第50話
「やぁ、静流君。やっぱり君じゃないか。さぁ、おいで。おじさんと話をしよう。」
笑顔を貼り付け、しかし、忍者の人達は下がらせない。
これで、警戒するな、と言う方が無理がある。
「話をする前に、部下の人達、下がらせないんですか?」
「君がおいたをするからだよ。私は君と違って、舞財の当主、まぁVIPでね。SPは必要なんだ。当主命令で、君を拘束することもできるんだよ。」
「えっと、おじさんが舞財の当主?」
「そうだよ。当然だろ。祖母が引退したあと、私がずっと当主をやっていたんだからね。」
そう言う明楽に、静流は小首を傾げた。
「変ですね?」
「何がだ。」
「カエデばあちゃんは、死ぬまで当主を誰にも譲っていないと聞きました。あなたが当主を名乗ったところで、それが間違いだって、みんな知ってるんでしょう?」
「ばかなことを。あれは耄碌していて、儀式を忘れていただけだ。実質、私が当主だ。」
「いいえ。あなたが名乗れるのはせいぜい当主代理です。それも当主非公認のね。」
「ったく、何をあの盗人どもに吹き込まれた知らないが、お前は騙されているよ。姉と母が死んだとき、私が当主になる儀式を行っていたんだ。君の母親は、その儀式を見届けるために会場に行く途中、事故で死んだ。だが、そんなことは関係なく、儀式は無事に済み、私が正式に当主を継いだんだ。」
「鍵もないのに?」
「あれは、先代が紛失したのをごまかしたのだ。そのために、正式に当主になっていない、などと、堅物どもをたぶらかしている。が、やっとあの耄碌ばばあは死んだ。遺産整理でもして、見つけたんだろう?それは私の物だ。鍵を、玉爾を寄こしなさい。」
なんて、理屈なんだろう。
両親や祖父母が、明楽の当主就任の儀式のために動くなんて、それはあり得ない。
そもそも当主であるばぁちゃんが、そこに出席しないなんて、あり得ないだろう。
何が耄碌ばばあだ。
ばぁちゃんは、息を引き取るそのときまで、しっかりとしていたぞ。
最後の言葉は、「ごめんよ。だけどね、自分で選んでしっかり生きるんだよ。」だった。
あのときは、まだ何も知らなくて、一人でもしっかり生きろ、そう言っていると思ってたけど、多分当主として生きるも、普通に生きるも、しっかりと自分で選べ、って言ってたんだと思う。
当主ってのは、明楽みたいに、寄こせ寄こせって言うんじゃない。
しっかりと技術を引き継ぎ、その管理を行って悪用させず、俯瞰をもって世の中を見つめ、人々を導く、それをする者のことだ。
自分はまだまだ半人前にもなっていないから、導いてもらっている段階だ。けど、心構えは叩き込まれた。
舞財は、心に自分が正しいと思う信念を持って、突き進め、と。
鳥居は、すべてを受け止め受け入れ、人々を導け、と。
鳥居の島にも当主のみが解錠できる知識庫があって、それはまるで睡眠学習だった。
今はまだ、その心構えを受け入れている最中だけど、きっとその膨大な知識を身につけなきゃならないんだろう。
キオは鳥居の技は受け入れること。だからこそ、心が弱いと壊れてしまう。そうして滅びてしまったのだから、当分は、静流は舞財を中心に学べ、そう指導されている。
だけど、だからこそ、これだけは相性がいいはずだからと、先に覚えさせられた鳥居の癒やしの技は、癒やし歌と相まって、今のところ及第点をもらえる唯一の技だったりするのだが。
そんなことを、静流は、徒然と考えてしまった。
だって、叔父を名乗る目の前の人は、当主なんて絶対ムリじゃん。
そんなにいいもんじゃないと思うけどな、当主なんて。
本当は、どうぞどうぞと差し出したい自分がいる。
だけど、なんでこの人にばあちゃんが引き継がせなかったのか、それは火を見るより明らかだ。
「あのね、あなたがどんな儀式をして当主だなんて名乗ってるのか知らないです。けど、1つだけ。僕の両親と祖父母が、その儀式に参加するために、出かけたはずはないんです。むしろ、それを諫めるために行ったんじゃないですか?いや、なんだったら阻止するために、おばあちゃんかお母さんが当主候補に立候補するために行ったのかもね。だったらどう?あなた、二人に当主候補として勝てた?」
静流の言葉に、明楽の顔色は面白いように変化した。
赤くなり、青くなり、最後には血管がぶち切れそう。
あれ?
ひょっとしてビンゴ?
「静流。あの忍者たち、お前の言葉に動揺している。けど、その動揺の仕方が分かれてる。2人は、バレた?って感じ。3人が、静流の言うこと一理ありかもって感じかな。」
耳元に健吾がささやく。
「あれ?一人合わない。」
「あの一番側の女。一番小さい奴。あれは別だ。明楽のことしか頭にない。」
「なるほどね。」
「ふざけたことを。ガキが分かったような口をきく。おまえたち。かまわん。家捜しと静流の身体検査だ。鍵を隠しているはず。探し出せ。」
「ちょっ!待ってよ、忍者さんたち!あのさ、あんたたちが仕えているのは、明楽?それとも舞財?」
静流の言葉に、一瞬の迷いが走る。
「あのね、今、明楽は鍵を探せって言ったよね。鍵がないと正式な当主になれないって知ってるからだ。それはあなたたちも分かってるよね?」
静流はたたみかける。
こんな子供の言葉、と思いつつも、なぜか耳を傾けねばならない、そんな気持ちが身体を食い止めている、そう忍者たちは思う。それが何に根ざすのか、分かってからでも遅くない。
「そう。みんなは知っているんだ。その人が当主ではないって。だけど、舞財の直系の生き残りはその人だけ。そう思って仕えてるんじゃないの?」
静流は忍者たちをゆっくりと見回した。
「だけど、ここに、舞財の直系がいるよ。僕は舞財静流。明楽の姉、早耶香の子、舞財静流だ。しかもね、僕を育てたのは当主舞財カエデ。カエデが当主の仕事をしていなかった?本当にそう思う?舞財のすべてが明楽の方針に従ったの?従っていない人はどうしてた?カエデと共に動いてなかった?カエデの中心は僕を育てることだった。これは当主の仕事にならない?なるならどういう場合?時期当主として育てた、って思わないの?」
正直、はったりだ。
けど完全に嘘ではない。
キオのオブラートに包んだ情報に加え、宮原家からも、ばぁちゃんが当主として、一族を指揮していたことは、確認されている。業界では、誰でも出来そうな仕事を明楽に、難しいのはばぁちゃんに、そんな割り振りが自然と成されていたらしい。当の明楽たちは、知らぬ事ではあるが。
それに静流の教育についても、だ。
よくよく考えれば重要な修行が、生活や遊びの中に自然と取り入れられていた。
舞財の技の書を読み進めて、満にも驚かれることが多々あったのだ。
内容が自然と分かる。
というより、難しい言い回しも、こういう意味だよ、と満に教えることも少なくないのだ。
言葉の感覚、使い方。
静流にとっては、方言や老人の言い回し、として認識していたものが、実は奥義の真髄を隠す言葉使いであった、というのは、静流にとってもありがたい誤算だ。
そういえば、はじめて教えた時は満は目を白黒させていたな。
「犬のごとき狡猾さで・・・」と、記された文だった。
みんなハテナが飛んでいたけど、静流には自明の理であったのだ。
なぜなら、しょっちゅうばあちゃんが言ってたから。
「犬ってのは、芝居をするんだよ。気を引くため。ねだるため。ごまかすため。でもね、人はみんな犬のことを人懐っこくで忠義者だと信じている。あれは芝居さね。人の中でどうすれば自分の居場所を確保するか。しっかりと人を見ている。言っとくが、人ってのは、人一人一人ってことだよ。あいつらは賢い。人という種ではなく個人を見て、ちゃんと個人個人に好ましい姿で対応するんだ。まったく狡猾な話さ。」
だから静流にとって、犬のような狡猾さっていうのは、しっかりと個人を見て、その人に会うように対応する、という意味になると、自然と分かるのだ。
そんな風に説明したとき、何度目かのため息が、満の口から漏れた。
そして、そのことをみんなに報告がてら言ったものだ。
「静流には根本の理が、叩き込まれている。」ってね。
だから静流は言った。
舞財の真髄を自然と教え込まれた、そんな自分を教育したカエデは、当主の仕事をしてなかったと言えるのか?と。
静流の言葉に、さすがに躊躇が激しくなる。
「もう一度聞く。あなたがたは明楽に仕えてるの?それとも舞財?僕は舞財静流。先代に育てられた子だ。」
一人、二人、と、戦闘態勢が解かれていく。
結局、半数の3人が、様子を見ることにしたようだ。
「残りの3人は、おそらく何かを知っている。2人は、何か暴かれることを怖れているようだ。」
再び耳に健吾のささやきが聞こえた。
静流はその3人に順番に目を向ける。
「ねえ、あなたたち、何か知っているの?僕の親たちの事故のこと、とか?」
健吾に教えて貰わなくても、明らかに2人が動揺を見せていた。
キオがあの事故は不自然だ、そう言っていたことを思い出す。
証拠はないけど、あれは、ひょっとしたら・・・・
「ああ、なんだお前は!!!もう許さん。いいから、こいつを始末しろ!命令だ。こいつは舞財に不幸をもたらす忌み子である。私が、当主が言うから間違いない。懐柔は不可。争いの種になる前に命を奪え!」
突如、狂ったように明楽がわめきだした。
と、同時に、弾丸のように、側の小柄な忍者が飛び出した。
短刀を迷いもなく、静流へと突き出す。
健吾が静流を抱きしめて、ダンスのようにくるりと回った。
回りながら右足を大きく蹴上げ、女忍者の短刀を蹴り飛ばす。
カランカラン
健吾に蹴られた短刀は、弾かれ、廊下に音を立てて転がった。
それにハッとしたように2人の、構えを解かなかった忍者が動き出す。
身体で静流を抱え込むように庇う、健吾へと走り寄って一人は拳を、一人は蹴りを繰り出したのだ。
健吾は、打たれるのを覚悟で、ギュッと自らの筋肉を絞める。
バシッ、ダンッ!!
2つの大きな音。
が、健吾に予測した衝撃は来なかった。
健吾が振り返ると、そこには頼もしい姿が。
コーと満が、優しい目でこちらを見ていた。
大きな音は、それぞれ拳と蹴りを受け止めた音。
ついで流れるように反撃したのだろう。
すでに、攻撃をしてきた二人は、床に伸びていた。
「よくやったな健吾。上出来だ。」
コーの言葉に、ようやく健吾は息をついたのだった。
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