第38話 気づき

 招待客たちは、花見を樂しんでいた。

 同じ頃に、屋敷の中で少女の手による殺人未遂が起ころうとしていたなど誰も思わないでいる。

 

 「久保田さん。どうしましたか?奥さんも。具合でも悪いのですか?」

 「いや…何も…。」 

 「ええ…。ご心配なく…。」

 誰かが久保田夫妻の様子に気づいて声かける。だが、夫妻はぎこちなく誤魔化すばかりだった。

 

 「何かあったのかしら?気分がすぐれないようだけど。」

 春月は離れた所から久保田夫妻を眺めて心配そうにする。彼女は詳しい事情は伏せられていた。

 一方で、大塚夫妻はにやついて樂しそうだ。二人も事情は知らせてないのにも関わらず。


 「どうしたのかしらね?」

 「一体何があったんだろうな?」

 二人はいつもの笑いを見せている。

 分からないと云いつつも大体の予想は付いていることだろう。


 「…多分お父さんたちには、あとで本当の事を教えられるかもね。」

 両親を眺める藤世は周囲に聞こえないよう小さな声で漏らす。

 「誤魔化しきれそうにないような…。」

 建介は大塚夫妻を眺める。


 あの夫婦を誤魔化すのは難しい。せいぜい追及しないよう頼みこむ程度しかできないだろう。

 そうでなくても、娘がこの屋敷の鈴蘭を切り刻んだ張本人なのだから何か云われるだろう。

 

 周囲を見回す。目の前で大塚夫妻は春月と談笑している。

 大塚夫妻の視線の先で久保田夫妻は顔色を悪くしたままサキを引き連れる。すれ違う人は久保田夫妻を心配して声を掛ける。

 その光景を鑑賞する景久。景孝と静子も興味深そうに會場を観察している。芳子は慣れた姿と家族の行動を気にも留めないでいる。

 そして轟木家に挨拶に来る客たちは跡を絶たない。

 客たちの間を給仕として駆けまわるのはタケたち使用人。

 大勢の人々を取り囲むのは物言わぬ花盛り。


建介は藤世に尋ねた。

「それにしても、よく草を持つ振袖の少女からサキさんを連想できたな?」

「違和感があって。學校で毒のある草花を教えられた時に皆『ええ』って驚いていた。教室で『気を付けないと』『庭の花変えようかな』とか話していた。それで…家で鈴蘭を育てている家の子が鈴蘭の毒の話…花瓶の水も危ないなんて話を聞いたらどうすると思う?」

 「家族に話したくなるな。」


 「だよね。でも久保田さんたちは鈴蘭が毒のある話だとまだ聞かされていないみたいだった。サキさん。話さなかったのかと思った。」

 藤世はサキに目を移す。


 「でも、思い出すと真剣な顔で鈴蘭の話を聞いていた。だから注意とは別の事で興味を持ったんだと思った。それと前から感じていたけど親に不満を持っていると思っていた。その親には伝えてはいない。そして花見で草を持ってお茶が配られている側でという話を聞いたら。」

 「怪しく思えたわけか。」


 建介はサキに目を留める。彼女は仕出かした事から両親同様落ち込みはあるが、すっきりした様子を見せていた。


 「何故かやり遂げたような顔にも見えるな。」

 「溜め込んできた物をようやく云えたからじゃないの。」

 藤世は皿を手に取ると側のテーブルから苺を何個か載せた。


 「何かにつけて優しいと褒められて、それ以外の事を見てもらえなくてずっと我慢してきたわけだからね。學校で何かひいきにされる度に恥ずかしそうに皆に謝ることもあった。」

 「そうなのか…。」


 藤世は苺を一粒口に入れた。

 藤世はサキに同情を感じている。だからこそ、轟木家の鈴蘭を切り刻んで容疑者を限定しないようにとしたのだろう。景久の口外禁止の案に賛同したのだろう。


 「正直、親が原因で起こった事。」

 何かと優しい子でと自慢する親。そして親の肩書から周囲も真似して同じ事をされる。同じ年頃の少女たちには罪悪感を抱くことになる。

 

 「私も前の親も似たような人だから、何かにつけて『うちの子は…』と自慢するのが好きで。だからサキさんの気持ちが予想できた…。」

 そして藤世は建介に云う。


 「ねえ。私が前の親を殺していないと本当に信じているの?」

 建介は一瞬藤世に恐怖を感じた。昔話で主人公が山の中で化け物に出くわした場面と同じものを感じた。

 

 「君は殺していない…。それが僕の推理だから…。」

 建介ははっきりと藤世に向かって云った。

 

 「あの頃…。本気で親がいなければと思ったことがあるよ…。」

 「それはあくまで親に対する不満だろ。」

 藤世はどうしても建介に自身を疑わせようとしているように思えた。

 

 「サキさんの親みたいに肩書のある人じゃない。ただの本屋。逆に誰かに媚びいる立場の人。そこだけが久保田さんとは違うところ。だから周りの人たちは前の親を真似するようなことはしなかった。むしろ…。」

 藤世はこう述べる。

 

 「馬鹿にしていた。偉そうに高尚な事を云うから。そのくせ人のためになるような事をしていない。近所の人も親戚の人もうちの親を陰口云って避けていた。」

 藤世の表情に怒りが見られた。


「誰にも相手にされないから、今度は私相手に偉そうに『優しさが』『思いやりが』と云ってきた。他の人たちはそれを見ているだけで止めてくれなかった。」

彼女の怒りの告白はまだ続く。


「仕方なく親の云う通りにしたら周りは優しいねと云われた。馬鹿にする感じで笑いながら云われた。親はそれを本当の意味が分からずに喜んでいた。他の子は、『優しい子だから、これお願い』とか云ってこき使われた。サトみたいな子とか…。」

 東京で女中をしていた藤世の同級生。藤世は彼女に恨みを感じて庇う事はしなかった。


 「だから私優しい人にはなりたくない。」

 藤世の元に櫻の花弁が何枚か舞い落ちた。

 

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大正謎道樂 桐生文香 @kiryuhumi

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