったのか!

 

「ハーヴィには心から感謝している。私の成果は、全て貴方がいなければ成し遂げる事は出来なかった。ありがとう。……ごめんね」

 ジェシカが俺に向けて魔法陣を展開する。

 ジェシカはこの魔法陣も魔法などではなく、“楽園”の科学技術で作られたプログラムだと告げた。

 ホログラムとして中空に投影しているだけで、魔法なんかじゃない。

 

 ジェシカの展開するプログラムから指示を受けた俺の体は、まるで電源を切ったように動かなくなった。

 手足に力が入らず、その場で崩れ落ちる。

「ジェシカ! なんの真似だ!?」

「ごめんね。貴方を“楽園”に連れて変える事は出来ないの。貴方はこの“砂の世界”で自由に生きて。その停止指示は私が離れたら時間経てば回復するから」

 俺の意思に反して体は指一本動かせない。

 しかし、ジェシカの力で俺の意識を奪うことは出来ないらしい。

 ここまで自由を奪われて俺は、もう1つ分かった事がある。

 なぜ俺は食欲も性欲も無いのに、睡眠欲だけは失わなかったのかと疑問に思っていた。その答えがこれだ。

 

 脳は生きているんだ。

 脳みそを休ませるために睡眠だけは必要だったんだ。

 だから、ジェシカの停止信号を体が受け付けても、頭はこの通り覚醒している。

 

「ジェシカは俺を置いて行くつもりか?」

 首から上だけは俺の意思で動かすことが出来た。

 ジェシカを見上げるようにして問う。

 

「貴方は“楽園”に行っても幸せになれないよ。無理に着いてくると言われたら困るから体を停めさせてもらったの。私は“楽園”に帰ってから沢山やりたいことがあるんだ。

 私の“好きな人”を冷凍保存から復活させて、脳死の治療をしなければならない。

 100年経って医療も発達してるだろうから治療出来る可能性は高いと思う。

 人造人間のパテントでお金は使い切れない程入ってくるから問題ないとして、“砂の世界”開拓プロジェクトの最終報告もしなきゃ行けないし。……私の知っている人たちは皆死んでいるんだろうなぁ。

 “獣の世界”の開拓ってどうなったんだろ?」

 ジェシカは”楽園”に帰った事を夢想しているようだ。

 独り言のようにブツブツと考えを垂れ流していて、体の動かない俺へ言葉が降り注ぐ。

 

 俺はジェシカにどうしても言わなければならないことがある。

 

「ジェシカ、俺が“楽園”に行きたいと言った訳じゃないだろ! ジェシカが嫌ならこの世界に置いていってくれて構わない。……ただ、事前に話をしてくれたら良かったじゃないか。ジェシカが1人で“楽園”に帰りたいと言ったら俺は心から送り出すつもりだ。こんな風に体を強制的に止められて、置き去りにされるような真似が俺は酷く悲しい!」

 

 俺の言葉を聞いたジェシカが、悲しそうな顔をして此方を見る。

 

「……本当にごめんなさい。何度か打ち明けようと思ったんだけど。どうしても信じる事が出来なかった。私の弱さだね。“獣の世界”での暴走が頭をよぎって怖かったの。当時の貴方と今の貴方は全くの別人だと頭では分かっているのにね」

 ジェシカは屈んで、俺の方へ手を伸ばした。

 砂の上に崩れ落ち、岩に凭れている俺の頭を優しく撫ぜる。

「でも心配しないで。私がいなくなっても寂しくないようにを置いていくから。私だと思って可愛がって上げてね」

 宇宙船の扉が自動で開いた。別れの時が近い。

 

 顔から上しか動かない俺は、ジェシカの瞳を無言で見つめる。

 ジェシカは俺の唇に優しくキスをした。

 蜥蜴の貴族の屋敷での見せつけるような仰々しいキスではなく、家族に親愛の情を表現する触れるだけのキスだ。

 

「さようなら」

 

 宇宙船は、ジェシカが乗り込んだ直後、扉が閉まり、音もなく一直線に空へ飛んでいった。

 目で追うのも困難な速度で宇宙へ旅立ったが、音や衝撃波は一切なくまるで消えたかのように去っていった。

 

 ジェシカの言う通り、その場でしばらくすると体の自由が利くようになった。

 俺は立ち上がり周りを見渡す。

 大岩だと思っていた宇宙船がいなくなり、周囲には広大な砂漠が広がる。

 孤独感、喪失感が俺の胸に押し寄せる。

 太陽の光が煌々と射し、風が舞う。

 しかし、太陽光と風力発電により体は絶好調だ。俺の心情とは真逆である。


「くそっ……一体どうなっているんだ。唐突過ぎるだろ」

 

 ここまで来て、俺はレオトラから貰った言葉を思い出していた。

 

『断言するわ。貴方は絶対に裏切られる!』

 

 レオトラには、この結末が予想できていたのかも知れない。

 ……それでも俺はジェシカによって作られたのだ、裏切れるわけ無いだろ!

 体は動くようになったのに、心に穴が空いてしまったようで、何かをする気になれなかった。

 

 

 しばらく途方に暮れていた所、俺はふとジェシカの去り際の言葉を思い出した。

 何か土産があると言っていた……なんのことだ?


 

 宇宙船があった場所には、岩のような棺桶が鎮座している。

 今まで陰に隠れて気付かなかったが、やけに直線的な構造をしている。

 近づいて見てみると、岩肌を模した彩色がされているが、明らかに人工物だ。

 機械的なボタンが何個も配置されている。

 ジェシカの土産とはこれのことか。

 試しに適当なボタンを押してみた所、岩の上部が蓋になっており、中心から切れ目が入って自動的に開いた。

「……何だこれは」

 岩の棺桶の中には、が目を閉じて体を横たわっていた。


 まるで幽霊を見たかのような驚き、腰が砕けてしまった俺は、棺桶からゆっくり後ずさる。

 蓋が開き、太陽と風を浴びたジェシカもどきが体を起こし、目をしばたたかせて周囲を見渡した。

 首を緩慢な動作で左右に振り、視線をこちらに向け、佇む俺へ向かって声を発した。

 

「ここはどこ……? 貴方は誰? なぜ、何も思い出せない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る