KAPPA@メタバース

深川我無

KAPPA@メタバース

 僕らは放課後いつものように精神をメタバースの世界にアップロードする。

 無邪気に、そして恐れ知らずに。

 今日もそこには無限の世界が広がっているから。

 

 僕の名前は伊織いおり。高専に通うエンジニアの卵だ。聡太そうた十夜とおやは同じ高専に通う親友でありだ。


 僕らは学校が終わればすぐさま部屋に戻って精神をバーチャルの世界にアップロードして遊んだ。聡太は優秀なプログラマーだったから、僕らは一般の人が入れないような禁止エリアにも好きに入ることが出来たし、自分たちのステータスをVRゲームで無双したりもした。メタバースの世界では何だって思い通りになった。だから僕たちはどんどんその世界にのめり込んでいった。

 

 その日も僕らは一般人が入ることの出来ない禁止エリアに潜入して遊んでいた。見回り用の警備プログラムに発見されないように、僕らは迷路のような通路を進んでは戻り、新しい部屋を発見しては秘密のプログラムを残したりしていた。

 

「だいぶ深くまで潜ったな!」十夜が興奮気味に叫んでいる。

 

「ほんまに! 最高記録更新やで」聡太がクククと笑って応える。

 

「気を抜くなよ! 前は二人が大声でお喋りしたせいで、警備プログラムに見つかったんだからな」

 

「分かっとるわ! 伊織はほんまに慎重やなぁ」

 

 そんなことを話しながら歩いていると、突然景色が変わった。今までは宇宙船の中みたいな、金属の通路を歩いていたのに、突然古い木造の廊下になったのだ。

 

「あれ? なんかバグったかな?」聡太がデバイスを呼び出してプログラムを確認するがどうやらバグではないらしい。

 

「面白いじゃん! 行ってみようぜ!」十夜が先頭を歩いていく。バグでは無いならきっと準備中の新空間か何かだろうと、僕と聡太もそれに付いていった。

 

 ギシギシとリアルな床の感触が伝わってくる。まるで現実の空間のようだ。これだからメタバースはたまらない。現実では絶対にできないような冒険を満喫することが出来て僕はとても満足していた。

 

 木製の廊下の両脇には窓ガラスが付いていて外の景色が見えた。外はどうやら薄暗い林になっており、この廊下は沼の上に建てられた渡り廊下のようだった。

 

 突き当りまで歩くと、そこには木戸があった。木戸は立て付けが悪く板と板の間には不揃いの隙間が空いていた。


頑丈そうな太い鎖と南京錠がいくつも掛けられており、いかにも立入禁止といった具合だった。

 

「おっしゃ! 俺に任せとき!」聡太が鍵のプログラムを解読している間、僕と十夜は板の隙間から中を覗いたりしていた。

 

 部屋の中は薄暗く、ランプシェードが付いた小さな電球が部屋の真ん中に一つあるのがわかった。ランプは赤い光を放っており、それが時々チカチカと明滅めいめつしていた。


なんとなく薄気味悪い部屋だなと思い、僕は内心嫌な予感がした。

 

 シャキン! という音がして聡太が鍵のプログラムを解除した。

 

「さすが聡太! この天才ハッカー!」十夜が嬉しそうに聡太の頭をワシャワシャした。

 

「やめろや! 気持ち悪いねん!」聡太も笑いながら十夜の手を払いのける。

 

 そんな二人を見ていると、今さら帰ろうというのも野暮な気がして僕は黙って二人に付いていくことにした。


十夜が先頭に立ってドアを勢いよく開けると、そこは薄汚い物置小屋のようだった。

 

「うわ! これかわややわ。田舎のばあちゃんに同じのあるわ。家の外にこんな感じの小屋があって、そこでトイレするねん」

 

 厠の真ん中には木の箱のような物がありその箱も鎖でグルグルに巻かれていた。その真上に赤いランプが頼りなく光っていた。

 

「ゲームの隠し部屋か何かかな?」僕は思いつきを口にしてみた。

 

「さあ。分かんねえよ。とにかく開けてみようぜ! 天才ハッカーお願いします!」

 

「もうやってる」聡太がプログラムを解除する。

 

 シャキン! という音がして錠が開いた。すると木箱は四面がバタリと開いて中からとてつもなくリアルな河童が現れた。

 

「うおぉっ」これには流石に三人とも驚いて後ろに飛び退いた。河童はヌメヌメとした質感で全身に深い皺があり、ふーふーと息を吹き出しながらギョロリとこちらに目をやった。

 

「ゲームのボス的な奴?」十夜が僕らに問いかけた。

 

「隠しアバターちゃうか?」聡太がプログラムを解析しながら首をひねっている。

 

「なんかヤバイよ! 帰ろうよ!」僕は嫌な予感がして二人の袖を引っ張って部屋から出ようとした。

 

 僕らの目の前でバタンと扉が閉まり河童がこちらに近づいてくる。十夜の前に立つと、河童はおもむろに口を開いた。

 

「すーもーおー」


予想に反した甲高い声が響いた。

 

「は? 相撲?」十夜は拍子抜けしたように笑うと、相撲したら出してくれんの? と河童に言う。

 

「うん。うん。うん。」河童は頷きながらそう言った。

 

「よっしゃ! やってやるぜ!」

 

 十夜は部屋の真ん中に出ていくと四股を踏む動作をしてみせた。それを見た河童は大喜びで十夜の前に立つとズシン! ズシン! と凄まじい力で四股を踏んだ。

 

「十夜! やめたほうがいいよ!」僕は叫んだ。聡太も怯えながら頷いている。

 

「大丈夫だって! どうせこのままじゃ出られねえし、負けてもメタバースの中だからログアウトすればいいんだよ」十夜はそう言うとハッケヨイ! と掛け声をかけた。

 

 とんでもない光景だった。掛け声がなるや否や河童は十夜に凄まじいをしかけた。十夜はおでこから血を流してのけぞった。河童は一切手を抜かず、のけぞる十夜に張り手をかまし。十夜は後ろにバタンと倒れ込んだ。

 

 僕らが十夜に駆け寄るよりも早く、河童は十夜にまたがると十夜のズボンを脱がせ始めた。

 

「何するんだ! やめろ!」慌てて僕が叫んでもお構いなしに、河童は十夜のズボンと下着を脱がせて脇に放り投げた。

 

 河童は十夜をひっくり返すと、なんとお尻に手を突っ込んだ。ずぶりと手がお尻の中に飲み込まれていく。十夜は声一つ上げず白目を向いている。

 

 河童はグリグリグリと拳を回しながら、緑色に光る玉を十夜のお尻から引きずり出した。光る玉は、ヌメヌメした黄色い液体に包まれていた。河童はそれをしげしげと満足そうに見つめると、ゴクリと丸呑みにしてしまった。

 

「嘘だろ」僕らは呆然とその光景を見ていた。我に返った聡太は部屋のすみに駆けて行ってゲェゲェ吐いた。

 

 ガチャリと音がして後ろの扉が開いたので、僕は動かない十夜と吐いている聡太を引っ張って部屋を飛び出した。

 

 無我夢中でどうやって帰ったか分からない。だけど僕らは、なんとかログアウトして現実世界に帰ってきた。

 

 慌てて二人に連絡する。すぐに聡太から返事が来た。よかった。聡太は無事だ。しかしいつになっても十夜から返事は来なかった。意を決して聡太と二人で僕らは十夜の部屋に尋ねていった。

 

「十夜。開けるぞ」そう言って十夜の部屋に入ると、十夜はパソコンの前に突っ伏していた。

 

「十夜!!」慌てて駆け寄ってみると脈はあるし息もしている。だけど十夜の目に生気は無く、だらりと涎を垂らして虚空の一点を見つめていた。

 

 救急車を呼んで事情を話したが信じてもらえなかった。河童の出来事が原因なのは明らかなのに、大人たちは神経がどうとか、脳波がどうとか言って十夜を病院に連れて行ってしまった。

 

「俺らだけでなんとかせんと」聡太はそう言うと過去のデータにアクセスして同じようなケースがないか調べ始めた。

「そうだね。十夜を助けないと」そう言って僕も河童について調べた。

 

 調べてわかったことは時々メタバースの中で行方不明者が出たり、精神崩壊する事件があるということ。そのどれもが報道規制されていて、ダークウェブにしか情報がないこと。河童は相撲で負けた相手の尻子玉を抜くということ。尻子玉は精神の核と言われているということ。

 

「もう一度あそこに行って、河童と相撲で勝負するしかない。相撲に勝って、十夜の尻子玉を取り返すんだ」

 

「おっしゃ! そしたら俺が伊織のステータス爆上げにしてあのバケモンに勝てるようにするわ!」

 

 こうして僕らは十夜の尻子玉を取り返すためにもう一度、河童のもとに向かった。

 

 僕らはまず夜中の病院に忍び込んで十夜をメタバースに接続した。やっぱり身動き一つしない十夜を抱えて、僕らは例の渡り廊下に到着した。

 

 夜の渡り廊下は以前来たときよりもずっと不気味だった。ゲコゲコと大きなカエルの鳴き声が聞こえ、ぼちゃんと沼に飛び込む音が響く。巨大なヒキガエルが、重たそうに身体を引きずりながら、渡り廊下の前方から歩いてくることもあった。

 

 僕らは例の部屋に着くと呼吸を整えて木箱を開けた。するとまたふーふーふーと息を吹き出しながら河童が現れた。

 

「聡太。頼むぞ」僕は聡太の方を見た。コクリと頷いて聡太は僕のステータスを改竄する。

 

 すると僕の身体が見る見るうちに巨大な力士の姿に変わっていった。

 

「歴代最強と謳われた昇竜関にスピードとパワーもカスタムした鬼仕様やぞ!」聡太は凄んで見せたが手が震えていた。僕も怖くて震えそうだったが、そんなことでは相撲に勝てない。パンパンと顔を叩いて河童を睨みつけた。

 

 河童は嬉しそうにニコニコ笑いながら「すーもーおー」と言って小躍りしている。

 

 僕が部屋の真ん中に行き、手を地面に着くと、河童も真顔に戻ってペタペタと部屋の真ん中で手を付いた。

 

「ハッケヨイ!!」

 

 そう叫ぶと河童と僕のぶちかましが火花を散らした。

 河童は少しのけぞったが、すぐさま僕の回しを取ろうと腕を伸ばしてくる。

 僕はその手をはたき落として強烈な張り手を河童の顔面に見舞ってやった。

 それでも河童は怯まず向かってくる。

 張り手を打ち合い、ついに互いの回しをとって、がっぷり四つで組み合った。

 

 勝負は互角だった。聡太のステータス改竄でも互角だなんて、この世界に勝てる奴なんか、いないんじゃないかと思った。

 河童は疲れなど微塵も感じない様子だったが、僕はどんどん疲れて動きが悪くなってきた。

 

 その時だった。聡太が部屋の照明のプログラムをいじって強烈な熱を放つハロゲンランプに変えた。

 

 ジリジリと焼けるような熱が降り注ぎ、河童の頭のお皿が乾き始めた。

 

「フーフーフーフー」河童は苦しそうに荒い呼吸をし始めた。

 

 僕は最後の力を振り絞って河童を上手投げで投げ飛ばした。

 

 河童はゴロンと地に転がると、すぐにバッと起き上がって一礼した。

 

「十夜の尻子玉を返して」十夜を指さしながら、僕は息も絶え絶え河童にそう言った。

 

 河童はコクリと頷いて十夜のほうに歩いていった。十夜のズボンと下着を脱がせるとお尻に顔をうずめてゲロリと尻子玉を吹き込んだ。

 

 びくん! と十夜は痙攣したかと思うとパチリと目が開いた。しばらくぼおーっと周りを見渡していたが、お尻に顔をうずめた河童に気がつくと「ぎゃああああ!!」と大声で叫んでその場から飛び退いた。

 

 

 僕は心から安堵してその場にへたり込んだ。長い長い一日の出来事だった。

 

 

 その後も僕らは相変わらずメタバースの中を探検している。あれだけの目にあってもこの刺激的な生活を手放すことは出来なかった。

 余談だけど十夜はしばらく謎の腹痛に苛まれたし、僕は体重が十キロも太った。どうやらメタバースの特定の場所、特定の存在の影響下で、起きた出来事は現実にも影響を及ぼすらしい。

 

 さあ。今日は一体何が起こるだろう?

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