第47話

 「海を渡った外だから、海外。」

 などと、意味不明なことを言いながら、ご機嫌な様子で歩くキオを先頭に、一行は玉砂利の道を、建物に向かって歩いて行った。

 しーんとしている。

 時折小さく聞こえる鳥の声が、より一層神秘を形作るのか。


 やがて、彼らの目の前には、よく見る神社のように、木でてきた小さな階段を持つ建物が現れた。

 階段を靴のまま上る。

 裏の舞財でもそうするように言われたが、何が起こるか分からない場所では、靴は脱がないのが正解らしい。

 舞財の時のように襲撃があるならまだマシ、下手をすると、どこだか分からないような場所に放り出される、なんて罠もないとはいえないらしい。

 あの洞窟や舞財の裏庭ではないが、転移、というか、空間を繋げる特殊技術、というのもあるそうだ。

 ちなみに、一度繋げたものは、条件次第で誰でも使えるが、繋ぐ技術は知られている限りキオの専売特許、らしい。キオが特別視される一端、ということ、だそうだ。



 階段を上がると、長い廊下があり、その向こうは板戸が嵌められていた。

 よく神社では、この向こうに神様が安置されているのだが、ここも同じような造りだろう、と、キオは言った。

 「けど、ここは普通の屋敷だろうから、単なる大広間だろうね。だけど、ちょっと嫌な予感がする。みっちゃん、コーショー君、開けてみて。」


 キオの指示で、二人が板戸を開けていく。


 「静流は来るな!」

 と、中に1歩踏み込んだ満が、切羽詰まったような声をあげた。

 

 え?

 キオと共に、二人に遅れて中に入ろうとした静流は驚いて足を止めた。

 「まぁ、やっぱりね。しぃちゃん、ちょっと待ってて。あ、それと、これ。香炉に入れて火をつけておいて。」

 キオはそんな静流に、和紙に包まれた葉っぱを砕いたものと、マッチを押しつけて、自身は中に入って行く。


 静流は、戸惑いながらも、持参したリュックから香炉を取りだした。

 鳥居の本家に行くなら必要になるかも知れない、とキオに言われて持ってきていたのだ。が、早速使うことになるなんてな。

 そんなことを思いながら、部屋の中を気にしつつ廊下に座り込んで、香炉の蓋を開ける。

 和紙の中身を香炉に入れると、なんだか懐かしい香りがした。

 仏壇でばぁちゃんが使ってた線香と同じ香りがする。


 ちょうどなんとかマッチの火を葉に移せたところで、コーが戻ってきた。


 「静流、キオがそれを持って中に入り、癒やし歌を歌えってさ。」

 「癒やし歌?」

 「その、なんだ。その昔お前のじいさん以外、鳥居の人間は全滅した、というのは教えたよな?」

 「うん。」

 「事件があった場所で死んだだけではなく、何らかの呪いが発生したのか、他の鳥居の者も次々と命を落とした。お前のじいさんのお袋さんも含めて、な。」

 「うん。」

 「でだ。キオがさっきチラッと言ってたが、ここにも鳥居の人間はたくさんいたハズなんだ。でだ、その人達だけが、取りこぼされた、と考えるのは難しいってことだ。」

 「え?ひょっとして、たくさん人が死んでるって事?」

 「まぁ、有り体に言えば。満がお前に来んな、って言ったのは、まぁ、そういうこった。」

 「・・・死体、とか?」

 「ああ。といっても随分時間が経ってる。もう骨だけだがな。」

 「・・・・」


 静流は、聞いて青くなった。

 呪い、なんて本当にあるのかどうか。眉唾だと思っていたのに・・・

 死体?骨だけ?

 なんだよそれ。なんでそんなものが、こんな神聖な場所に・・・

 

 静流自体、死んだ人間をみたのは、2度だけだ。

 ひいじぃちゃんが死んで、ひぃばあちゃんが死んだ。

 死体をまともに見たのは二人だけで、大好きな人だから、悲しくはあっても、怖いとか思わなかった。

 お葬式をして、焼き場に行って、骨も拾った。

 どっちの時も、これが大好きな曾祖父母だなんて、実感はまだなかったけれど、それでも、怖いとは欠片も思わなかった。骨でさえ、愛おしい。あのときはそんな風に理性的に考えられなかったけど、振り返ってみると、自分はそんな風に感じていたんだ。


 けど。

 このむこうに、たくさんの死んだ人がいる。

 その骨が、残っている。

 そう聞いて、今は、心の底から怖くて、気付くと、身体が細かく震えていた。


 「大丈夫。大丈夫だから。」

 いつの間にか、コーがそんな静流を抱きしめて、なだめていた。

 「無理なら、いいから。な。怖くない。俺がここにいる。こうしてちゃんと守ってやる。」

 背を、頭を撫でられて、静流は、ゆっくりと深呼吸をした。

 鼻腔を、香の香りがくすぐる。

 ばぁちゃんの香り。家のお線香の香りだ。

 それを意識すると、急速に静流の心が落ち着くのが、自分でも分かった。


 「コーさん、ありがとう。大丈夫だよ。ここでも鳥居の人がいっぱい亡くなったんだね。僕のご先祖様たちだ。ちゃんとお参りしなきゃ。癒やし歌だね。僕、ちゃんと歌えるよ。」


 静流は、香炉だけを持って、立ちあがる。

 心配そうに見つめるコーにニコッと笑って、部屋へ踏み入れた。



 部屋は暗くて、一瞬目が見えなくなった。

 が、すぐに取り戻した視力は、まずこちらを心配げに見る満と、無表情いや見極めようと厳しい顔を向けるキオの姿を捕らえた。


 静流は大きく息を吸い込む。香が自分の背を押すように感じた。

 よしっと小さく自分につぶやくと、二人のいるほうへと近づいていく。

 そこには、数えられない骨が、座布団に座っていたのか、並べられた座布団の上に、丁寧に並んで、存在していた。



 哀れだ。

 なぜか、そんな言葉が静流の心に浮かんだ。

 怖くはない。ただひたすらに悲しい。


 静流は口ずさむ。


「カムナガラ トウツノネヤミ

    イヤシフセ アマノタナムケ

    ヤチマタニ タケシタシミチ

    ハグミナリ          」



 静流の歌に合わせるように、まず、ペンダントが淡く光り出す。

 光が、骨の上に流れるように滑って広がっていく。

 そこへ香炉から出る煙が纏わり付く。

 光と煙が戯れるように、広間に広がっていった。



 カシャン


 歌の終わりに合わせたかのように、どこかで崩れた音がした。


 静流の声が消えると共に、静かに光が納まっていく。


 シーン・・・


 音がなくなったことによって、静けさが深まったのか。

 まるで無音がキーンと鳴っているようだ。


 誰も、口を開くことなく、なんとはなしに香炉から漂う煙を見つめる。

 今、動くのは、この煙のみか。


 おや?


 静流は、見るともなしに眺めていた煙が、広場の奥、床の間のように板がしかれた一角に流れていくのに気がついた。

 この広間は、畳敷きだ。

 だが奥のその一角は床の間よろしく、板張りで、その中央には、ペンダントを何倍にもしたような、そっくりの銅鏡が飾られていた。



 静流は、誘われるように煙の向かう先へと、ふらふらと歩み寄った。

 コーが後ろから止めようとしたが、キオが目線でそれを止める。

 3人の視線に守られながら、静流は煙が吸い込まれるように導く銅鏡へと一歩一歩近づいていく。

 そして、静流は銅鏡の前にたどり着いた。



 ヒッ。


 思わず静流は喉をつめた。

 息ができない?


 ガシャン


 思わず香炉を手から落とし、喉をかきむしる。


 と、そのとき。


 ペンダントが強く光り、飾られていた銅鏡の中央を照らしだした。

 と、その反射のように、銅鏡からさらに強い光が静流を刺した。

 さらには香炉から煙がゆっくりと静流に伸びる。

 煙はチョーカーのように静流の首に巻き付いた。

 銅鏡から照らし返される光が、その煙に沿うように、のど仏の下に円を映す。

 それは丁度、静流が胸にかける鳥居の鍵と同じ大きさで、しばらくすると、ただの光の中に模様が映り込む。まるでレーザーで描いたように、ペンダントと瓜二つの光が静流ののど仏の下、鎖骨の中央に輝いた。

 次の瞬間、さらに強い光がその絵、静流の首元から放射された。



 「しぃ!」

 「静流!」


 コーと満が叫ぶ。


 静流が、音をたてて倒れ込んだ。

 残された首元にはの光のオブジェが肌からゆっくりと消えていった。


 

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