第49話
気がつくと、中間テストも終わり、夏の足音が聞こえるようになってきた。
今日も、当然のように、静流と健吾は共に井上邸へと帰宅する。
健吾は、実家でも、年少者の指導を任されていて、教えるのはかなり上手かった。
静流が延々と覚えさせられているのは、裏の世界の重要な家と、その重鎮。そして、表の世界の歴史と絡めた、裏の世界の動き。これを健吾は真の歴史、と言っているが。
健吾にとってはそれら知識は、就学前には頭に入れていたそうだ。
そして、重要人物は随時アップデートしているらしい。
ここに来て、こうやって勉強を手伝っているが、どうやらこの家のネットセキュリティを裏の世界レベルの超高度なものに変えて、自分も宮原家のサーバーに繋いで勉強をしているようだ。
ていうか、なんでその速さでスクロールして頭に入るんだ?
最近の静流が抱く、大きな謎である。
「あ、そうだ。静流って語学どんな感じ?」
「え?語学?」
「日本語レベルで何カ国できる?」
「できるわけないじゃん。」
「マジ?」
「あのさ、英語の成績は悪くないよ。でも会話は無理。」
「うわぁ。」
「なんだよ、うわぁ、って。」
「結構外国と付き合わなきゃダメだぞ。」
「いや、日本のとも、付き合う気はないし。」
「あのさ、仲良く付き合うっていう意味だけじゃないからな?」
「は?」
「あのさ、敵対してくるお客さんが外国人だったらどうするつもりだよ。言ってることが分かると分からないじゃ、生存確率、無茶苦茶変わるぞ。」
「いみふ・・・あてっ」
静流の言葉に、健吾は軽く頭に手刀を入れた。
体格差で結構痛い。
「あのな、静流。おふざけじゃないって。あー、満さんに言っとかなきゃ。」
「ちょっ、これ以上覚えるの無理だからな。」
「それは大丈夫。僕から見ても、静流、全然余裕あるし。」
「あるわけないだろ!てか、お前は何カ国語しゃべれるんだよ。」
「ヒアリングだけなら、10とちょっと?日本語レベルに操るとなると、英・仏・中、にスペイン語ぐらいかな?」
「マジか・・・」
「単語だけならもうちょいあるけど。」
「お前、なにげにすげー奴だったんだな。」
「これでも、宮原の跡継ぎ候補筆頭だからな。わざわざネイティブの国で幼稚園や小学校に放り込まれたさ。」
「・・・苦労、したのなー。」
「まぁ、15年かけて、僕はこれだけの力をつけた。けどさ、静流は、当主だろ?それこそ、次期当主って指名される30代ぐらいまでの知識をすぐにでも付けなきゃ拙い立場だ。苦労は比じゃないぜ。」
「はぁ。それは保護者ズに、何度も言われてる。でもなぁ・・・」
「こりゃ、満さん達も厳しくなるはずだわ。」
「無茶苦茶な環境変化なんだぜ?もう少し優しくされても良いと思うんだ。」
「気の毒とは思うけどさ、決めたのは静流だろ?それに正直言うと、あの二人、静流に甘すぎると思う。本当はもっと詰め込むべきなんだよ。それこそ学校なんて行ってる暇ないけどな。」
「・・・健吾が、僕に冷たい件・・・」
「はいはい。てか、ちゃんと勉強しろよ。お前がサボると、こっちまでボコられるんだからさ。」
そんな感じで勉強しつつ、そろそろどっちかが帰宅するだろう、と、いつものように静流が焦り始めた頃。
!
自分のPCを操作していた健吾の手が突然止まった。
「静流。お客さんだ。」
小声ですばやく言う。
健吾は、この家を探る人影を感知した。
「コーさんじゃ?」
「違う。車の音がしない。おそらくこの家を囲んでいる。表玄関に4。裏に3。計7人、てところか?」
「なんでここに?」
結界がある、というのは、皆から聞いている。
健吾も、はじめてここに来た時に、思いっきり引っかかったそうだ。
なんでも、幹線道路から町へと入る道が、複雑に置き換わるのだとか。
そもそも、人の脳に働きかける錯視が施された上、洞窟の簡易版のような、近場の空間を繋ぐ術が施されているらしい。
舞財の遺産、だな。
町に住む人にはこの術が効かない、ということだから、仕組みは謎すぎる。
そもそも、静流はずっと住んでいて、そんな仕掛けがあるのはまったく知らなかった。だが、よくよく聞くと、他の住人は、なんとなく知っていたらしい。
『まねかれざる余所者が一緒だと、町へはたどり着かないから注意しろ。』
それは、ここに住む者なら常識だという。
保護者から教えられず、友人、と呼べるような親しい者もいなかった静流が、そのことを知ったのは、ここが井上邸になった後ではあったのだが。
「結界だって万全じゃない。舞財家以外の住人がいる以上、完全に閉じることはできないだろうからな。僕だって、強引に突破したし、その気になればできるんだよ。だけど、これだけの手勢って、間違いなくアレだな。ヤバイ奴確定だ。」
健吾が言う。
正直、静流には、気配とか分からなかったし、自分を襲撃しようなんて物好きがいるとは信じられなかったが。
ピンポーン
そのとき、インターホンが鳴った。
なにげにこの音を聞くのは、この家にコーと戻った日以来じゃないか、と、静流は考える。
「玄関前、4人のうちの一人が押したみたいだ。他の3人は距離を取ったが、間違いなくこっちを伺っている。」
「どうしよう。」
ピンポンピンポンピンポン
続けて鳴った。
「静流君、いるんだろ!私だ、君の叔父さんだよ。」
居留守、というわけでもなく、出るのを戸惑っていたら、インターホンの連打に続いて、大声が聞こえた。
「舞財明楽、か。」
健吾が言った。
「どうする?」
「一応、満さん達に連絡は入れた。なんとか到着するまで、持たなきゃならないけど。」
「時間稼ぎ、できるかな?」
「静流君!出てきなさい。叔父さんだよ!」
「なんか、僕、信じられないや。あの人、僕のこと襲って、逃げたんだよ?なんであんな風にやってこれるわけ?」
「ああいう人の頭の中は、おめでたくできてるんだよ。」
「静流君!いい加減になさい。あの保護者面したヤツらがいないのは分かっているんだ。いいかい?君は騙されている。保護者は私だ。本当に血の繋がっているのは、君と僕だけなんだよ?さぁ、叔父さんと仲良くしようじゃないか?」
「あ、門から入ってきたぞ。」
健吾が言うとおり、足音が近づいてきた。
そして、横開きの扉をガタガタと振るわせる。
ちゃんと、鍵はかけていたのだが・・・
ガチャン!!
大きな音がしてガラスが割れる音がした。
鍵の真横のガラスがパンチで割られたようだ。
そこから手を突っ込み、鍵を開けるのが見えた。
「ああ、確かあの人、ここで産まれ育ったんだ。あの事故のちょっと前に、ばぁちゃんがここに来ることができないようにした、ってキオさんが言ってたけど・・・」
「なるほど。家自体は変わっていないから、鍵も間取りもちゃんと頭に入っているってか?面倒だな。」
言いながら、立ちあがった静流の前に、静流を隠すように健吾が立った。
ガラガラ
扉を開いて入ってきたのは、やはり舞財明楽その人だった。
以前に会ったときのように、高そうなスーツを着た、強くは見えない男だ。
「なんだ、お前は?」
静流を隠すように立つ健吾に、明楽は眉をひそめた。
「なんだ、は、こっちのセリフですよ。人の家に押し入って、警察、呼びますよ。」
「ここは私の家だ。なんだったら隣のばぁさんに聞いてみな。まだ健在みたいで、さっきこっちを覗いていたからな。」
「だったら安心だ。不審人物が井上家に忍び込んだ、って、通報してくれてるでしょうから。」
「井上?何を言ってる。ここは舞財の主家だ。」
「あれ?表札、見てなかったんですか?まさかの人違い、でしたか。まぁ、少々乱暴に入ってきたみたいですけど、今なら、間違いだから、で済ませてあげますよ。お引き取りを。」
「ふざけるな。ここは私が育った舞財の家だ。」
「いったいいつの話です?ここは僕が知る限り井上さんですが?」
「うるさい。とにかく、ここに舞財静流がいるのは確認しているんだ。その背に隠しているのはあの子だろ?いいから、部外者は引っ込んでろ。」
ドドドド・・・
表から3、裏から3、明楽が手を掲げたのを合図に、なだれ込んできた。
以前見たのと同様、静流には忍者のコスプレ軍団にしか見えない。といっても、前回よりは圧倒的に不利なんだが。人数的にも、こっちの質的にも。
静流はギリリと歯をかみしめた。
マジで襲撃とか、ばかだろ?
そうは言っても、実際にやってきた。
相手はバカのようで、前回と同じく、主犯が顔をさらしているようだけれど・・・・
さて、どうしよう。
静流は悩む。
このところの訓練で、師匠2人にはまったく歯が立たないが、健吾が十分に強いことは知っている。自分なんて、秒殺できるだけの力が健吾にはあった。
だからって、あっちだってプロだ。
前回は、コーと満がいたからこその、圧勝。
こっちは強いとはいっても、高校1年生。
静流はまだまだお荷物だ。
でも・・・・
友達だと言って、なんだかんだと気遣ってくれる、ひょっとしたら生まれて初めての友達。
静流だって、健吾が傷つくのを見たくない。
だったら、コーや満がやってくるまで、なんとか自分が持たせるしかないじゃないか。
ここは、自分の家で、舞財の当主が代々使ってきた。
いろんな仕込みがあることは、裏の家に置かれていた情報で、ほぼ頭に入っている。その起動方法と共に。
万が一、を考えた訓練は、優先的に施された。
そんな万が一なんてあるはずないのに、といいながら、ぐたぐたやっていた自分がこうなった今では腹立たしいが。
静流は、グッと腹に力を入れた。
目の前に立ち塞がる、友人の肩に手を置く。
こちらを最小限に振り返って、後ろにいろ、と目で訴えているのは分かっているが、静流は小さく首を横に振った。
一時の無言の攻防。が、そこは静流が競り勝った。
といっても、自分より前に出ることは、絶対に許してくれなかったが。
静流は、半身を、侵入者の前にさらした。
「やぁ、静流君。やっぱり君じゃないか。さぁ、おいで。おじさんと話をしよう。」
笑顔を貼り付けた明楽の顔は、だが、静流には、下舐めずりをする蛇に見えた。
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