第53話

 キオの家に到着して、一行を迎え入れたキオ。


 そのキオに対して、ツカツカツカ、足音を立てて迫っていき、


 パチーン!!


 大きな音を立てて、満はキオの頬をビンタした。


 ビクッ、と自分が打たれたわけでもないのに、静流は心臓が跳ねた。

 パキーンと音がするような静けさが、部屋に満ちる。

 アチャー、と、コーだけが、目を手で覆って、唸った。


 「ねぇ、どうしたの、満さん。」

 静流は、おずおずと小さな声でコーに尋ねる。


 あんな満を見たのははじめてだった。


 本当に怒り心頭、という雰囲気だ。


 静流の先生役として、満はけっこう怒りを見せる。

 それはそれで怖くはあるのだが、どこかにそれを楽しんでいるのが感じられるから、心底怯える、ということも静流としてはなかったのだ。

 なのに、今の満は・・・無理だ。

 その怒りの矛先がキオに向いている。

 それなのに、無茶苦茶恐ろしい。


 が。

 当のキオは平気な様子だった。


 「あれ、怒らせちゃった?」

 「やりすぎだろ。」

 「でもね、しぃちゃんって、ギリギリじゃないと、真面目にやんないでしょ?僕は彼にしぃちゃんの本気を見せたかったんだ。」

 「そんなことは分かっている。」

 「だったらそんなに怒らないで欲しいな。」

 「分かってる。分かってるけど頭に来るんだよ。静流の気持ちも、伊々田さんの気持ちも考えろ。」 

 「ん。ごめんね。」

 「謝るのは俺じゃない。殴って悪かったな。」

 そんなやりとりの後、キオは、静流と健善に謝り、健善を焦らせるのだった。


 キオによると、舞財が静流を探って井上邸にたどり着いたことは、前日には察知していたのだという。だが、舞財がどう出るのか、明楽だけじゃなく、幹部も見たい、と考えたらしい。

 キオにとっては、襲撃班の中に幹部クラスが、静流を見届けるべく、参加する、というのは、予測の内だったようだ。


 そんなこともあって、健吾から襲撃の報告があったとき、満とコーは井上邸の近くにいたらしい。健吾の察知能力から外れるギリギリの場所に待機していたようだ。

 キオからは、相手が実力行使に入るまで静観、の命が下っていて、やきもきしつつ、中を探っていたようだった。


 実力行使、といっても、すぐに殺しに来るようなことはない、そう予測していたのだが、ここに誤算が入った。女忍者だ。

 命令があってすぐ、まっすぐに静流の心臓を目がけて飛び込んできたのだ。

 健吾が上手く立ち回ったから問題なかったものの、満もコーも冷やっとしたのだった。


 これは後日取り調べで分かったことだが・・・

 彼女は、明楽に心酔していて、いや、実際は異性として愛していて、静流のことを明楽を脅かす悪の存在として認識していた。ずっと前回の襲撃で静流の命を奪えなかったと後悔をしていたのだ。

 今回も命令が下れば、確実にまず命を狩ろう、ただそれだけを考えて、あの場にいたらしい。

 明楽の、ゴーの合図に、全身全霊をかけて飛び出した、というのが真相だったのだ。



 「で、あなたたちの処罰がどう、とかいう話だったよね。」

 静流を襲った仲間である3人。

 命令があったとはいえ、本家を襲撃、しかも現当主に刃を向けた。

 その責任は本来なら命をもって、というのが、裏の世界の常識だ、という。

 そんな常識はいらない、静流は、3人に言ったのだが、おとがめナシは、3人が納得していなかったのだ。


 「僕は、丹手貴雄。キオ探偵なんて呼ばれている。ご存じかな?」

 ご存じかな?なんて言っているが、この世界の人でその名を知らない人間なんて1人もいない、そう聞いている。

 当然、3人も頷いた。


 「で、縁あって、君たちのご当主の後見をさせていただいている。見ての通り、外見も中身も可愛いでしょ?今、僕はしぃちゃんに夢中なんだよね。でさ、しぃちゃんを泣かす奴は許さないつもり。あ、でもしぃちゃんは泣き虫だし、叱られて泣くのは、全然問題ないけどね。」 

 大きなお世話だ、と、静流はそっぽを向いた。

 この人は、すぐに人を褒め殺しする上に、教育には容赦がない。別に僕が泣き虫だからじゃない、静流は、心の中で、そうつぶやいた。


 「でさ。あなたたちが死んじゃうなんてことになったら、しぃちゃんってば、本当に悲しくて泣いちゃうんだよね。だからね、あなたたちは死ぬことは出来ません。少なくとも自死なんて許さない。」

 「ですが・・・」

 「常識とか伝統より、僕はしぃちゃんが悲しまない方を優先します。でもね、だからって、無罪放免はいかがなもんか、って思うんだよね。」

 でも、と言いかける静流を目線で黙らせる。


 「しぃちゃんは舞財の当主になりました。けど、舞財のことは何も知らない。舞財は人も仕事範囲も広大だよね。何も知らないしぃちゃんが、はじめからそれを治めることなんてできるはずがない。あなたたちには、しぃちゃんの舞財での護衛兼補佐兼教育係になってもらいます。」

 「え?」

 「いっとくけど大変だよ。しぃちゃんってば、やれば出来る子なのに、自己評価が低いという名のサボり魔だからね。しっかり追い立てて、早急に立派な当主に仕上げてください。それにね、どっちにしろしぃちゃんを当主って認めず攻撃してくる人がいると思う。そんな人から物理的にも精神的にも守ってね。あなたたちの罰は、24時間しぃちゃんの心と身体を守りつつ、一刻も早く立派な当主へと育て上げることです。」

 「・・・よろしいのですか。」

 「何が?」

 「我々は、ご当主に牙を剥いたのですよ。」

 「これからも剥くの?」

 「まさか。」

 「だったら問題ないよね。」

 「本当に良いのですか?」

 「だから、なんで?」

 「罰どころか、むしろご褒美ですが。次代、ではございませんが当代様を育てる、そんな夢のような仕事が罰だなんて・・・」

 「フフフ。今だけだって。しぃちゃんは手強いよ。」

 「分かりました。誠心誠意、一生懸命務めさせていただきます。当面は、各種祭事も含め、我々で手配しつつ、ご当主に学んでいただこうかと。」

 「はい。舞財でのことはお任せします。」

 「舞財のこと?」

 「ええ。まだまだこっちでも教えることはありますんで。」

 「よろしいので?」

 「はい。舞財だけでは学べない常識や力は、こちらで仕込みますから。」

 「お頼み申します。」


 そんな感じで、静流をスルーしたまま、3人の処罰が決まったらしい。


 「なんか、教育係がまた増えた・・・」

 静流がポツンと言う。

 「一瞬、あっちの3人だけになるって喜んだだろう?」

 健吾がニヤニヤしながら言う。

 「ソンナコトナイヨ。」

 ちょっとは、思ったかも知れない。

 「あっちだけだったら優しかったかも、って期待した?」

 「それは、ちょっとは、まぁ・・・」

 「それは甘いな。僕の想像だと、満さんに替えてって、静流は絶対泣くね。」

 「まさか・・・て、マジ?」

 「経験上、マジです。若様のための教育なんてご褒美、そりゃ張り切るもん。あの手のは、洒落になんないよ。経験者は語る、ってな。」

 「健吾が?」

 「僕のスペックが高いというんなら、全部彼らのお陰、ではある。多分満さんだってその辺りの経験あるんじゃね?コーさんは知らんけど。多分遠くない未来、静流はいかに満さん達が温かったかって実感すると予知をして進ぜよう。」

 「・・・やっぱり、当主、今から辞退できないかなぁ。」

 「・・・その冗談、僕以外の教育係には絶対言わないことをお勧めするよ。」

 「・・・まさか、健吾がいてよかったかも、って思う日が来るとはな。」

 「なんだよ。」

 「だってさ、本気でへたれられるの、健吾だけだもん。それに・・・」

 「ん?」

 「それにさ、ありがとう、守ってくれて。健吾は命の恩人だ。」

 「・・・ま、親友だからな。」

 フフフ、明日は雨どころか槍が降るぜ、健吾はこっそりと、つぶやいた。 

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