風の歌

佐藤令都

ゼロ

 いつも痛いはずの胸が高鳴っているんだ。


 空を風がかける。

 耳元で風の音が鳴る。

 風は、歌っている。


 目の前を少年が駆けた。


 グラウンドの土を蹴る。


 スタートラインに手をついてから合図もなしに力強く1歩を踏み出した。

 前傾姿勢を保ったまま歩幅を広げ、足の回転を速める。


 ゼロ、イチ、ニ、サン。


 ハードルを超える。


 腰は高い位置のまま。大きく腕を振り、身体の軸はぶらさないで、そのまま、そのまま。

 スパイクのピンが土を削る。

 80メートルを過ぎた頃ぐんとギアが上がった。

 横を通り過ぎた時、一瞬目が合った。気がしただけかもしれない。

 それでも少年は微笑んだ。


 ああ、彼はなんて楽しそうに走るのだろう。

 走ることに愛されている。


 気付いた時には100メートルの白線を越え、減速していた。


 目が離せなかった。


 あの時夢中だった全て。

 君となら風になれる気がしたから。

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