カートゥーン沢人体消失

高黄森哉

踊る世界の非常識

 Scene 1




〈波打つ地面が陽気に揺れて、今日も拍子を刻みます。劇的放送のお時間です〉


 とある決闘は二回戦を迎えた。その模様を伝えるテレビの画面は半球状に膨らんでいた。決闘者の緊張が張りつめているからだ。

 画面の中で、体に風穴の開いた男が、リボルバーを引き抜き敵を撃つ。しかし、銃口は百八十度曲がり、自分の方へ向いた。言うまでもなく男が死んでしまうが、直ぐに何事もなかったかのように、むくりと生き返り、一足飛ばしの四回戦目が始まった。まさに起4回生の大技といったところか。


『マスター、酒』


 グラスを、撫でまわすように磨いていた、二の腕が無駄に太い店主が、ビールのジョッキを滑らせてくる。俺は、四本指の白い手袋をはめた手でキャッチした。一気に口に流し込む。飲み終わった容器は、手首のスナップで店主の元へ返す。まるで配膳を逆再生したような光景だ。スクラッチがうなる。




 Scene 2




 酒場から出ると、世界の拍子と同じリズムで足踏みをする中年の男が、突然俺を呼び止める。振り返ると、丁度、リズムに合わせて波打つ石畳の、盛り上がりが目前に迫っていた。これは、唐突に呼びかけられた驚きを表現するには好都合である。そのままジャンプして勢いにのれば、飛びあがる程の驚きを視覚化できるというわけだ。


「あんさん、探偵でしょ(腕を組んで)。俺は見たよ、CMでね。俺のところのせがれがいなくなっちまった(眉をひそめる)」


 中年は足踏みを刻みながら、上空を見上げている。俺は着地すると、振動がジーンときて、身体の輪郭を足下から毛羽立たせた。その毛羽立ちが頭の天辺で折り返し、足元まで降りてきたタイミングで、眼にも止まらぬタップダンスを繰り出す。こうすれば、着地の衝撃を小分けに出来るため、どれだけ高い場所から落ちても平気である。


『お安い御用、お安い御用。私はカートゥーン沢。私が解決、私が解決』

「そりゃ、頼もしい。金貨はこれだけ払う(ポケットから金貨を取り出す)」


 タップダンスが止まった。俺は走り出すような体勢で動きを止めた。同期して世界は回るのをやめた。波打つ地面も、弦をピンと張ったように水平になっている。世界は無音だった。実は、この世界の地球は球体のレコードなのだ。因みにレコードを針は北極点にあるあのお馴染みの軸。地球儀が手元にある方は、北極を見て欲しい。レコードの針が刺さっていることがお分かりだろう。因みに、南極も同様である。裏で流れる音楽の正体は、その二重奏の震えだった。


「じゃ、もう一枚(金貨をもう一枚取り出す)」


 俺は片目だけを開ける。同時にバイオリンが軋むように鳴る。酒場前の通りは音色通りに凹方にしなった。勢いが足りず、すぐに水平に戻る。


「じゃ、もう一枚(さらにもう一枚取り出す)」


 俺が両目を開けると、どこからともなく小銭の音がした。目はスロットのように回り続けている。スロットの回転音はやがてドラムロールと化し、それに合わせて奥の方から迫りくる道の高波に合わせて、俺は宙高く舞いあがった。喜びを表現するにうってつけの高波だったからだ。


「俺のせがれは奇術師になりたかったんだ(おでこをぴしゃりと叩く)」


 中年は悲しそうにすると大粒の涙が零れ落ち、大粒の涙は、人とも、ヒトデとも、星屑ともつかない形を取って、ワルツを踊り出した。星屑のダンスを遥か足元、俺は優雅に跳躍、飛躍、麻薬。頂点で背景が止まり、次に逆向きに流れ出す。ワルツも逆で、加速度を付けて再生され、つられて涙のヒトデ人間も、逆の手順で愉快に踊りだした。


「俺は止めたんだ。あんなことになるなんて(嘆くように)。奇術中に行方不明になっちまった」


 ようやく喜びから降りてきた俺は、再びじーんと刺激され、その刺激をタップダンスに変換する。


『お安い御用、お安い御用。私はカートゥーン沢。私が解決、私が解決』




 Scene 3




 そこはプリンのように揺れる小屋だった。コンクリート製の、まるでトーチカのような小屋だ。中年によると、息子がイリュージョンを見せると言って、この小屋の前に立ったらしい。どこからか煙が漂い始め、煙幕が息子の姿を隠す。すると、次の瞬間には消えていたらしい。


『ここに、穴がある。ここに、穴がある』


 揺れる小屋の壁面の穴は、振り子のように運動する。その穴に向けて指を指し続けるには、指揮者のような芸当が要求される。その穴は壁を貫通していた。


「いくら我々の世界でも、これじゃあ通り抜けられないよ(おもしろくないように)。だって、カートゥーン力学第三の法則に反している」


 揺れる小屋の中へ入ると、天井の中央にある照明が揺れていた。自分が照らされると、反対にいる中年の姿が隠れてしまう。反対に中年が見えているときは、カートゥーン沢の姿は隠れてしまう。消えた人間は存在しないのは、当たり前である。二人は不連続的存在になった。




Scene 4





『まず、火薬の匂い。火薬の匂い』


 俺こと、カートゥーン沢は、早口で言い切る。自分が消えてしまわない内に。


=====


「確かにす  (暗闇に消える)」


 タイミングを掴めない中年は、


「確かにする (暗闇に消える)」


 タイミングを掴めない中年は、


「確かにするな(暗闇に消える)」


 タイミングを掴んだ。


=====


『爆発、爆発、爆発』


 流れ星に願う要領である。こちらが暗くなり、中年が明らかになった。


『爆風、爆風、爆風』


 流れ星に願う要領である。こちらが暗くなり、中年が明らかになった。


『穴、穴、穴』


 流れ星に願う要領である。こちらが暗くなり、中年が明らかになった。


=====


「それがどう  (暗闇に消える)」


 タイミングを掴めない中年は、


「それがどうし (暗闇に消える)」


 タイミングを掴めない中年は、


「それがどうした(暗闇に消える)」


 タイミングを掴んだ。

 

=====




 Scene 5




「ええい、こんなもの」


 中年がリボルバーで照明を撃ち落とす。俺と中年は目だけの存在になった。暗闇に白黒の目が浮かぶ。暗闇に音楽はなかった。と思いきや、4,33が再生されていた。


「よし。真相を聞こう」


(半月の目が真っすぐと捉える)。


『この小屋は爆発した。頑丈な小屋だから壊れなかった。逃げ場を失った空気は外を目指し、小さな穴に集中した。その穴は一方通行の空気弁が付いていたに違いない。そして、爆風で全ての空気が排気されて、小屋は真空になった。息子さんはその穴に体を押し当て、その時、弁をなんらかの方法で破壊したにちがいない。小さな穴は、息子さんを吸い込んだ。煙が姿を隠しているうちに』


 もうリズムに囚われる必要はなかった。ここは無音だ。俺は饒舌になる。


「確かに、それならカートゥーン力学第三の法則に違反しない。しかしならば、息子はどこにいる(手を広げる)。穴へ吸い込まれたなら、こっちへ出てこないと、おかしいよ。しかし小屋に息子はいない(あっ、と何かに気が付く)」


 マッチを付ける。白い光が照らす。そして穴に注目する。外から中まで、分厚い壁を貫通している、その穴へ、である。その壁に二人は近づいた。まるでスポットライトを浴びたように光っている円の、中心に位置する黒いまあるい穴。白黒の世界が破壊された。そこからはカラー。




 その穴から、が吹きこぼれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カートゥーン沢人体消失 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説