第48話 ”黒ひげ”の権威

 話は少しさかのぼった1718年5月のこと。


 ナッソーを去ったエドワード・ティーチにはボネット(船長でありながら未熟であったため、望んでティーチに弟子入りしていた・30話 憔悴のフレッドと海賊ボネット)のほか、ルテナント・リチャーズ、イスラエル・ハンズなど多くの部下がいた。このように多くの部下を持ち、旗艦船アン女王の復讐号をはじめ、アドベンチャー号、リベンジ号のほかにも船を拿捕しては鹵獲し、或いは略奪後に沈めた。

 黒い顎髭を伸ばし、時には導火線を編み込んで相手に恐怖を与えるエドワード・ティーチを人々は”黒ひげ”と呼び、恐れた。船団を組んで船を拿捕しては仲間を増やしたり、或いは襲撃したりして海上輸送の安全を脅かした。もはや自分は師であるホーニゴールドを超えていると感じ、提督であると自称していた。

 

 海賊”黒ひげ”の権威は今や飛ぶ鳥を落とす勢いだった。船団で襲撃する彼らは植民地としても脅威であった。

 そしてある事件を引き起こす。


「チャールズタウンの港を封鎖しろ!港を封鎖して制圧すれば拿捕や略奪が容易だ。短時間で行え!」

 エドワード・ティーチが部下に命じる。彼の船団はチャールズタウンの砂洲に船を停泊させ、獲物を待ち構えた。

 チャールズタウンは当時のカロライナ植民地(現サウスカロライナ)にある港である。この港では海賊の襲撃など想定しておらず、警護の船もなかった。いるのは安全に船を港へ運航するために船長を助ける水先案内だけである。

 そのため海賊たちは彼らを真っ先に拿捕した。水先案内がなければ船舶の出入りが難しくなる。そのため港へ入ろうとしていた船舶が足止めを食らった格好になった。

 それでも商船は荷を運んで対価をもらうのが仕事である。9隻もの商船が強引に砂洲を超えて港へ入ろうとし、エドワード・ティーチの船団にあっさりと拿捕されてしまう。


 エドワードがこうまでしてほしいものは宝石や金でなかった。梅毒の症状に苦しむエドワードは何よりも医者と薬を欲していたのである。

 拿捕した船の中にはカロライナ植民地運営に影響力を持つ評議員の乗った船があった。ここにヴェインと比べて交渉力を持つエドワード・ティーチの駆け引きが始まる。


「俺は医者と薬を求めている。金をいくら積まれてもお前たちの解放はあり得ない。カロライナ植民地政府にこのことを伝えろ。医者がいないなら薬だけでもいい。もしも拒否されたなら拿捕した船を焼き、お前たち人質の首を総督に送り付けてやる」

 そう言って長く伸びた顎髭とぎょろりとした目で相手を威圧した。エドワードは体格がよく、ロングブーツに絹のコートをまとい、おしゃれにきこなしていただけでなく6丁ものピストルを帯に着けていた。良家の出身だけあって海賊といえど気品がある一面さえあった。

 

 このエドワードの要求を人質のひとりで評議会のメンバーでもあるラッグが応じ、人質代表としてマークスとエドワードの部下2名が2日の猶予をもらい、町へ上陸を目指した。

 しかしトラブルはつきもので乗っていた小舟が転覆してしまい、期限内に総督の下へ行くことができなかった。

「おのれ!海賊の要求はのめないってことか!」

 梅毒の症状に苦しみながらもエドワードは待機していた船団に指示をし、8隻の海賊船が港へ乗り入れることになった。


 8隻もの海賊船の襲来に人々は驚き、港は騒然とする。逃げる者、不安そうに見つめる者様々である。すでに”黒ひげ”の名前は知られつつあり、人々は恐怖のあまり言葉を失う。


 やがて期限内に帰らなかったことが裏切りでなく船の転覆であったことの連絡がエドワードの耳に入る。

 連絡を入れたマークスは約束通り、総督にエドワードの要求を伝え、薬品を受け取ることができた。


 人質との交渉が成功し無事に医薬品を手に入れたエドワード・ティーチ。彼は紳士的に約束を守り、船と人質を解放した。

 

 ところがマークスについていった2名の海賊の行方が分からず、逃亡したものと思われた。しかしそれが思い違いであったことをエドワードは酒場で知ることになる。

 2名の海賊はいつから飲んでいたのか答えられないほど泥酔していたのである。


「船長、これだけ港で騒動を起こして医薬品だけですかい。なんか……俺たちは損だけじゃないか。割に合わねえんだ」

 部下のひとりがこうつぶやくとエドワードは機嫌よく答える。

「何にも盗らねえってことはないと思えよ。ほうら見てみる」

 エドワードは彼らに奪って間がない人質の貴重品の一部を見せた。

「こいつはな、持つ人の人格を選ぶんだ。どうだ、似合うだろう?」

 そう言って人質から奪った少しの貴重品を見せる。

 

 部下たちはうまく交渉をまとめたエドワード・ティーチを称賛する。


 こうしてエドワードは難なくチャールズタウン停泊をしていたが、ここであの男の情報が入る。

「みんなきいてくれ。ついにナッソーは新たな総督を迎えることになったらしい。ウッズ。ロジャーズの船団がナッソーへ向かっている。お前たちは国王の恩赦の布告を知っているだろう?腰抜けどもは真っ先に飛びついた。巨頭とまで言われたジェニングスや俺の師匠もそうだ。恩赦を受け入れ、退屈な毎日を手に入れようとしている。恩赦を受け入れない者は討伐だと。さあ、俺たちもじっとしていられないぞ」

 エドワードは船団を移動させ、ノースカロライナのボーフォートの入り江を目指す。ウッズ・ロジャーズと対決するにはまず船体と艤装の整備を行わねばならないからだ。


 ところがここで戦力を削ぐトラブルが起きる。


 ギギッツ!ガガガッ!


「何やってんだ!」

 怒号が飛び交うアン女王の復讐号。なんと砂洲に座礁してしまったのである。アン女王の復讐号クラスの船だと船体が大きく、特に入り江の出入りにはとくに注意をして測鉛をおこなわねばならない。もしかしたらそこに間違いがあったのかもしれないが、結果的に座礁してしまった。

「ハンズ!アドベンチャー号で引っ張ってくれ」

 エドワードはそう言ってイスラエル・ハンズに命令をする。


 ところがけん引するはずのアドベンチャー号も同じく座礁してしまい、その損傷の程度は修理が難しいほどであった。船体にひびや穴が生じると船として機能できない。エドワードは仕方なく旗艦船アン女王の復讐号、アドベンチャー号を手放し、リベンジ号とスループ船での活動を余儀なくされる。

 

 この戦力の低下に強気のエドワード・ティーチの心の変化が起きる。彼は恩赦を受け入れるべきではないかと考えていた。そのことを部下のボネットにも話すが、あることがネックになっていた。


 本来、国王の恩赦の布告は1718年9月5日以前に降伏をしたものを対象とするが、免責事項があった。1月5日までの海賊行為について許されるというものである。つまり、彼らが行ったチャールズタウン封鎖事件はどう考えても絞首刑ものだったのだ。


「俺は別にウッズ・ロジャーズに降伏をするのではない。植民地の総督には民間の総督もいる。カロライナ植民地(ノースカロライナ州)は民間の植民地だ。当然緩いところは緩い。取引をするならイーデン総督だろう。俺たちはイーデン総督と取引をし、彼の擁護の下で拠点を築くつもりだ」

 エドワードの言葉を静かに聞く部下たち。


 彼はすぐにイーデン総督のもとへいくのでなく様子見のため先にボネットを送った。小さな船でボネットと彼の部下がイーデン総督に会い、降伏をした。小さな船できたせいか難なく恩赦を受けることができた。ところがこの間に得エドワード・ティーチは彼の残りの部下とリベンジ号に置いていた宝を奪ってしまった。(復讐を企てたボネットはこの後海賊に戻って海賊行為をするが、1718年9月に逮捕されチャールズタウンで絞首刑となる)

 

 

 海賊共和国は海賊の自治による自由があり、そこは身分や経済格差以上に仲間の統率と操船がものを言った。それがなくなることに失望をした者は海賊行為を続ける。ここにいるエドワード・ティーチについてきた仲間たちも自分の運命を彼に託したのである。



 ”黒ひげ”ことエドワード・ティーチは梅毒の影響もあり、時折逸脱した行為をすることがあった。病気の進行のせいか顔つきが険しく、あるいは死人のような顔つきに変化をしていた。長く伸ばしたあご髭は導火線と共に編み込まれ、黒く日焼けした顔つきに白くぎょろりとした目つきが見る者に言いようのない恐怖を与える。

 

 

 1718年6月。

 海賊共和国の存在はそう長くないと考えたティーチは活躍の場を北アメリカとし、擁護を求めて民間植民地であるノースカロライナ州のイーデン総督と取引をする。儲け重視の民間植民地であるなら擁護を得るのは難しくないと思ったのである。彼はイーデン総督に自分の仲間を商品として差し出し、ほかの海賊から港を守ったり略奪した物品の売買を仲買してもらうことで擁護を得た。また、イーデン総督からは恩赦だけでなく私掠船としての活動の許可も得た。これからは海賊行為でなく合法的に略奪をするのである。

 彼はバスに定住をすることを決める。彼に残されていたスループ船の名をアドベンチャー号と改名をし、その権利も総督から得、セント・トーマス島の航海も認められた。この航海は他の海賊が寄り付かないようにする用心棒的な働きでもあった。

 以後、私掠の許可を得たエドワード・ティーチの略奪行為は激しくなり各地に損害を与えていく。夏には私掠とは名ばかりで海賊行為といった方がよいほどになっていた。



 ノースカロライナ州以外の北アメリカ植民地を航行する船舶の安全がティーチにより脅かされ、損害が広がるようになると、対応が遅れている海軍や国に抗議の声があがりだした。各地の総督は植民地運営に必死である。植民地が潤わなければ当然人々の不満は自分たちへ寄せられることとなる。

 そして業を煮やしたバージニア州のスポッツウッド総督が立ち上がる。

「これ以上”黒ひげ”を野放しにしてはならん。すでに国王の恩赦の布告の期限が過ぎている。”黒ひげ”の討伐を実行しなければ国王の威信にかかわる」

 スポッツウッド総督はカロライナ州のイーデン総督がエドワード・ティーチと繋がっていることを密かに送り込んだスパイから知りえた。貴族の出身であるスポッツウッド総督は身分の低いものがのさばっている海賊社会が我慢ならなかった。


 やがてスポッツウッド総督が送り込んだスパイはエドワード・ティーチの動向と所在を掴む。この情報を得るとスポッツウッド総督は海軍に対応を迫る。

「あなた方の敵の所在をつかんだ。これ以上黙って奴らの横暴を見過ごすことはできないはずだ。国王陛下の海軍というなら私の前に奴の首をもってきてみたまえ」

 スポッツウッド総督の気迫に目を見張る海軍の上層部。彼らはそこで討伐のためにメイナード大尉を抜擢する。

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