第10話

 部屋に毒が充満している。またしてもやられた。

「女王様、おにげ……」

 言いかけて、気が付いた。女王様はこの部屋を出られない。

 女王蟻は子供を産む時期になると、外に出ることはない。自分で歩ける状態ではないのだ。

「どうするんだ、主」

「穴を掘って空気を出そう」

 壁に手をかけるが、すでに力が入らない。毒が回ってきているようだった。

「こちらに来なさい」

 女王様が、大きく前脚を広げていた。

「えっと……」

「充分頑張ってくれました。嬉しかったです」

「すみません、僕が来なければこんなことには」

「いえ、屈辱的に生きるよりもましなことはいくらでもあります。さあ、あなたも」

 招かれて、僕とサンダーは女王様に抱きしめられた。

 温かかった。

 僕らは皆、女王蟻から生まれてきた。けれども、抱きしめられた記憶はない。多くの蟻たちは働くものとして、そして僕らオス蟻は結婚相手として、何匹も何匹も産み落とされる。そして、皆死んでいく。

 死ぬときに女王蟻に抱かれている蟻など、ほとんどいないだろう。

「主、力及ばずすまなかった」

「いいんだよ、サンダー。皆で眠ろう」

 僕は、サンダーではない胞子を吐き出した。

 この部屋では、ハナガサタケは育たないだろうか。大雨が降って、穴がつぶれて、皆が流されたら。どこかでみんな、普通のキノコとしてまた生きてくれたら。

 目の前がぼんやりとしてきた。どうやらこれで、ジ・エンドのようだ。

 やり直せるならば、どうしようか。そんなことを考えているうちに、何も見えなく、何も聞こえなくなっていく。

 光りに満ちた世界が、感じられた。



マッシュマッシュルームルーム 完

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マッシュマッシュルームルーム 清水らくは @shimizurakuha

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