第51話

 攻撃を仕掛けてきた男2人が、あっという間にコーと満の手によって沈められ、一瞬にして流れが変わったか、と静流がホッとして、健吾の腕からにじり出ると、さすが、というべきか、呆れた、というべきか、そこに明楽の姿はなかった。あの女忍者と共に。


 前の時と同じように、コーが倒れている二人に手錠をかけ、頭巾を取る。と、またもやデジャヴか。前回捕まえたと同じ人たちだった。


 「あれ?警察に捕まってるんじゃなかったの?」

 「あるんだよな、抜け道が。伊達に舞財の当主を名乗っちゃっいないってこった。」

 「マジか・・・」


 「なぁ、静流、あれ・・・」

 コーとそんなやりとりをしていた静流に、健吾がかけてきた。

 静流も気付いていたのだ。ただ、あえてスルーしていただけで。

 健吾が指さすその先には、頭巾を取った3人の男女が、正座して叱られるのを待っている子供のような様相で静流を見ていたのだから。



 参ったな、こんなときどうすればいいか、誰も教えてくれてなかったし・・・

 静流は頭をかきつつ、彼らを見た。


 おそらくは、20代ぐらいの若い男と、30前後の色っぽい女、そして、渋めの40代か50代かという男。

 なんとなく、若い男以外は見たことあるような。


 「はぁ。健吾。うちの王子様はどうやらお勉強がどこかへ行ってしまってるようだ。答えて差し上げろ。」

 いやみったらしく、満が言った。

 健吾は、それに肩をすくめると、指摘する。

 「伊々田健善いいだたてよし那来なくる親子に、真丘日雨まおかひゅうだね。伊々田家、真丘家ともに、舞財の実働部隊では上位の家系だ。忠義心が高いことでも有名で、特に伊々田健善氏は明楽当主に対して進言できる数少ない人物として知られている。静流・・様も、この方と真丘女史については学んでいるはずだ。」

 「うっ・・・」

 そういやそんなことが・・・

 舞財家の重鎮、というやつは、相当数詰め込まれていた。名前を聞くとなんとなくその経歴その他習ったことは頭に浮かぶ。だが、本物を見たのは初めてで、写真と目の前の人物を一致させるのは難しい。

 満のこめかみがピクピクしているのを、見ないようにしながら、頭の中で言い訳を考える静流だった。


 「さすがは宮原健吾殿。まさかあなたが若様と共におられるとは誤算でした。」

 健善が言う。

 「ご存じでしたか。」

 「ここに踏み込んで、はじめは気付きませなんだ。しかし、ご口上を聞き、もしや、と面影を浮かべ推測した次第。私の記憶は10年前の物ですので。」

 「お目にかかったことが?」

 「当主、いえ、明楽様の護衛で業界の園遊会にて。」

 「ああ。」


 なんだか、のんきにおじさんと健吾が話している。

 静流は不思議な物を見る気持ちで、そんなやりとりを見ながら、なんとはなしに周囲を見ていた。


 なかなかにカオスだ。

 自分の家だが、玄関先に転がされたむさいおじさんが2人。

 その見張りを兼ねているのか、玄関を上がった廊下で、壁に背を預けて腕を組み、こちらを眺めているコー。

 大きなちゃぶ台を避けるように、正座する3人の大人。

 そして、ちゃぶ台の向こう側に、片膝を立てたあぐらのような形で座っている満。

 そして、正座する大人達の前で、自然体とはいえ、足を広げて立って応対する健吾。

 さらに、半身は隣の仏間に置く形で、なんとなく開けられた襖に手をかけたまま、そんな皆の様子を困った顔で見つめる静流。


 それにしても。

 満は嫌味を言っていたが、自分に対してギリギリの敬語を使っていて。

 健吾はどもりながらも、「様」付けで自分を呼んだ。

 よく分からないが、当主は偉い。

 裏の世界では、如実な身分制度が残っている。

 諸々の事情から、権力は集中している必要がある、らしい。

 だから、当主として扱うときは、自分たちは臣下の礼を取る。

 そうはじめに言われたことを思い出す。

 なんだよ、それ、と、思ったけど、正座している大人達の目が怖い。

 自分を見定めようとしている目だ。

 なんだろうな。明らかに自分のことを下に見ていた明楽なんかより、ずっと怖いや。

 でも・・・

 キオの目に比べたら、全然平気だ、そんな風に思う。

 自分に決断を迫る時のキオの目は、背筋が凍った。

 彼らの目はそこまでじゃない。


 静流は、指輪を紐から外すと、指に嵌めた。


 「ヒフミヨイ マワリテメグル ムナヤコト

     アウノスベシレ カタチサキ

     ソラニモロケセ ユヱヌオヲ

     ハエツヰネホン カタカムナ   」


(僕は舞財静流。何も知らずに育ったけれど、当主の心は曾祖母から受け継いだ。舞財は、巫女の総統。神へ具申をする者。神に慰めを与える者。神の意に反する者を諫め導く者。人の世の憂いを少しでも晴らす、それが舞財の御業であれば、どうか僕に力を貸して欲しい。)

 静流はそんな祈りを込めて、歌を歌う。

 歌と共に、指輪から放たれた優しい光が、屋敷すべてを包み込んだ。



 ウッウッウッ・・・

 堪えつつ堪えきれない嗚咽が、静流の耳に入ってきた。

 それは、まさかの伊々田健善からで、その目にもキラリと光る物があった。

 並んで座る二人も目を見開き、両の目から涙が伝っている。

 日雨は、その涙に気付いていて、那来にいたっては、それにすら気付いていないようだけれど。


 すすり泣く声は彼らだけじゃないことに、はたと静流は気付く。

 おや、と思い、外を見る。

 よくここを訪れていた、曾祖父母の友人達を中心に見覚えのある顔が並んでいる。

 とくに、しずちゃんしずちゃんと可愛がってくれた老人達。

 彼らが人目も憚らず涙を流していた。


 「これは・・・?」


 ふらふら、と、静流が彼らの方へ、玄関へと歩いて行く。

 合図のように、ウェーブをするごとく、膝をつく人々。

 なんだこれは?

 戸惑う静流に、同じように玄関先に佇んでいたコーが静流の斜め後ろに立って囁いた。

 「この町はもともと舞財の隠れ里だ。町に住む多くが舞財の配下だと聞く。おそらく彼らがそうだろう。」

 「・・・そっか・・・」


 静流は、ゆっくりと廊下から降りて、玄関に向かう。

 玄関先どころか、門をはみ出し道路にまで、人が溢れていた。

 中には、同級生たちまで門の外にいて、照れくさそうに見守っていた。


 (なんだよ。知らないのは僕だけか?なんか逃げ回ってた子供時代が恥ずかしすぎる・・・)


 そんなことを思うが、誰も彼も自分を見る目は優しくて、静流は胸の奥から溢れてくる熱い物を根性で押し込める。とはいっても、自分に根性はないけれど・・・

 きっと、みんなには半分泣いてるの、バレバレだろうな、そんなことを思うのだが。


 「えっと。本名は井上静流なんだ。でさ、舞財なんて知らなくて、さ。それでも舞財静流を名乗ってました。好きなように過ごして、ここまで大きくなりました。みんなに守られてるなんて、これっぽっちも思ってなくて、人が怖いって、逃げ回ってました。でも、ばぁちゃん、ううん、先代当主舞財カエデが死んで、僕が舞財を引き継ぎました。僕は舞財静流として、これからはみんなを守り導く立場です。精一杯務めるけど、僕はこんなだから、全然未熟で、みんなの協力が必要です。だから、お願いします。僕を助けてください。これからも、力を貸してください。」

 静流は深々と頭を下げた。


 シーンとした中に、嗚咽が混じる。

 涙か涙を呼んで、曾祖母の葬式の時よりも、泣き声が大きく響き渡った。

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