運命をズタボロにしよう

海沈生物

第1話

 ある夕暮れ時のことだ。ぜぇはぁと息を切っていた俺は、道端であくびをしていた妙齢の女占い師に「俺の”運命”を見てほしい」と頼んだ。彼女は「めんど……」と小声で言いながらも一万円を請求してきた。そうして、懐に入れていたのタロットカードを取り出した。

 そんないい加減な態度の占いで大丈夫なのか、こいつ。とある「事情」から「まとも」な占いを求めていた俺は、ついくせの貧乏揺すりをするぐらいイライラしていた。

 財布を開くと、近くのスーパーのポイントカードと確定申告をするわけでもないのに大量に溜め込んだレシートで溢れていた。その白と黒の「海」の中に手を突っ込むと、中からしわくちゃの一万円が出てくる。


「そのやつしかないの……?」


 彼女の呟きに頭を縦に振ると、溜息をついてきた。本当にこいつ、とまたイライラしそうになっていると、その隙をついて手に持っていた一万円を奪い取ってきた。「あっ」と怒り混じりの声を漏らす俺に、彼女はさも知らん顔をして「あざまーす……」とお礼を言ってきた。マジで一発殴ってやろうと拳に力を込めた。しかし、マジマジとババアの顔を見ていると、こんな皺だらけのババアを殴った所で虚しいだけだという気分になってきた。結局、拳に込めていた力を引っ込めた。

 まぁアレだ。要は占いだ。ちゃんと「まとも」な占いさえしてくれたのなら、俺は今までの「無礼」を全て水に流してやれる。それ程に俺は「まともな」占いというものを重視していた。


 彼女はタロットカードをシャッフルして五、六枚ほどコンクリートの上に並べた。せめて「レジャーシートを引く」とか「段ボールの上でやる」とかもうちょい環境で占いをしろよと思った。だが、それで「占いやめる……」とか言われるのはしゃくだったので、ツッコミを入れるのはやめた。


 一枚。彼女がカードをめくった。そこには崩壊した「塔」の絵が描かれていた。向きから考えると、あまり良くないことを示す「逆位置」というやつだろうか。

 二枚。そのカードにも、崩壊した「塔」の絵が描かれていた。同じく「逆位置」である。それにしても、タロットカードのことをよく知らないのだが、同じカードが二枚も出ることはあるのだろうか。まぁ占い師によって占い方もそれぞれか、とその場はスルーすることにした。

 そして、最後の三枚。この流れは、「塔」が来てスリーペア(※ポーカーの役のこと。同じカードが三枚揃った状態を指す)になるのか。一周回って「むしろ塔が来てくれ!」と変な「祈り」を捧げた。しかし、その「祈り」は儚くも散った。そこに待ち受けていた「運命」は「塔」ではなく、ただの「運命の輪」だった。それも、「逆位置」だった。

 「運命」が「塔」ではないのは残念だったが、俺は頬を三度しばいて切り替える。大事なのは、そんな過ぎてしまった「過去」の「運命」ではない。俺の「事情」に関する「運命」が重要なのである。緊張から、ゴクリ、ゴクリと何度か唾を飲む。


「占い師のババア、俺の”運命”は一体……?」


「そうね……君は塔と運命の輪の逆位置の意味を知っている?」


「たしか……”今あんまりよろしくない、不安定な状況の上にいるよー”と”悪い方向に変わっていくよー”みたいな意味でしたっけ」


「そうなの? ……ありがとう、私タロットとか使ったから。今後の参考に」


「待ってください! ってどういう」


 女の占い師は俺の唇にそっと右手の人差し指を当てると、無言で笑みを見せる。これは一見「どくん……っ!」と来て顔を真っ赤に染めるシーンであるはずだ。それなのに、目の前の妙齢のババアであることを思い出すと、一気に熱が冷める。俺は残念ながら老け専(※老けている人間が好きな性的嗜好のこと)ではない。これがもしもっと若いか、あるいは若いを持ったであるのなら、本気で「どくん……っ!」と来たのかもしれない。

 悲しさに震えている内に、占い師はいつの間にか話を先に進めていた。一万円も払ったのに全く俺の「運命」についての占いを聞いていなかったとなると損だ。俺は切り替えて、占い師の話に耳を傾ける。


「つまり、つまりなんだけど。……なんだっけ。”塔”の逆位置が二連で来て運命の輪の逆位置が来たというのは、貴方の”運命”はってことだと思うわ」


「……待ってください、俺死ぬんですか?」


「死ぬわね、確実に。……でも、遅かれ早かれ人間は皆死ぬもの。か私みたいなしわくちゃのババアになって死ぬかの違いでしかない。そうでしょ……?」


 そこに同意を求められても困る。というか、こいつはタロットカードを使うような占い師なのだ。俺は「明日死ぬ」というのはただの「冗談」で、本当は俺の「運命」なんてまともに占うことができていないのかもしれない。しかし、占い師は俺に真剣な目を向けていた。まるでこれが「運命」であり、私は「まとも」な占いをしたのだ。そう伝えてきているような瞳だった。

 俺はその瞳に、今の今まで溜め込んでいたイライラを爆発させた。そして、ついに占い師のババアの懐を掴んでしまう。


「俺……なんで死ぬんですか? 俺にはやり遂げるべき”使命”があって、それを果たす”運命”にあるはずなんです! それなのに、こんなくだらない”冗談”みたいな占いをしてきて! 俺は”本気”なんです! 絶対的に”まとも”な、俺が死なない”運命”を知る必要があるんです!」


「うるさいなぁ。……君がこの道端に転がっている老婆に占いを頼んだんでしょ? 文句があるのなら、他のもっと高名な占い師さんの所に行きなよ……」


「そんなこと……とっくにしているんです! でも、どいつもこいつもダメでした。俺の”運命”について、”明日に君は死ぬ”とか”もう逃れられない”って占ってくるんです。それなのに、貴女も……タロットカードがしわくちゃでで……やることがでカスみたいな占いなのに一万円も請求してくるようなが……な貴女まで、そんな占いをするなんて……それじゃあまるで、俺が逃れられない運命を拒んでいるじゃない人間みたいじゃないんですか! こんな……こんな逆らうことができない”運命”なんて、すぎます!」


「そうだね。……でも、他人に対してを連呼するのはやめようか。事実なので私は失礼だとは思わないけど、今時は人間ののガワを気に入って着ている宇宙人もいるんだからさ。”配慮して!”と言われるよ?」


「でも、貴女は宇宙人ではないし、ただの人間のですよね?」


 ババア……その占い師は俺の今までの人生の中で一番「殺意」というものが籠っているであろう目で睨んできた。さすがの俺も苦笑いして「……ごめんなさい」と謝ると、まだ少しイライラしている表情を見せながらも「まぁ君は明日絶対に死ぬからいいよ」と許してくれた。

 占い師は俺の手を振り解いて地面に足を付けると、曲がった腰で見上げてくる。


「この世界は君の言う通り、だ。……君が明日死ぬことが”運命”であることはとてもなことだろう。でもね、理不尽じゃなければ今の世界はなかった。たとえば」


「待ってください、バ……占い師さん。貴女今、”このまま良い感じの話をして、この面倒な客を満足させ帰らせよう”なんて思ってないですか? そんなものに絆されませんよ、俺は!」


「めん……分かった。それじゃあ、こうしよう。……そんなに明日死ぬ”運命”についてだと思うのなら、今ここで死ねば良い。そうすれば、君は簡単に”運命”に対して抗うことができる。……もっとも、そんなことで君が満足するとは思わな」


「……します。冴えてますよ、その方法! さすがです! 早速交番にいる警官さんを襲って拳銃を奪い取ってきます! 任せてください! こう見えて、柔道は黒帯なので余裕です!」


 「ババアって呼ぶな……!」とか「それは柔道の精神に反する行為じゃないか……?」という背後のの声を無視しながら、俺は拳銃を奪うために交番へと走って行く。「まとも」な「運命」という「理不尽」なものに抗って「ズタボロ」なものにするため、俺は人生の終末へと走り駆けて行くのだ。

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