第54話

 目まぐるしい日が続いた。


 裏の世界、なんて言われているが、入ってみれば、とある一業界、のような感じで、業界ならではの社交もいろいろあるらしい。

 大昔に構築された「神」と呼ばれるシステムに通じ、各家で独自の技能を持ちつつも、大きなところでは、共有、ということも多い。

 それは、政界財界学界問わず、広く表と繋がりつつ、何段階も上の技術でもって、一般社会と隔絶した社会だった。

 つまりは、一握りの人間が、力や知識を占有し、そのおこぼれを表の社会に落とす、そんな仕組みが有史以来ずっと続いていて、その知識の源が「神」と呼ばれるシステムなのだという。


 裏の技術というのは、人間という種のスペックの現界を引き上げる技術を中心にしている、と、学びの進んだ静流は、理解した。

 人間は脳を10パーセントほどしか使っていないらしい。

 これが倍使えるようになったら?さらに倍、100パーセントなら?

 そこを可能にしていくのが裏の世界と言われる者達の使う技術らしい。

 火事場の馬鹿力。

 これを火事場だけじゃなく使えて、しかも反動がない、そんな技術。

 有史以来脈々と受け継がれるそれらの技術は多岐にわたり、細分化し、各家の技術として秘匿され、ただ、その技術がもたらす力が強大すぎるからこそ、その制御も研究され、今の形になっている。


 舞財は、その力でもって、裏の技術によって起こる問題ごとの解消を生業とし、

 鳥居は、その力でもって、裏の技術がもたらした被害を癒やす。


 その2つの力を得た、当主、舞財鳥居静流。

 神託システムにより、2家の新当主誕生の報に激震が走っていた業界だったが、その2家を、たった一人の少年が引き継いだ、その発表は、さらなる驚きをもって迎えられたのだった。


 公式の発表は、夏休みを利用して、某有名ホテルにて行われた。


 舞財に準備されたその大々的な当主お披露目会。

 その開催までには当然一悶着あった。

 知られていない、舞財の嫡子。

 そして当主のはずの明楽の逮捕と失墜。


 結局、部下からだけではなく明楽本人の自供によって、15年前の事故が明楽の命令によって仕組まれたものだと判明したから、混乱もひとしおだ。

 慌てて、ずっとカエデが当主であって、それの引き継ぎが静流に滞りなく行われたのだ、という公式発表とともに、新当主の意向により、明楽に騙されて従っていた者の罪を糾弾することこそ罪とするものとされ、戸惑いと共に、新当主に忠誠を誓ったのだ。 


 身内の片付けも落ち着いての、外部へのお披露目会。それが、本日行われる。

 付け焼き刃ながらも、それらしい振る舞いを仕込まれた静流は、たったそれだけのことで、健吾が言うのが正しかったと心底理解した。

 満に教わった方がよかった、何度そう思ったかしれない。

 立ち方、姿勢に留まらず、視線から、指先、歩幅、話す時の口の開き具合、いちいちチェックが入る。

 おかげで、本番、神秘的で中性的な、新当主ができあがったのではあるけれど。


 お披露目会では、静流の付き添いとして、キオがエスコートした。

 側近として、満とコー、さらには健吾もつく。さらには、そこに真丘日雨が鋭い目を走らせた。

 この配陣を見て、誰も、静流の就任にクレームはつけないだろう。


 キオだけでなく、その子飼いとして有名な二人も伴う、その破格は、キオの本気を思わせた。

 それだけではなく、宮原の当主の孫として、健吾も知られている。

 情報の宮原が、静流を認めている、と、公言しているようなものだろう。

 さらに日雨。彼女は要人警護のスペシャリストとしても知られている。

 人を目で操る、と噂される彼女が当主の警護、ということは、舞財の本気度も知らしめていよう。


 静流としては、まったく実感は無いものの、パーティは大成功し、各家の要注意人物にその名は連ねられたのだった。


 公人、として、とりあえずのお披露目も終わり、満達の勉強にプラスして、舞財の公邸での勉強まで追加され、日々へとへとに追われる静流だったが、夏休みをむかえると、さらに、、と称する、実地研修も追加されるようになった。

 主に満の補佐として、日本中から、と称される物の回収が、その主な仕事だ。

 おかげで、日本中を飛び回り、地理も覚えれば、登山やなぜか素潜りまで覚えた。

 回収場所、というのは、本当に様々だ。


 呪い、の原因は様々だ。


 わざと呪われていると知らせることによる精神的圧迫。

 太古の遺跡から呪われたのは、特殊なウィルスやガスだったり。

 または、電気で動くのではない別のエネルギーを使った回路での発動とか・・・

 確かに、多くの実例に触れ、少しずつ少しずつ、舞財の術も鳥居の術も実戦できてはいるけれど・・・


 舞財の家や、鳥居の家で、まだまだ積まれた未読の書物を、ため息をもって眺めるのが、このところの、日常だ。


 だけど・・・


 「静流!早くしろって!!」


 井上の家。


 下から声がかかる。


 今日は夏休み最終日。

 2階の自分の部屋から慌てて降りる。


 そこには、満もコーも健吾もいて、それだけじゃなく、外で叫んでいるのは、幼い頃からの同級生たちだ。

 あのいじめっこも、あのおせっかいな女の子も、みんなみんな、舞財の子だったらしい。

 すぐに一人、どこかへ行く静流をなんとか引き留めようと、幼いながらにあれこれ策を弄して、逆に逃げられる日々を、彼らはどれだけ悩んだのだろう?


 静流が当主宣言してすぐに、彼らと和解した。

 もともとが静流の勝手な逃亡劇で、彼らは、そんな静流の心の動きまで正確に把握していて、ただただ、赤面の時間だったけど。

 それでも、静流様、とは言わず、ちゃんと静流って呼ぶことを納得してくれて、ずっと友達だ、なんて・・・

 泣いても仕方ないと思う。


 そして静流は、はじめて、を静流から誘った。

 「一緒に海へ行かない?」


 そして、やっと今日、たくさんの友人と、ちょっぴり怖い兄貴たちと共に、初めての海にでかけるんだ。

 こんな幸せが、これからずっと続く、そのために、静流はなんだってやってやる、みんなの笑顔を見て、静流はあらためて、心に誓った。




            [ 完 ] 

 

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耽偵奇憶館(たんていきおくのやかた)でございます 平行宇宙 @sola-h

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