第5話
「……女のつぶは
ここ数日ずっと
「いや……」
気が霽れないのは店のせいではない。それはアルフリード自身が一番よく
日ごと夜ごとに彼の元に
「
部屋の中は、
「あぁ……!」
「……なんだ?」
ここは娼館だ。女の
しばらく歩くと、声の元にたどり着いた。扉が少しだけ
「いや、それでも……先ほどの声は……」
聞いたことのない
すると――。
「ああぁあああっ……!!」
「そんなに
一瞬、それが彼女かどうかを疑ったが……自分の名を
目の
「おやこれは……フォンテーヌ伯は
「
それは
†
「ふ、ふふっ……まあ、なんとも
「ありがとうございます。お
「それで、デリダ嬢についてはいかがいたしましょうか。
「そうね。どうすれば一番
「
「あら、
カインは小さく肩を
「けれど、実行犯のマイヤー
「それでは……」
「どこか他国の娼館にでも、高い値で引き取ってもらいましょうか。あれで彼女も伯爵家の三女ですもの、それなりの値が付くのではなくて。どうかしら?」
「そうですね。先日の一件で
「そう。ではそれでお
「はい。お嬢様のご
エリーヤは顔を上げず、ずっと
「どうかしら、師匠……久しぶりにその
からかうようなカインの言葉に、エリーヤは
「おからかいを……お嬢様の
そう、
「ふふっ、
「では、
「はっ……
最後にぎゅっとカインの
「……はぁぁぁ」
足音が
――床には、流れた汗の
「どうやら、
ゆらりと立ち上がり、ワゴンに
「……お嬢様は、
カインを
だが、それはエリーヤに
『……この男は役に立ちますわ。
汗と
エリーヤが命を救われ、そしてまた彼が女を相手にして
その時彼は、カインのことをすっかり心まで
「もうすぐ死ぬとでもわかった時には、もう一回くらいはお相手をお願いしたいモンですね。お嬢様」
少しだけ
†
「どうかしら、このところの
「あ、はい。カイン様のお
「ふふっ、そう。それは良かったわね」
くすくすと、楽しそうにカインは笑う。
一歩
そんな
「そう
「いえ、まあそこは……マルコと
「なるほどそうね。何かを話して、
そんなカインの言葉にアベルも
「やや
「以前カイン様に、出来るだけ
「ふふっ、そんな
何しろ今回の
「ですがカイン様に
「お詫び? 聖女様に
にこやかだったカインの
「……そうね。ひとつだけあったかしら」
「そ、それは……?」
アベルの前で、カインが顔を歪ませることなど
だからつい、思わずアベルの方も
「大丈夫よ。
先ほどのアベルに
「
「お、王妃様……ですか」
すると、
「あら、アベルにもそんな顔をする相手がいるのね」
「いえ……王妃様とはお話ししたことはないのですが、ただ……」
「ただ……?」
「どうも私、王妃様にあまりよく思われてはいないみたいなので……」
「まあ……それはどうしてかと、聞いても
「
云いかけてアベルはちょっと
「……カイン様は、神様の国王へのご
「ああ、貴女が月に一度王宮に
聞かれて、今度はカインが考え込む。
「確か、王と
「そ、そこまでご存知なのですね。さすがカイン様です……」
本来であれば、
ちなみに、アベルの口を借りて
「実はですね、その……どうも王妃様には、その件で私、ご
「……それは
今度はちょっと
「いつも、その……託宣の直前に謁見の間を出て
「そう……アベルの
少しだけ考えごとをするように目を
「それは、直接王妃様にお
――すぐに、
「お、王妃様に……ですか!?」
さすがに、いつものんびりとしたアベルもこれには
(本当に、カイン様は……なんて
そう思うと、アベルの
†(
「き、
――そんな話を
「ふふっ、そんなに
「そ、それは……」
それはつまり、私が
「ふふっ、大丈夫です。さあ、参りましょう」
「は、はい……」
私の
(いつか、カイン様のお友達として、胸を
そんなことをふと考えたけれど、今はただ遅れないようについて行くことしか出来ない私だった……。
「お二人がお
「ええ」
私たちを
「な、何と云いますか、緊張してきましたね……」
「あら、物怖じをしないアベルにしては
「そ、そうでしょうか!?」
私、一体カイン様にどんな
「
「は、はい……」
カイン様相手にそんな
「今そんなにお茶を飲むと、本番で入らなくなるのではなくて?」
「あっ、はいっ……! そうですねっ!?」
カイン様にくすくすと笑われて、私は自分がお茶を飲んでいることに気が付いた。
――というか、自分がそれくらい緊張しているんだということに、ようやく気が付いた。
「……どうやら、本当に緊張しているようね。ごめんなさい、気が
「い、いえっ……! その、緊張してるって、自分でもいま気が付いたのでっ……!」
「ふふっ、そう」
ちょっとドキっとしてしまうような、優しい
(あわわわ……カイン様こそが、実は聖女様なのではっ……!?)
取り乱す私をよそに、カイン様は立ち上がって目の前までいらっしゃると、そーっと、私の頭をなでられた!
「安心して。何があっても、貴女のことはわたくしが
「カイン様……」
「と、云うか……まあ、そんなことにはならないわ」
小さく肩をすくめると、カイン様はちょっと
「確かに私と王妃様は
「そ、そうですね……」
ですが、仲は良くないのですよね……?
「悪くはないけど、良くもない……というのは?」
「私は、王妃様に
「ええと……ああ、なるほど。そうなりますね、失礼ながら……」
「いいのよ。事実だから」
今度は先ほどとは打って変わって、すうっと悪そうな笑みを浮かべられる。一体カイン様というのはどれだけの心の
残念ながら、ザンダール公爵家の
「お待たせいたしました。間もなく王妃様がおいでになられますので、先にお部屋にお入りになり、お
そこへ王室付きの侍女さんがやって来て、
「わかりました。では行きましょうか、アベル」
「はい」
カイン様に
「わ、わぁ……」
侍女さんに案内されて王妃様のサロンに入る――なんだろう、
「すごいです……キラキラしていますね」
「王妃様の趣味というわけでもないのよ。
「な、なるほどです……」
王妃様というと国で一番の
「そろそろね。出迎えるわ」
侍女さんが控える
「王妃
スカートの
何度も
「陛下」
「……
「お陰様をもちまして」
王妃様――マルレーネ・システィア・マクシーム様。
確か
「それで、貴女が――」
「あっ、はい……」
いけない、
「……こちらが
カイン様が代わりに名乗ってくださった。うぅ、
「あ、アベル・ミラ・エルネスハイムにございます。この
しばらくの無言の
「……カインが目をかけていると
「めぎっ……!?」
思わず顔を上げてしまい、その王妃様のお顔と云ったら……!
私、
「まったく、なぜそれ程までアベルにご興味をお持ちなのかと思っていましたが……」
混乱している私の
「初めましてかな……いえ、城では何度か逢っているか。
ええっ、王妃様をお名前で呼ぶなどと、それはさすがに不敬なのでは……!?
「あくまでもこの場でのことよ。それ以外では、きちんと『王妃陛下』と呼ぶようにね、アベル」
「は、はい……それは
「これは妾が
あっ、なるほど……それで侍女さん達も
「
「それでよい」
「ではカイン、お茶を頼めるかしら」
「承りましょう」
えっ、ここでもカイン様がお茶を
「ああアベル、貴女は手伝わなくていいの。マルレーネ様に対する
「ど、毒っ……!」
そうか、私の時と同じなんだ……そもそも、どうしてカイン様がお茶を淹れられるのかが不思議だったけれど。元々は王妃様の為だったのですね。
「さてアベル、まずは
「いえ、私もカイン様ほどの才ある方に何故
「ほう」
私がそう答えると、王妃様は不思議と
「いかがですか。『
云いながら、カイン様は王妃様にお茶を
「そうだな。しかし妾やそなたに
「王妃様のご
「ふむ……云われてみればそうだな」
てつめんぴ……あの、カイン様いまのこのこって……それ、
「しかしカイン、そなたも
「自虐ですか? いいえ、これは
云いながら、カイン様は
「そうだな、もっと胸を張るべきだ。何処に出しても恥ずかしくない、三大公爵家の
「ですが、ただ
「じょじょうふ……とは、女だてらに
「そうよ。この方は王太子妃の
「ええっ、すごいです……!」
「それは
「そうでしょうか。私には
「そうか? そうであるならば、妾はまだ陛下に
そう
「そういえば、アベルはマルレーネ様を怖がっていたわね。この
「おや……」
「ぴぇっ……!?」
えっ、ええええええっ、どどど、どうしてこんな
「くっ……」
わ、笑ってる……扇子の陰で笑いを
「いえ、その……いつも
「ふむ。確かに妾はあまりいい顔はしていなかったであろうな」
や、やっぱり……うぅ。そうですよね……。
「
そう云って、マルレーネ様はくすりと笑われる。
「な、なるほど……そのように
「おや、そういうものなのか」
「は、はい。神様が身に
「…………」
「…………」
「……えっと、あの……?」
マルレーネ様とカイン様は、
「やはりそうなのか。嘘をついているようには見えないしな……」
一言つぶやいてから小さく
「神がお
そう云ってちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべられた。
「ああ、そうですね。もし私が神様のお言葉を覚えていれば、きっとそうなりますよね……一番神様のことばを
そういえば、それについては
「ええと確か、教会で一番の
「そうだ。どちらが
「なるほど……?」
私にはよく分からないけれど、
王の
「……そこで、だ。ひとつ聖女様にお願いがあるのだが、聞いて貰えるだろうか」
「はい……?」
そんな話をしていると、優雅な微笑みを浮かべて王妃様が
「な、なんでしょう? 私にお
「ああ。ここで神の招請を
「は……」
はぇえぇえぇぇぇぇ……っ!?
「ふふっ、さすがのアベルでもそういう顔になるわよね」
私は
「な、なるほど……本日私をここにお招き頂いた理由はそれなのですね」
「
さて、ですがここに神さまを招請してしまってもいいのかどうか……。
「いえ、それは私が
私がそうお
「あの、どうかなさいましたか……?」
「ああ、いや……もっと悩むかと思っていたからな」
と、王妃様。
ああ、なるほど。それは確かにそうかも知れませんね。
「そもそも、人の身で神様を招請する力など身に
「……確かにそうね。
「はい。もし神様が私に総ての裁量をということであれば、私の
聖女となった時、私は神様によっていくらか
「では早速ですが、神様をお
私は、
†
「……思ってもみないことになったな」
神様への祈りを
「そうですわね。
そこで、目を覚ました私に気が付いてくださったのか、カイン様に
「あ、はいぃ……ひゃわっ!?」
ぼんやりと首の後ろに
「そのように慌てて起き上がるものではないわ、アベル。
「だっ……大丈夫っ、だいじょうぶですのでっ……!」
確かにちょっとクラクラするけれど、私としてはカイン様に
と、そこまで慌ててから、私も、とてつもなく
「……もしや、神様は呼びかけに応えて下さったのですか」
まさか、神様が招請に応えられるとは思っていなかったので、正直驚きを隠せない。
「妾達も本当に驚いた。丁度、神も我らに
「お二人に……神様から、伝えたいことが……」
考えてみれば、神様の言葉を受け取ることが出来るのは国王陛下と宰相様のお二人だけだ。もしかしたら、それだけでは
「ほんの出来心からの思いつきだったけれど、これは少々
「そうですわね。
「えっ……あの、そんな大変なことに……?」
「……アベルは気に
「そうだな。
「…………」
これは明らかに、神様からのご託宣が、何かとんでもない
「あの、
「いや、今のところ
王妃様は、そう答えるとからかうように私をお笑いになった。
「こう見えて、アベルは割と
「カ、カイン様……」
もう、カイン様まで……。
「それとアベル、それとカインにもな。もうひとつ
「あっ、はい……!」
そう云って、王妃様はすうっと息を吸うと、
「我、マルレーネ・システィア・マクシームはここに
「……ご
「たっ、賜りましてございます……!」
カイン様が膝を
今の宣言は、王家に
私も、宰相様に説明を頂いただけで、それがどういった
「神の招請は我が国において神聖なるものだ。それは王家の血族、あるいはその
「そ、そうですね。私も思っておりませんでした……」
思ったよりも
「少しカインと二人で
「……そうですね。今日のところはマルレーネ様と私、二人の
「えっ、いえ……何か大変なお
慌てる私を優雅に手で
「いいのよ。
「カイン様……」
「ではこれでお
「は、はい……!」
そう云われてしまうと、それ以上は何も返せなくなってしまう私でした……。
「――それにしても、
「は、はあ……」
王妃様のサロンを
私は、神様をお招びした部分の
「アベルには
「はい。神様に身体をお
「神気……」
「ええ、こんな感じに」
軽く息を吸い込むと、胸の奥で『心』に力を入れる。すると――。
「これは……何かしら、アベルの
「私にもよく分かっていないのですが、神様の
「
するとどう云った
「……なるほどね」
ギリッと、少し嫌な音が聞こえて……気付けば、カイン様の
「カイン様……!?」
私は慌ててハンカチーフを取り出すと、カイン様の血を
そのカイン様の表情と来たら! ――正直、しばらくは忘れられそうにない。それは
「ああ、ごめんなさい。貴女のハンカチーフを汚してしまったわね」
「い、いえ……そのようなことはどうでもいいのですが、大丈夫でいらっしゃいますか」
「……ええ」
さっきの表情が
「この光、いつでも
「そうですね。神様が身体にお
「アベル、貴女ほんとうに聖女でしたのね……」
「あの、今頃になってしみじみとそのように云われますと……さすがの私も立つ
「ふふっ、そうよね。もうそんな場面は
優しく
「これは
そう云って
†(人称が変わります)
「……やってくれたわね」
アベルを
「この
「勿論、私もこの国の貴族である以上、神に対して畏敬を抱かぬわけもない。当然ね」
だが、しばらくの
「――けれど、私の意志をねじ曲げてまで畏敬を抱かせるなどという
そう、アベルの放った
「しかしものは考えよう。ならばこのカイン、神の挑戦を改めてお受け致しましょう」
唇の
聖女と悪女が、午後の談話室で駄弁る話。 髙椙苹果 @applehigher
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