第48話

 「で、どうなったんだ?」

 健吾が目を輝かせて聞いていた。


 場所は、舞財の表の家。

 ゴールデンウィーク開けに、静流は登校できず、週を開けて月曜日、なんとか現れた静流に、張り付き続けた健吾に辟易して、

 「ここで話せるわけないだろう。うちに来るか?」

などと、言わせることに成功した健吾が勝ち取った栄光である。



 静流が鳥居の屋敷で光と共に気を失って、次に気がついたら、またまた見慣れた天井、キオの屋敷であった。

 そんなに長く寝ていたわけではなかったが、気を失ったのがすでに昼をとうに過ぎていた時間。昼食は、鳥居に向かう船の中ですませたような時間、ということもあり、その日は、遅めの夕食に起こされて、そのまま就寝。


 「船を取ってこなくちゃね。そのあとはしぃちゃんのところにいろいろ繋げようか。」

 翌日、キオに言われて話を聞くと、キオの技で、鳥居の島を、あの洞窟の広場へと繋げたのだという。

 もともと、キオはその作業のためについていってたらしく、移転できる場所として、あの広場には一度繋ぐ必要があるのだそうだ。


 そして、広場を通じキオの屋敷へと戻る。

 キオはマスターキーのような物で、広場に繋げるあらゆる場所に繋いで行くことが出来るが、その座標指定は困難で、鍵と使用者の登録があってはじめて、簡単な移動が可能なのだという。

 「今回は、しぃちゃんの血をもらって、仮契約の形で鳥居も繋いだから。あとはしぃちゃんの行きたいところどうしを結ぶんだけど、あんまり煩雑にしない方が良いんだ。とりあえず、一端鳥居の島に戻って、しぃちゃんの好きな場所に結んでから、船を引き上げよう。」


 簡単なような感じでキオが言うから、その日のうちに終わると思ったが、全然違ったらしい。洞窟の広場で、本登録、という名のに、ほぼ1日付き合わされた。広場にある建物の奥で静流は椅子に座らされ、ひたすら例の子守歌を歌わされ続けていたのだ。

 声紋と脳波の認証だ、なんて言っていたけど、詳しいことは分からない。


 結局その日は、そのままキオの家に帰宅。

 翌日、広場の中央で、また歌を歌わされた。

 指輪とペンダントが同時に光り、別々の穴を指し示す。

 「指輪が舞財の屋敷、ペンダントが鳥居の島を指している。うん、成功だね。鳥居の方へ行こう。」

 キオがペンダントの指す穴へと入って行き、静流達は慌ててその後を追った。


 変わりばえしない洞窟を進む。と、突然出口が現れる。

 そこは、鳥居の屋敷の前だった。振り返ると、小さな鳥居が建っていた。


 「今日は、この横でも良いし、違う場所でも良いんだけど、しぃちゃんが直接来れるようにしたいんだ。」

 「裏の家の庭とキオさんの家の庭みたいに?」

 「そうだね。ここと僕んちも繋いでもいいよ。だけど、しぃちゃんがわざわざ僕の家経由ってのも、面倒でしょ?それに今後を考えると、いろいろ問題があるんだ。」

 「問題?」

 「うん。僕の家の庭は、僕が直接許可した人しか入れない。この3人含め、10人もいないんだ。そう設定されている。」

 「え?」

 「たとえばしぃちゃんが、ここから友達を連れてきたとするでしょ?一緒に僕んちへ行こうって扉を通るとするよね。しぃちゃんは来れるけど、友達は僕の家に入れない。どこかは分からない場所に飛ばされることになる。」

 「・・・飛ばされたらどうなるの?」

 「さぁ?少なくとも、強引についてきて、その後出会った人はいないかな。」

 ニコッと笑う、その笑顔に、静流は背筋が凍った。


 そんなわけで、今のところ予定がないとはいえ、キオの家を経由せずに行き来できるようにしたい。

 ただし、舞財と鳥居はそもそもが別の家だし、将来的にこの当主を分ける可能性があると言われ、これを直接繋げるのはまずかろう、という話しになった。

 キオによると、一度繋げた空間は、繋がりやすくなるので、優秀な術者が現れれば、繋がりを消した空間もあらためて繋げられる可能性があるのだという。

 「まぁ、そんなのが問題になるのはしぃちゃんが引退して当主を引き継いだ後か、しぃちゃんと敵対した将来の部下が現れたときだろうけどね。」


 舞財も鳥居も、その技を盗もうとする人は後を絶たないだろう、とキオは言う。

 中には優しい顔をして、取り入る者もいるだろう。そういった人の裏切りが一番怖いのだ、キオはそう言って笑った。


 とりあえず、静流の手持ちとしては、舞財の表の家だ。

 ここは、一般の人だってもともと出入りしている。


 「当然、あそこがしぃちゃんのホームグラウンドになるよね?だったら、舞財の名は出来るだけ早く消した方が良い。しぃちゃんもあそこのことは舞財の家じゃなくて、自分の、井上家の家って認識しなおさなきゃ。繋ぐにはイメージがなんたって重要だからね。」


 キオのアドバイスに従って、井上、舞財、鳥居、とそれぞれの繋ぐ場所を認識しなおす。それとキオの屋敷。

 その作業に、丸2日かかってしまった。

 そうして、キオにより、井上家の庭を起点に、それぞれ洞窟の舞財、海の鳥居、新宿の丹手邸が、あらためて静流の名の下に繋ぐ作業が行われた。



 「て感じで、ゴールデンウィークなんて、あっという間に過ぎて、学校を休んだってわけ。」

 「ふうん。じゃあ、ここは井上邸、ってことでいいんだな?」

 いや、これだけ聞いて、最初の感想はそれだけ?

 静流は脱力した。

 が、ふと気付く。

 こんなに脱力したのはいつぶりか?

 少なくとも、ばぁちゃんが死んでから、ずっと気を張っていた。

 保護者を自認するあの3人。

 信用は出来て、側にいると安心する存在にはなった、とは思う。

 けど、なんだろう、ずっと保護者と、しかも先生みたいな人といると、疲れるもんだ。


 「友達、か・・・」


 静流は思う。

 強引で、引くほど熱い、同い年の巨漢。

 脳筋かと思ったら、産まれた時から自分の知らない裏の世界の住人として、プライドも責任感も育んできた少年。自分よりずっとしっかりしてて、しかもその家の特徴から、意外と頭脳派だ。

 何が気に入ったのか、ずっと自分の側にいる、などと恥ずかしげもなく言ってのけるような奴。


 「お、やっと静流も認めてくれたか?」

 「・・・やだ。」

 「は?子供かよ。」

 「うるさいよ。」

 「あのな、知ってるか?」

 「何?」

 「おまえさ、僕のこと結構邪険に扱うだろ?それってさ、そうしても大丈夫、ってくつろいでるからなんだぜ。」

 「はぁ?」

 「ってことは、僕のことをすっかり友達だって思ってるって事だ。」

 「・・・ないよ・・・」

 「何、恥ずかしがってるんだよ。」

 「あのさ、誰に対しても同じ、なんだ。僕は別に友達なんていらない。知ったかぶって世話をやいてくる奴も、弱そうだって顎で使う奴も、そんなのどっちも同じくらい面倒なんだよ。それで、こっちからは近づかないよう注意する。でもそんなの無視する奴はずっといたよ。だから、あんたが邪険に扱われているって思うなら、それがあんたが僕の友達だからじゃない。あんたも彼らと同じ、どっかへ行って欲しいからだ。」


 「へえ。」

 静流のことばに、健吾はそう言うと、ハハハハハ、と、大声で笑い出した。

 「なんだよ!」と怒る静流を無視して、腹を抱えて笑い出す。

 しまいには、腹筋が壊れる!とか叫びながら、涙まで流す始末。

 静流が呆れてお茶をすすっていると、満足したのか、「あーーー。」と風呂に入ったおっさんのような声を上げて、静流を見た。


 「なぁ、今までそれ、誰かに言ったか?」

 「え?」

 「お前のこと友達じゃないから、どっかへ行って欲しい、なんて、誰かに言ったことがあるか、って聞いてんの。」

 「・・・あるわけないじゃん。」

 「だろ?そうだと思った。静流はなんだかんだ言ってもへたれだもんな。本当に寄って欲しくないなら、自分から離れていく。だろ?」

 「・・・」

 「まぁ、みんな静流とお近づきになりたいって探し出すかも、だけど、静流からは極力、隠れたり、逃げる。違うか?」

 「・・・違わない。」

 「ほらみろ。だけど僕には言った。僕には甘えてるってことさ。」

 「そんなこと!」

 「あるね。へへへ。しかもこの井上邸にまで誘ってくれた。面倒だって言いながら、逃げずに呼んでくれたんだ。」

 「あんたが、しつこすぎるからだ。」 

 「違うね。僕なら大丈夫、そう思ったからだ。フフフ。そんな顔するんだな。真っ赤だぜ。このこのぉ。」

 頬を指でツンツンとつつくのを静流は、はたいて怒る。

 その静流の手を払いのけるように健吾はしつつ、さらにつつき、を繰り返し、いつの間にかプロレスごっこのようになっていた。



 「おまえら、何家ん中で遊んでるんだ?」


 え?と、声に驚いて、二人が振り返る。

 そこには部屋をのぞき込む、満とコーの姿があった。



 10分後。


 正座した高校生二人の前に、あぐらをかく大人二人。

 暴れたこと以上に、二人が家に入ったことに気付かなかったことを盛大に叱られる。

 これが、敵だったらどうするのか、と。

 お前達が踏み込んでるのは、遊びに夢中のガキの首を、平気で後ろからカッ切る大人が山ほどいる世界だ、と。


 「そんなこと言ったって。」

 静流は口を尖らせる。

 が、健吾は、足の上の拳をギュッと握って振るわせていた。


 「申し訳ありませんでした!」

 深々と、頭を下げる健吾。

 横で静流がビックリして目を見開く。

 健吾は怒りに震え、顔を真っ赤にしていた。

 「静流を守る、なんて言って、この体たらく。僕は、全然自覚が足りてませんでした。気配察知は我が家の得意分野。にもかかわらず、慢心していました。」


 どうも健吾の怒りの矛先は、自分自身に向けられたようだ。


 「ふうん。君、結構マジなんだ。」

 満が問う。

 「当然です。」

 健吾は下を向いたまま、歯を食いしばりつつ、答えた。

 「強くなりたい?」

 「はい。」

 「だったら、俺たちが見てやろうか?」

 「え?」

 「こう見えて、俺も高尚もけっこう猛者なんだぜ。」

 「もちろん、知っています。キオ様の懐刀。その勇名は業界で知らない者はいません。」

 「まぁ、そう言われると照れるけどね。」

 「でも、本当ですか?本当に僕を鍛えていただけるのでしょうか?」

 「うんいいよ。だよね。コー?」

 「ま、俺がもともと言い出したんだし?」

 「え?」

 「ほら、しぃってば、学校に行ってるときまで、俺ら一緒にいられないし。」

 「学校から帰っても、一応自習って感じで、しばらく放置だしさ。それなりに心配していたんだ。」 

 「あのさ、ガキじゃないんだし、一人は慣れてる。」

 「けど、さぼるじゃん。」

 「別にさぼってなんか・・・」

 「だったら満に毎日ボコボコにされてないよな?」

 「うっ・・・」

 「てこった。おまえさんに、俺らがいない間の、しぃのお守りを頼みたい。」

 「それに今の話で分かるように、静流は自分が危ない場所にいるって自覚がないんだよな。健吾君との態度の差でもわかると思うけど。」


 実際、二人から説教を受けても、静流は口を尖らせるだけ。健吾は逆に必要以上に自分を責めていた。

 これは育った環境の差で、現状認識の差がそのまま態度に出ている、と、満もコーも判断したのだろう。

 もともと、健吾のことを気に入ったコーが、学校での護衛を健吾に頼もう、と、相談していたという事実もあった。

 二人が見ても、健吾には、その実力はある、そう分かってのことだった。



 そうして。

 静流の意志とは関係なく、井上邸へ帰宅するときは、健吾が付き添うことになり、そして、コーか満が帰宅するまでは、静流の座学の指導をする、そして、その二人が帰ってきたら、静流と共に武術の稽古を受けて帰る、ということが、ここに決定したのだった。

  

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