第46話

 「しぃちゃん、ひょっとして初海外?フフフフ。」


 不思議な光景に唖然としていた静流に、背後から楽しげな声がかかる。

 海外?

 いや、そりゃ、海の外、だけど・・・・

 静流は、この人何言ってるの?という思いをしっかり表情に乗せて振り返った。どうせポーカーフェイスが下手とか言われるし、そもそも読心術レベルで読んでくるこの人に、今更心情を隠したって無駄だと、今更ながら思ったのだ。


 それにしても、と、静流は思う。

 あの家の外でキオを見る、というのはなにげにはじめてではないだろうか。

 はじめて会ったのが屋敷の外、という例外を除いて、いつもキオは屋敷で静流を迎えてくれていた。

 彼がまったく外に出ない、ということではなくて、彼が家を空けることはそれなりに多いし、むしろ、今日はいるんだ、なんて感想を持つこともあったけど、静流と一緒に外出、なんていうのは、今回が初めてだった。


 それにしても、海外って・・・



 昨日、鳥居のものだから、と、香炉を置いていった宮原父であったが、そのときに、ここのことも情報として置いていったのだ。

 真の鳥居本家は、瀬戸内海にある小さな島だと。


 瀬戸内海には数え切れない大小の島があって、有人のものもそれなりにある。

 もっとも大きなのは淡路島か?さすがに四国は入らないだろうけど。

 で、個人持ちの島の1つが鳥居のもので、実は本家があった場所、なのだそうだ。

 だがしかし、その座標は曖昧だ。

 宮原家からも何人かが、鳥居の者と共に、島を訪れたことがあるのだという。

 そして、座標を持ち帰ったが、次に自分たちだけで行こうとしても、たどり着くことは出来なかったらしい。そこになんらかの秘伝があるのは確実で、宮原としては、秘伝を解き明かすのはその本分ではない、と、ただ「鳥居の本家は瀬戸内海に結界に守られて存する。」と記載されている、らしい。


 ちなみに、一般に「鳥居本家」と言われる本州に存在する屋敷の位置は、公然と知られている。いや、いた、というべきか。

 鳥居一族の滅亡と共に、それは国に接収されたらしい。なんでも所有者のない不動産、というか土地は、最終的には国有になるのだそうだ。

 というのは、表向きで、仮にも裏の世界で名の知れた鳥居本家だ。どんな仕掛けが、裏の世界で言うところのが仕込まれているかも分からず、接収という名の隔離物件となっているらしい。

 下手すると、その危険な物件もお前の物になるかもな、なんて、静流は脅かされた。


 宮原家としては、真・鳥居本家、ともいうべき瀬戸内海の島は確認していたけれど、その場所は不可思議な技のため確定できず。

 ただ、そこへ行った者からの報告は詳細に残されていた。

 まず、島にたどり着くには、燈台の光による導きがある、と、思われたらしい。多くの場合、光に導かれて船が航行し、気がつくと目の前に島が現れた、というのだ。が、島には燈台はなく、その光が秘術の一端である、と記述されているらしい。


 そこで、我らがキオは、その光を鍵が発する光ではないか、と、考えたようだ。

 どうやら、鍵というのはいくつかの機能を持っているが、その中の重要な機能に、鍵が必要とされる場へ導く機能、が、あるらしい。


 キオの説明では、鍵、とはいうものの、これらは基本的には金庫そのものの鍵ではなく、金庫室の扉の鍵、というのがふさわしいらしい。

 本来の鍵を隠した、その場所の鍵というべきか。

 舞財で言えば、裏の家の鍵であり、真の鍵は静流の目の中、というわけだ。

 そして、各当主のみぞ知る、ということだが、指輪やペンダントを手に入れたというのは、真の鍵を手に入れる資格を得た、というに過ぎず、実際は真の鍵を手に入れてはじめて、当主と名乗れる、らしい。神、という名の管理者レベルに於いては、ということらしいけど。

 なんだよ、神って、と静流が内心つぶやいたのは、ここではスルーしよう。


 ということで、キオの論では、静流はすでに舞財の真の当主ではあるが、鳥居としては当主(仮)らしい。

 で、宮原のような特殊な家のみが把握している、そんな真・鳥居本家、は、舞財の裏の家のような場所である、とキオは考えているようだ。

 鳥居の人間ですらその存在をほとんど知らされていない、幹部のみが知る本家。

 だが、舞財ほど外に出るような仕事ではない鳥居一族は、この島を一生出ない人間が、それなりの数、住んでいたハズだ、と、キオは言った。



 そんな話を聞かされつつ、静流、キオ、満、コー、といったいつもの4人は、文豪の有名小説をニックネームにしている小さな空港へと飛び、そこからなぜか用意されてあった船をコーが操って、宮原父に教えられた、だいたいの場所へと向かったのだった。


 しばらくすると、こんなところに島があるのか?と、謎ではあるが、少々視界の悪い海域に到着した。どうやら立地の関係で、この辺りは常時霧が多く立ちこめているらしく、なかなかに場所だ。


 静流はキオに指示されて、首のペンダントをシャツの下から出すと、歌い始めた。



 「ヒフミヨイ マワリテメグル ムナヤコト

     アウノスベシレ カタチサキ

     ソラニモロケセ ユヱヌオヲ

     ハエツヰネホン カタカムナ   」



 歌と共に、ペンダントが光り、一条の道を照らす。

 その光をたどり、コーが船を動かす。

 歌声が霧に木霊し、まるで霧が歌っているよう。

 静流の声が霧に溶け込み、不可思議な空間は異次元の美しさを醸し出す。



 「すごい・・・」

 漏れたのは、コーか満か。

 目を瞑った静流には、そのかすれた声がどっちかなど分からなかった。

 歌い終わった静流はゆっくりと目を開ける。


 「スゲー・・・」


 はからずも、静流の口からも同じ感想がこぼれた。



 いつの間にか、霧は晴れていて、目の前には青い海が広がる。

 宮原の報告に燈台がない、と記されていたらしいが、それは目の前の風景を見れば一目瞭然だろう。


 大地はなだらかだった。

 うっすらと中心に向かって上がっている。といっても、山と表現するには、なだらかすぎて、むしろちょっとこんもりしているが平地、といって差し支えないだろう。


 その中心には、一見神社か、という雰囲気の、床が高くなった平屋建ての建物。その周りはベージュの大地が見えていて、それを囲むように、うっすらと木がドーナツ状に生えている。

 その木が生えているところには筋のように見えるものが数カ所。

 この海の上からは3本見えるようだが、おそらくもう1本反対側にありそうだ。

 どうやらその筋状の線は、海までまっすぐに続いているらしい。

 その行き着くところ、島の端には、

 朱色の鳥居があった。


 ここから見えるのは3つ。おそらくは全部で4つ。

 おそらくは道であろう筋によって、鳥居と屋敷は繋がっている。

 今は潮位の関係で、鳥居の足下が海の中だが、時間によって、もっと浸かっていたり、逆に全部陸になったりするのだろう。


 「コーショー君、エンジン切って。流れに任せてみて。」

 キオの指示が入る。


 エンジンを切った船は、潮の流れによるものか、想像以上に速く流されていて、島をグルッと回るように移動した。

 そして、反対側へと流れ着くと、そのまま、見えなかった鳥居へと引っ張られるように島へと近づいていく。

 この反対側の鳥居だけは、見えていたのと少々違い、一回りいや二回りぐらい大きかった。

 船はその鳥居をくぐるように運ばれ、やがて、ゆっくりと砂浜に乗り上げる。

 そこには何本もの杭があって、コーは船から飛び降りると、ロープをその杭に縛り付けた。


 それにしても・・・・


 幻想的な光景だ、と、静流は思う。

 振り返ると、大きな鳥居だけがポツンと海に浮かぶ。

 小さな砂浜を囲む森。

 こういうのを鎮守の森、と言うのだろうか。

 オカルトに嫌疑を持つ静流にさえ、なんだかとっても神聖な何かを感じる。

 そして、まっすぐに森を突っ切る玉砂利が敷かれた1本の道。

 その先に見える、神社のような建物。

 まるで、時に見放されたようで、なんとも不思議な気になった。


 そんな光景を唖然と見ていた静流だったが・・・


 「しぃちゃん、ひょっとして初海外?フフフフ。」


 キオの意味不明な言葉に、現実へと意識は引き戻されたのだった。

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