第52話

 お隣の吹田のばあちゃんが、戸惑う静流に声をかけた。

 「もうしずちゃんとは言えませんね。ご立派に育ってこられて、本当に嬉しく思います。先代様は静流様がこの世界に入らなくても良いと、お育てになりました。お子様お孫様達のこともございましたし、ね。ですが、私たちは確信しておりましたよ。優しい坊ちゃまが、必ずや継いでくださることを。舞財の心を何より受け継ぐ坊ちゃまこそ、当主にふさわしい、常々老人の言端に上っておりました。ありがとうございます。よう、ご決断なさいました。」

 「吹田のばあちゃん・・・ウッウッ」

 「ふふふ、坊ちゃまはいつまでも泣き虫でいけませんね。さあ、皆様、見世物じゃございません。これからまた忙しくなりますよ。不届き者の出入りを許してしまった失態は、早速取り戻さねばなりません。舞財の誇りにかけて、これからは静流様と共に参りますぞ。」

 ワー!という歓声に静流様!の声が混ざる。

 そんな人々を、曾祖父母の茶の間友達だ、と思っていた人達と、その家族が追い散らしていく。

 気がつくと、門の外で跪く、5名ほどの男女と、拘束された2人だけだった。


 その5名も、見知った顔だった。

 町の消防団に所属する人達だ。

 彼らが解散せず、待っていたのは、拘束した2人がいるからだろう。


 「逃亡した罪人の確保をいたしました。静流様、ご指示を。」

 消防団長のおじさんが言った。

 指示ったって・・・と思い、そばにいたコーの顔をあおぐ。

 「あー、ご苦労様です。警視庁の丹川です。現状、静流様の護衛兼教育係をしています。」 

 「存じています。」

 「では話が早いですね。二人は中の二人とともに、うちの課長が引き取りに来ます。それまでこちらで預からせていただきます。」

 「お願いします。」

 そう言うと、消防団の人も立ち去っていった。


 消防団の人達が拘束したのは、明楽とあの女忍者だった。

 煩かったのか、明楽に至っては、猿ぐつわまで噛まされている。

 それでも、うーうーと、何かを静流に対して言っているようだった。


 

 しばらくして、警察のワゴン車がやってきた。

 コーが課長、という人物が指揮をしていた。

 「大物だからな。さすがに簡単に釈放したくないし。」

 コーが言うには、裏の世界専用の法律があって、そっちの違反者を扱うのが、警視庁に特設されているコーの属する課なのだそうだ。

 「ちなみに、課長、舞財の関係だぞ。」

 「へ?」

 「舞財ってのは、もともと、やりすぎた裏の家系のもんを取り締まるような仕事をしてるんだよ。取り締まりっていうか、監査?裏の世界でも手に余るような事象全般を神の名の下に裁く、みたいな?だから手っ取り早く、警察のこんな部署のお偉いさんに、代々舞財の手の者がつくってわけ。」

 「じゃあ、二人が釈放されたのって・・・」

 「舞財的に無罪、だったんだろうな?一応明楽が大ボス名乗ってたし。」

 「まじ?」

 「半分マジ。」

 「半分?」

 「あの課長はそんなのに屈しない。もともとカエデ派だしな。ちなみに兄弟子的な?」 

 「ばぁちゃん達に習ってたってこと?」

 「まぁな。」

 「じゃあなんで、釈放されたのさ。」

 「前回は、別の部署にかっさらわれたんだよ。警察もいろいろあるんだ。」

 「うわぁ・・・」

 「だから、課長直々に今回は出張ってきたってわけ。まぁ、しぃの顔を間近で拝みたかったってのが本音だろうけどな。」

 「え?」

 「もうずっと煩いんだよ、お前に会わせろって。今回は、明楽のこともあるし、当主をオープンにしたし、呼び出されるだろうな。」

 「うぇー。」

 「あきらめろ、ご当主様。」



 そんなこともあり、後日、静流が警視庁を訪れたのだが。



 その前に、連行されていない3人が、井上邸に残っていた。

 彼らは切腹も辞さない、的な感じで、とにかく処罰を望んで、静流を辟易させたのだが、キオの呼び出しで、一応落ち着きを見せることとなった。


 おそらくは満の報告がキオに入ったのだろう。

 彼らを家に連れてくるようにと、静流へ連絡が入った。

 ちょうど、玄関のガラスが割られたこともあって、井上邸には修繕が必要で、それは隣の吹田のばぁちゃんが、やっておくと言って、帰って行った。

 この町でこの家に忍び込むような度胸のある人はいないだろうし、舞財の目が光っている以上、そんなことはさせないだろう、そうみんなに指摘された静流は、施錠は諦めて、車上の人となったのだ。



 キオの家に行くには、直接の転移は使えない。

 キオは健吾すら、これを使うことを未だ認めていなかったし、忍者姿の3人ならなおさらだ。

 ということで、時間をかけて、2台の車に分けて、出発した。

 静流が乗ったのは満が運転する車で、同乗者は伊々田健善。他は、コーの車に乗っている。

 どうやら、満と健善も知己の間柄だったようだ。


 「君がキオ様の下にいることは知っていたが、まさか静流様の指導役だとは、ねぇ。いや、むしろ当然か。」

 「私の方は、あなたが、あの明楽の言いなりになって襲ってきた方が驚きですよ。」

 「・・・そうでしょうな。私は舞財を守りたい。それだけに固執してしまっていたようです。もう年ですな。」

 「ご冗談を。正に働き盛りじゃないですか。できれば、本音を聞きたいんですけどね。」

 「本音、ですか?」

 「ええ。ぶっちゃけ、キオならそこも含めて知ってるんでしょうけどね。私程度では、あなたほどの人の心の内は分からない。外から見てさえ、明楽の無能は分かるんです。優秀な貴方が、明楽に従う意味がわからない。」

 「フフ。家を捨てたあなたには、そうでしょうね。」


 え?っと静流は満を見る。

 家を捨てた?


 「はい、そこ。大人の会話に加わらない。そんな暇あったら、自分ちの重鎮ぐらい、頭に叩き込んでおけ。」

 「うっ。でもさ、写真しか見てないのに分かんないって・・・」

 「完全に記憶から消えてたようにみえたが?」

 「・・・ごめん。」

 「ったく。これじゃ健吾に甘いって言われるはずだ。」

 「え?」

 「まぁいい。それは後だ。はぁ。そんなに気になるなら、俺の話は今度してやる。今は黙ってろ。」

 「うん。」


 「フフフ。羨ましいですな。」

 「そうでしょうか。」

 「ええ。本来なら、静流様の教育係は私が任されていてもおかしくはなかった。」

 「そうでしょうね。」

 「しかし、私なら、そう親しく接することは出来なかったでしょう。さすがに鬼才と言わしめたお方だ。」

 「いえ。力に奢ったガキの暴走、黒歴史ってやつですよ。私のことはいい。あなたです。ごまかさないでください。」


 「ハハ、そうでしたな。・・・私は、馨様はともかく早耶香様が次代様になるものと期待しておりました。残念ながら誰が見ても早耶香様は優秀で、明楽様は凡才だ。フフ。あなた様のような鬼才とまで言われる方なら、明楽様を無能とおっしゃるが、あの方は別に無能ではありませんよ。ただ凡才、只人だというだけで。」

 「当主としては、それではダメでしょう。」

 「ですが、凡才なら凡才なりに、周りが盛り立てていけば良い。彼が不幸なのは、優秀な人材が、カエデ様の下に走ったというところです。」

 「それと、姉が優秀だった。」

 「そうですね。優秀過ぎました。ですが、だからこそ、亡くなった衝撃は大きく、大多数の幹部は別にして、多くは、生き残った明楽様の下に、結束せざるを得なかったのです。」

 「で、その大多数の幹部は引退したことにして、当主を名乗った、と。」

 「お恥ずかしながら。」

 「まぁ、一応は問題はなかったのでしょうね。難しい案件はカエデ様の方に流れていたようですし。」

 「やはり、そうですか。」

 「それでも、舞財がまともであったなら、防げた災害も、事件も、少なくない。でしょう?」

 「仰るとおりです。明楽様が、指揮を取られてきたこの20年。この国は本当に疲弊してしまった。舞財の力ならばなんとかなったものを、秘技を引き継がない当主の下では、大きな仕事はできなかった。」

 「でしょうね。だったらなおのこと、なぜ、未だに彼に従ったのです?あなたのことだ。知っておられたのでしょう、静流様のことは。」

 「いえ。可能性に気付いたのは、当主不在の神託が下った時です。鍵の所在を探すにあたって、鍵はしかるべき者が持つ、という神託を受けた者がおりました。」

 「なるほど。先代の死が神よりもたらされた時、ということですか。そこまで静流様の誕生を隠していたとは知りませんでした。」


 「鍵を探しはじめてから、明楽様は、目に見えて焦るようになりました。情報を集めて、舞財の傍系より、風の噂として、カエデ様がお子を育てている、そんな情報がもたらされました。早耶香様がご結婚なされ、当主の候補を辞され、明楽様が当主の実務を勉強するためという形で、早耶香様のお仕事を引き継がれました。その時から、ご姉弟の能力差がささやかれ、次期当主はやはり早耶香様に、という声や、それがダメなら早耶香様のお子を、という声は日に日に高まるばかり。当然、明楽様の耳にも入ります。必要以上に強きに采配するしかなかった。」

 「だったら、鍵が別の者に渡ったと知ったときに、党首代理を辞任すれば良い。鍵を得た者に全面的に従う宣言をすれば問題など起きない。」


 「正論、でしょうね。しかし明楽様は、良きにつけ悪しきにつけ凡才なのです。優秀な姉にコンプレックスを抱き続け、やっと、当主と仰ぎ見られることで、それを解消できた。その地位を子供に奪われる。それが許せるなら凡才、などと言われてはおりません。」

 「まぁ、そうでしょうね。で、肝心の貴方は?」

 「僭越ながら、静流様を見極めたい、そう思いました。凡才であるならば、敢えてお家を騒がせてまで当主の変更をする必要はない。むしろ、明楽様の仰るよう、害悪にしかならない。ですが、もし優秀な方なら?私はこの身をなげうって許しを願い、舞財の未来を託す。この命でもって、騒乱を納める、その覚悟で参りました。」

 「・・・で、貴方の評価は?」

 「想像以上でございました。神と言の葉を紡ぐ者。そう言われる舞財の当主ではございますが、その真髄を見た、と、心が震えました。人の心を動かすのが、巫女の真髄なれば、静流様は間違いなく、歴代様の中でも随一でございましょう。その切り開く未来が、お側で見られぬことが残念でなりません。」

 「フフフ、なるほどね。そういうことですか、キオ。まったくあなたって人は。でもさすがに、今回はやり過ぎだ。俺たちは怒って良いだろう?」


 口の中でそんな風につぶやいた満は、そのまま口を閉ざしたのだった。

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