第50話 有難くない客

 10月のある日、”黒ひげ”エドワード・ティーチは拠点としていたオクラコークの入り江で、ある船と見覚えのある男を見つける。

 エドワード・ティーチに会うためオクラコークを目指していたヴェインである。彼はついにオクラコークへ到着したのだ。


(これは……厄介ながおいでなすったな……)


 幾度も望遠鏡をのぞいては正直有難くない来客にため息をつく。


 ヴェインの略奪行為はすでに北アメリカ植民地でも知れわたっており、イーデン総督の擁護のもとで合法的に略奪行為をしているエドワード・ティーチにとってかかわりたくない存在だった。しかしそれでもナッソーで同じ酒を飲んだ海賊である。巨頭ジェニングス(一足先にバハマ総督アシュワースと共に投降し恩赦を受けていた)の愛弟子ともなればそう無下にできないものだろう。


 そのヴェインをウッズ・ロジャーズの要請で私掠免許を得て海賊ハンターとなった巨頭ホーニゴールド、コックラムが追跡しており、それを知りつつもヴェインは何とか彼らをまいてここまできていた。


「聞いたかよ。ホーニゴールドは俺たちを見失い、手ぶらでナッソーへ帰れねえものだから躍起になって獲物探しをし、不運な海賊が捕らえられたって話だぜ」

 ヴェインは船舶を襲撃した際、その船の乗員から海賊ハンターの情報を聞き出していた。国や植民地を行きかう船乗りの情報はある意味情報伝達だった。

 


 海賊ハンターとなったホーニゴールドとコックラムはヴェインを見失ったのちに、ヴェインとつながりを持ちながら連絡しあっていたウルフ号のウッドオール船長を捕らえることに成功している。ウッドオールはヴェインに情報や物資を提供していたのである。

 拿捕されたウルフ号と捕らえられたウッドオール一味はウッズ・ロジャーズへの土産となる。ともあれ彼らの海賊ハンターとしての大義名分は叶ったのだ。

 

 

「あのホーニゴールドとコックラムを見事まいて逃げ延びたことは誰もがやれることじゃないぜ。海賊の手の内を知っている奴らはウッズ・ロジャーズにへつらい国の犬になりやがった。あんな奴らが巨頭だっただなんて考えたくもねえ!」

 部下たちも海賊から海賊ハンターとなったホーニゴールドとコックラムを非難している。もはや海岸の兄弟の誓いで結ばれた仲間ではない。ウッズ・ロジャーズの目論見通り海賊共和国は内部から崩壊していたのである。

「だから俺はエドワード・ティーチに会いに行くんだ。あいつはホーニゴールドの忠実なしもべかと思っていたが、なかなかどうして優秀な海賊だぜ。行ってともに酒を飲むだけの値打ちがあると思ってんだ」

 ヴェインはエドワード・ティーチがイーデン総督の下で合法的に略奪をしていると知らず、英雄のように見ていた。それはヴェインの部下も同じだった。


 

 オクラコークへ到着した彼らの船はゆっくりと入り江を進んでいく。そして望んだ人はすぐに現れた。

「あんたの噂を聞いてどうしても会いたくなってここへ来たんだ。歓迎してくれ」

 追手をまいたヴェイン一味は、まるでそこが海賊共和国ナッソーであるかのように誇らしい表情を見せている。

 出迎えたエドワード・ティーチはどうしたものか考えていた。もしここで彼らを拒み、用心棒として彼らを襲撃すればイーデン総督への良い贈り物となるだろう。しかし向こうはヴェインだけでなくイスラエル・ハンズやジョン・ラッカム、ロバート・ディールなど名を知られている海賊たちがヴェインの仲間として海賊団にいる。旗艦船ともう1隻を座礁で失ったエドワード・ティーチは彼らを襲撃する選択が自分たちにとって分が悪いと考え、拒まず迎えることにした。

「ここはお前たちにとって涼しいんじゃないか?風邪をひかねえようにちゃんと服を着ておけよ。なんたってここはナッソーじゃない。厳しい世間の風も吹くカロライナ植民地だ。それでも会いに来てくれたことを嬉しく思うぜ」

 エドワード・ティーチはヴェインと固く手を結ぶ。当時、有効な治療法がなかった梅毒の進行は彼を確実な死へ導いており、どこか刹那的にものを考える風もあった。彼はどうせ死ぬのならやりたいことをやって死んだほうがいいと無意識に思っていた。


 久しぶりの再会となったエドワード・ティーチとヴェイン。ふたつの海賊団はオクラコークの海岸でキャンプをし、まるでそこがナッソーの酒場であるかのように酒盛りを楽しんだ。誰にも遠慮をしない、誰も恐れない酒盛りは、泥酔しても叱られることもなく羽を伸ばして思う存分に飲むことができた。エドワード・ティーチは心の隅でこのような楽しみはこれが最後かもしれないと感じていた。

 

 海賊として追われているヴェインがエドワード・ティーチと酒盛りをしたことは、ヴェインがティーチに共闘を持ち掛けているのでないかとの不安を住民にもたらす。その不安をエドワード・ティーチも理解していた。イーデン総督の擁護を得て用心棒がてら住み着き、略奪をしている自分は合法的な行為だ。しかし目の前にいるヴェインはお尋ね者であり、一緒にいれば必ず追手がきて自分も逮捕される恐れがあった。


「ヴェイン、かつてのナッソーの仲間とこうして酒を酌み交わすことができるとは思ってもみなかった。わざわざ会いに来てくれてありがとうよ。だが、いまの俺の獲物はオクラコークを通る船舶だ。お前もここへ居続けては所在を通報され追手が来るぞ。情報じゃホーニゴールドとコックラムが海賊ハンターとして海へ出ているそうじゃないか。ここはおとなしくお互いに別行動をしたほうがよさそうだぞ」

 ヴェインは単に酒を飲むために来ているのでなく、住民の不安通り共闘を企んでいるのでないかと考えたエドワード・ティーチは思い余ってこのように諭す。ヴェインのまき沿いを食うのはごめんだ。なんとかここから出ていってもらいたい、そう考えていた。


「そうか、確かに俺たち海賊はお尋ねものだ。ともにいるところを狙われたら一網打尽だ。あんたと別れるのは残念だが俺はまた南へ向かうことにするぜ。ここは肌寒くて仕方ねえ。風邪ひいて鼻水垂らした海賊なんて格好悪いからな」

 ヴェインはエドワードの言ったことを素直に受け取る。それだけじゃなく彼の縄張りを荒らすことはしたくなかった。


 こうして再会を果たしたヴェインとエドワード・ティーチだったが、お互いの身の安全ため別れる。この彼らの出会いは海賊共和国の終焉を語る序章となった。

 

 

 グリンクロス島は海賊に襲撃され、ウオルター総督を人質に取られただけでなく島全体を占拠された。この情報は恩赦を受けずナッソーを離れて海賊行為を続ける海賊たちを力づける。

 第2の海賊共和国となりつつあるグリンクロス島。オクラコークを離れたヴェインは引き寄せられるかのように南下する。しかしすでに本腰を挙げて海賊討伐に向かっている国がお尋ね者の彼らを迎えることはなかった。


 

 一方、スパロウ号奪還と島を占拠している海賊の討伐のため、グリンクロス島へあの艦隊が迫りつつあった。

「全く……引退した私を呼びつけるとは人材育成を怠っていたのでないかね。本部は何を考えているのだ。私はかわいい孫と過ごしてゆっくりしていたんだぞ」

 出航以来あまり機嫌がよろしくない艦長。義足をコツコツ鳴らして歩く姿は当時の乗員たちに恐怖を与えたものだが、引退して孫の面倒をみるようになってからは顔の表情が緩んでいた。しかしそれが突然再び海へ駆り出され、かつての仲間であるエヴァンズ艦長の名誉回復のため動くこととなったのである。

「今回は本当に特別なのです。スパロウ号を奪還し、グリンクロス島から海賊どもを追い出して討伐するのですからやりがいがあると思いませんか。もちろんあの”青ザメ”もかかわっております。ウオーリアス艦長、ワクワクしてらっしゃるようにお見受けしますがいかがでしょう」

 そう部下が答えた相手はあのウオーリアス艦長だ。戦争が終わり提督という名誉から離れていたのだが、艦長として呼び出されていた。艦隊の激務から離れていたせいか少し体がふっくらしていたが、それも直に痩せるだろう。

「マリサとスチーブンソン士官、士官候補生のクーパー他が先行して島に上陸していると聞く。もしかしたら会えるかもな」

「青ザメ”は我々と顔を合わせるのが嫌だと思っていましたが……よく彼らが動きましたね」

 部下の質問にウオーリアス艦長は笑みを見せる。


「それは守るべきものがあるからだよ。戦いは利権だけでなく、そうした守るべきものが存在していることを忘れてはならん」

 数多の戦争にかかわってきた彼だからこそ言えることだろう。その場の部下たちは静かに頷いた。


 部下が心配していた”青ザメ”との確執……それはマリサの育ての父であり、かつての海賊船デイヴィージョーンズ号の船長でもあったデイヴィスのことで、他にもマリサが銃で撃たれたのち拘束されたというものもある。デイヴィスは過去に犯した罪により絞首刑となり、マリサは海軍に協力した海戦の際、ガルシア総督殺害の嫌疑をかけられ処刑を待つ身となった。

 確かにこのことはマリサやフレッド、”青ザメ”たちの心を傷つけた。しかしそれらは長く続かなかった。


 彼らに守るべきものがあり、いつまでも悲しんでいるわけにいかなかったからだ。守るべきものは人それぞれで、名誉、信用、家族、そして働く場などだ。


「私は優しいお爺ちゃんとしてゆったりとした日々を送っていたのだ。それを奪った有難くない客にお返しをしてやらねばならん」

 そういうと部下たちは怖さばかりだった彼の変貌に笑う余裕を見せる。



 この艦隊を待ち受けるグリンクロス島。

 島はすでに占拠を聞きつけた多くの海賊の船が出入りしていた。ただ、大船団として動いているものは少なく、精々2,3隻の船団でやってきていた。それは海賊共和国がウッズ・ロジャーズにより国の管理下となったことで、投降したり規模を小さくせざるを得なくなった海賊がいたからである。何かあって逃亡するにも身軽がいい。ならば単独で、あるいは2,3隻のほうが活動するにも良かったのである。そしてときにそれは連帯を失わせていた。


 港の酒場は今日も多くの人で賑わっている。酒は人種や職種問わないので、住民と海賊が同じテーブルについてしまうこともあった。

「メアリー、もう一杯もってきてくれ。ああ、向かいの旦那にも同じのを頼む」

 茶髪の男がメアリーと呼ぶ給仕の女性に声をかける。

「はい、承知しました。ルイスさん」

 メアリーといった女性は金髪碧眼で胸が大きく、少しふっくらしていた。そしてある女にとてもよく似ていた。

 彼女から酒を受け取ると、ルイスと呼ばれた男はそのひとつを羽振りがよさそうな海賊の男に差し出す。その海賊はどこかでうまく稼ぐことができたのだろう。疑いもせずに受け取るとこういった。

「ありがとうよ。今日の俺は最高に気分がいいんだ。今までにない稼ぎだと思っているぜ」

 どうやら金目の物を略奪できたようだ。周りの海賊や船乗りたちの羨望の的になっている。



「本当によくとけこんでいるわね。あなたのことを誰も気づかないわよ」

 メアリーは他にも注文を受けた料理を運ぶと、ルイスと呼んだ男に小声で話しかけた。

「そう、それは君もだ。誰も君があの海賊と双子だと気づかない。お互い様だ」

 ルイスが答えるとメアリーはふふっと笑う。


 メアリーは給仕に扮したシャーロットであり、ルイスはフレッドだった。お互いセカンドネームで呼び合っていたのだ。

 

 酒を催促する声が響くとメアリーことシャーロットは並々と酒が入ったゴブレットをもち声の主のところへ急いだ。

「いつもごひいきにありがとうね。はい、これは私からのサービスよ。アーティガル号が酒を運んできてくれたおかげでこうして振る舞うことができるの。味わって頂戴ね」

 シャーロットが差し出すと笑みを浮かべて受け取る客。

「お前のおごりか?悪かねえな。それにしてもお前を見てると誰かに似ている気がするんだが……いや、あいつは違うな。あいつだとしたら胸が大きすぎる」

 男の声に側の男たちがゲラゲラ笑い出す。

「そうさな、あいつは可哀想なくらい……おっといけねえ。これ以上は言うまいよ。何せアーティガル号の連中が潜んでいるかもしれねぇからな」


 彼らの話を笑顔で返すシャーロット。彼女は思わず胸の内でつぶやいた。

 (本当に有り難くない客だこと。みてらっしゃい……必ずあなたたちを痛い目にあわせてあげるからね)



 フレッドたち先遣隊は無事にシャーロットたち組織と合流できていた。そして屋敷の使用人として潜入しているマリサとアイザックとも連絡を取り合っており、機会を伺っていたのである。

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マリサ・時代遅れの海賊やってます~アーティガル号編~海賊共和国の興亡 海崎じゅごん @leaf0428

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