第49話 新総督の試練とアン・ボニー

 ウッズ・ロジャーズはヴェインを取り逃がしたがナッソーの掌握をする目的を果たす。海賊共和国としてその名を知られていたナッソーは新たにバハマ総督としてウッズ・ロジャーズが着任し国の管理下となった。海賊の自治はなくなり新たに植民が始まる。


 ナッソーには恩赦を受け入れたおよそ200名の海賊たちのほか、植民当初からいたわずかな住民、海賊が仕入れた娼婦のほかスペイン植民地から逃げてきたものも多くいた。これだけの人間をまず受け入れるためにウッズ・ロジャーズ現地の役所を設け、正式な国の植民地としての自治を開始する。それだけでなく要塞の建設にも着手した。

 海賊たちが多く恩赦を受け入れたことにウッズ・ロジャーズは満足をし、順調な滑り出しを感謝する。

 

 

 しかしそれは長く続かず、まるでウッズ・ロジャーズを試すかのように困難が襲った。ウッズ・ロジャーズの船で感染症が拡大したのである。明確な治療法や薬もなく、原因も分からなからないまま感染者は広がり、すでに100名近い死者がでている。

「毎日、病による死者を見ない日がない……神はなぜこのような試練を私に与えるのだ……」

 聖書を片手に祈るウッズ・ロジャーズ。それに追い打ちをかけたのが同行していた海軍である。

「総督閣下、最後の1隻も出航しました。海軍は私たちを見放したのでしょうか。艦長は3週間後に必ず戻るといっておりましたが本当に戻ってくる気があるのかわかりません」

 部下からこのことを聞いたウッズ・ロジャーズは天を仰ぐ。


 

 1718年9月。

 感染症の終息を祈りながらも総督としてナッソーを正常化しなければならないウッズ・ロジャーズはこのように宣言をする。


「ナッソーは神と法の下に置かれる」

 この宣言はナッソーが国の統治化へ入ったことを正式に宣言したものだ。

 

 だが取り逃がしたヴェインのことを何とかしたかった。このままだとヴェインは再びナッソーを訪れて我がものとするだろう。

 一計を案じたウッズ・ロジャーズはかつての巨頭ホーニゴールドとジョン・コックラムを呼びだす。


 恩赦を受けて自由の身となったホーニゴールドたちは新たな総督の下で働きたいを思っており、仕事をもらえるかもしれないと期待をしていた。

「総督閣下、私たちに何か役立つことがあるということでしょうか」

 ホーニゴールドはてっきり島で働くものだと思っていた。

「いや……。君ほどの人間は島で働かせるよりも海で働いてもらった方がいいと思っているのだ。ホーニゴールド、コックラム、君たちはヴェインのことを覚えているか。奴はナッソーを逃げ出し、あちこちを荒らしまくっている。このままだと私はヴェインを逃がした総督として後々語り継がれるだろうし奴の存在は植民地運営の脅威となってしまう。それはごめんだ。だから君たちにこれを与える」

 そう言ってウッズ・ロジャーズは書面を渡す。

 それをみて驚くホーニゴールド達。

「これは私掠免許状ではありませんか。私たちに私掠行為をしろと?」

 ホーニゴールドは恩赦をもらったのになぜこのような書面が出されたのかわからない。

「私掠といっても敵はフランスやスペインでもなく海賊ヴェインだ。情報を収集し、海賊ハンターとして奴らを討伐してほしい。ヴェイン討伐は国王陛下のためだけでなく海上の安全と植民地を含む国の安全のためでもある。もともと私掠だった君たちなら問題なかろう」

 ウッズ・ロジャーズの申し出を快諾するホーニゴールドとコックラム。何といっても海は自分たちが生きる場所なのである。

「承知しました。では早速準備をいたします」


 こうして海賊ハンターとしての私掠免許を受け取ったホーニゴールドとコックラムはヴェイン討伐のために海へでることとなった。航海の安全を脅かすヴェインの討伐は国のため、国王のためであり、結果的に仲間の身を守るためだった。はた目から見たら裏切り者とみられるかもしれないが、ナッソーを少しでも良くしたいというホーニゴールドの方針は変わらなかった。



 一方、ナッソーから逃げ出したヴェインはラッカムやエドワード・イングランドなど信頼できる部下とともに略奪行為を続けていた。そして彼にはある野望があった。

 

(エドーワード・ティーチにどうしても会いたい。彼は北アメリカ海岸にいると聞く……。会えるうちにあっておかねえと俺たちはいつ首を差し出す羽目になるかわかんねえからな)

 ヴェインは、交渉力があり落ち着いた物腰のエドワード・ティーチに対して他の海賊とは違う思いを持っていた。ヴェインと同じように海賊を続けており、噂では”黒ひげ”という呼び名さえ得ていることに尊敬の念さえ抱いている。恩赦を早々に受けた巨頭なぞ腰抜けに思えてならなかった。

 手探りで探すしかないかと思われたエドワード・ティーチの居場所。それは幸運にもたまたま略奪した船の船員からその情報を得ることができた。


「針路を北アメリカのカロライナ(ここでは現ノースカロライナ)のオクラコークへ向かうぞ。エドワード・ティーチはそこにいるらしい」

 ヴェインが部下に命じる。


 

 そのエドワード・ティーチはノースカロライナのイーデン総督の擁護の下で用心棒と称して出入りする船をみつけては略奪行為を続けていた。もはや私掠といえどやっていることは海賊行為だった。

 その行為のため、8月にペンシルバニア植民地の総督からも逮捕状が出ていた。

 

 エドワード・ティーチはオクラコークの入り江から出入りする船舶をいち早く発見しては、そのよい立地から襲撃をしていた。海賊団としての船の数はボーフォートの入り江でアン女王の復讐号とけん引しようとしていた2隻を座礁で失い、反乱を起こそうとしていた仲間も途中の島で置き去りにしたため減っていた。しかしこれは大きな利点があった。

 アン女王の復讐号のような大きな船は小回りが利かず、目立ちすぎるのである。また仲間が多ければ略奪の分け前も減る。こうした不利益を解消できたので船を失った後悔がおきることはなかった。


 

 

 ナッソーでの動き。

 ジェームズ・ボニーの妻であるアン・ボニーはヴェインの船に乗り操舵を任されているラッカムと恋仲になっていた。

 そのラッカムはアンをジェームズ・ボニーから買い取ることでアンとジェームズ・ボニーの離婚を成立させる必要があった。(一般の人々は妻売りしか離婚の方法がなかった)アンと結婚をしようと考え、海賊行為で稼いでいたのである。そしてウッズ・ロジャーズに投降をすることも考えていた。


 海賊行為の稼ぎにより金がたまったラッカムはジェームズ・ボニーにアンを売ってくれるように頼んだ。ジェームズがアンを大切にしているように見えず、自分の方がアンを満足させることができるとも言った。

「アンを売ってほしい。金は十分すぎるほどある。アンと一緒になりてえんだ」

 ジェームズ・ボニーはラッカムから有り余るほどの金貨を提示される。それはジェームズ・ボニーにとってとても魅力的な金額だったが、ここで受け取るわけにいかない理由があった。


(俺がアンの浮気を知らなかったとでも思っているのか。アンがお前にのぼせていることはもうナッソーの噂になって、この俺は妻を寝取られた哀れな男として見られているんだ。その代償は払ってもらうぜ)


 ジェームズ・ボニーがウッズ・ロジャーズの到着を待っていたのはこうした理由もあったのである。

 


 ウッズ・ロジャーズの到着を待ち、なんとかアンを改心させラッカムをあきらめさせたいジェームズ・ボニーはその機会を伺っていた。そして様子を見て何食わぬ顔でウッズ・ロジャーズに相談を持ち掛ける。

 

「私は総督閣下がここへおいでになるのを心待ちにしておりました。といいますのは我が妻、アンがほかの男に色目を使い、海賊をやめて真面目な人間として生きていこうとしている私はナッソーの笑い者となっております。あなたが神の教えを広めようとパンフレットを用意して海賊たちを改心させようとなさっているのをみて、妻アンもそうなればと願っております」

 ジェームズ・ボニーの相談はウッズ・ロジャーズを満足させるのに十分だった。ウッズ・ロジャーズは自分の目的が形になるのを感じてこう言った。

「よかろう。神の教えに基づいてアンに説教してやろう。アンを酒場に連れてきなさい。他の男たちや娼婦がいる前で公に説教すれば恥ずかしさで改心するだろう」

 ウッズ・ロジャーズはわざと人前で説教することを提案する。これは見せしめでもあるのだ。

「感謝いたします。では今晩にでも妻を酒場へ連れていきます。酒が好きな女なので断らないでしょう」

 ふたりの利害が一致する。


 

 その晩、計画通りにアンを酒場へ連れ出したジェームズ・ボニー。酒好きなアンは疑う気もなく酒場でビールを飲み出した。ラッカムがヴェインと共に外海へ出ており会えない日々が続いている。

 

 酒と娼婦で賑わう酒場。それはいつもの酒場の様子だった。


 しかしここへウッズ・ロジャーズと部下がやってくる。店の中にいた者たちは何ごとかと目を向ける。

「ウッズ・ロジャーズ総督閣下、お待ちしておりました。ここにいる私の妻、アンは不倫をし、離婚を企てております。このような不誠実は許されることがないということを知らしめてやってください」

 わざと仰仰しく懇願するジェームズ・ボニー。周りの人々は何ごとかと注視する。

 アンはジェームズにおとしめられたことを思い知る。


(このクソ野郎!あんたはあたしをみんなの前で辱めにあわせるつもりなのか)

 危うく叫びそうになるのをこらえる。相手は正式にバハマ諸島の総督を任命された者だ。さすがのアンも手出しできない。


 ウッズ・ロジャーズは店内にいる客や娼婦たちを一瞥いちべつする。ナッソーの無法者たちに宗教や倫理を教え込むのはいい機会だと考えたのである。


「夫が居ながらほかの男に色目を使うとはとても恥ずべき行為であり、神の教えに背くものだ。女は夫に生涯尽くすべきであり、神はそれを望んでおられる。今すぐほかの男への悪しき感情を捨てなさい」

 そのようにさとすウッズ・ロジャーズ。しかし気の強いアンはこれに反発をする。

「嫌だね!好きな人と一緒になりたいのがなぜダメなんだい?このつまらない男があたしの夫だなんて神様とやらも相当いい加減じゃないのかい!」

 こともあろうにアンは総督であるウッズ・ロジャーズに向かって声を上げる。これには周りの人々も驚きを隠せない。


 アンの反応はウッズ・ロジャーズの平常心を揺さぶる。身分の低い知識もないものが歯向かってきたのである。

「なるほど。お前はこうでもしないと理解できないようだな」

 ウッズ・ロジャーズは部下に命じてアンの手を柱に括り付けるとジェームズに体を支えさせた。そして鞭を持ち、こう言い放つ。

「お前の心の中の悪魔を追い出さねば改心できないようだ。皆の前でお前をむち打ちにしてやる」

 この言葉にジェームズはほくそ笑むとアンの尻を突き出させた。

 これにはアンも驚き慌てる。

「嫌だ!こんなことをされるのは嫌だ。むち打ちなんてやらないで。……お願い、ジェームズ、助けて……」

 泣き崩れるアン。しかし内心は彼らへの憎悪に満ちていた。


「ほう……。さすがにむち打ちは嫌か。もしお前が今後、同じことをすれば相手の男に鞭をふらせてやるから肝に銘じて浮気をしないように」

 ウッズ・ロジャーズはこの辱めがアンを改心させたと思い、柱に手を括り付けていたロープを解かせた。

「アンは騙されているんです。寛大な処置に感謝いたします」

 ジェームズ・ボニーはあれだけ気の強いアンが目の前でウッズ・ロジャーズという権力によりその牙を折られるのを見て喜んだ。これであの男は妻に手を出さないだろうしアンも諦めるだろう。そう感じた。


 この事件はナッソー中に広まり、アンは陰であれこれ噂されるようになった。単に浮気をしているだけでなく、総督によって尻へむち打ちをくらう一歩手前だったことで浮気ができなくなるだろうと男女問わずその話題を口にする。


 夫の行為にすっかり失望したアンだが、これは結果的にラッカムへの思いを増長させる。

 

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