最終話「彼女からの手紙」

 拝啓 未来の旦那様


日本は今、残暑の厳しい頃かと思います。

留学から帰ってきた貴方を、空港まで出迎えに行きたかった。

真っ先に顔を見たかったし、見せたかった。

空港から出てきた貴方に抱き付いて、ぎゅっとして欲しかった。

まるで映画のワンシーンのように。


それからこう尋ねるの。

「お帰りなさい。フランスはどうだった?」って。

「料理の腕は上がった?」って。

「約束を覚えている?」って。


貴方が帰国したらすぐ、結婚式の日取りを決めるの。

だって待ちきれないもの。

「何月何日は大安吉日だよ」って。

「まだ暑いからもう少し先にしよう」って。

友達は誰を呼ぼう、引き出物はどうしよう、ドレスは何を着よう・・・

決めなければいけない事がいっぱいあるわ。


きっと貴方はこう言うわ。

「オレの家は親戚が少ないから、式場は小さい方が良い」って。

でも私は、大きな式場がいいって駄々をこねると思うわ。

困り顔の貴方は、それでも私の意見を優先してくれるでしょうね。


それから慌ただしく準備を始めるの。

「恩師に連絡しないといけないな」って。

「ウェディングケーキを作るために、どれだけ準備がいる、厨房はどうしようか?」って。

そうね、結婚式はきっと10月か、11月頃になるわ。

秋の紅葉が綺麗で、すっきりした青空が広がっていて。

純白のドレスが秋空に映えるの。

友達も、親戚も、みんないっぱい写真を撮るわ。

チャペルを背景にしてね。

結婚式が終わって、みんながSNSにアップしたり、大きな額に入れてプレゼントしてくれるの。

それは一生の宝物になるわ。


でもね。

そんな夢は、もう叶わない。

叶わなくなっちゃった。


貴方が日本に帰国する頃、私はもう、この世にいません。

ずっと前に、私はいなくなってしまうの。

伝えるのが遅くなってごめんなさい。

今まで黙っていてごめんなさい。


今日は10月4日。

貴方がフランスに発ってから、ちょうど一ヵ月後です。

今、私はまだ病院のベッドにいます。

嘘をついてごめんなさい。

もう、ほとんど体を動かす事が出来ません。

でも、この手紙だけは、どうしても自分の手で書きたかった。

だからちょっとだけ無理をして、ママに体を支えられながら、こうして筆を執っています。


10月以降のツイッターはね、私が想像で書きました。

「春に咲く花は何かしら」って。

「夏の私は何しているかしら」って。

全部、空想の私です。

騙していてごめんなさい。

帰国予定日まで1年分、毎日12時に更新されるよう、予約投稿しました。


なぜって思いますか?

貴方が留学先で頑張れるように。

私の事を気にせず、勉強出来るように。

その一心です。


出発前夜、検査入院した時に、その日その場で、私の寿命が幾ばくもない事を知りました。

末期がんでした。

ここまで進行していては、もう手の施しようがないと言われました。

長くて一ヵ月、恐らく数週間の命と宣告されました。


「何で私なの!」って。

「結婚間近なのに!」って。

泣きました。

子供のように暴れました。

病院にも両親にも、迷惑をかけてしまいました。


本当はね。

フランスに行って欲しくなかったよ。

ずっと傍にいて欲しかったよ。

最期の瞬間まで、一緒にいたかったよ。

手を握ってお別れしたかったよ。

ものすごく胸が痛くて、苦しくて、辛くて、孤独で、寂しかったよ。

私がそう言えば、きっと貴方は留学を諦めて、私の傍にいてくれたでしょうね。


でも、貴方の夢を邪魔したくなかった。

重荷になりたくなかった。

日に日に体調が悪化していきました。

そんな私を、貴方に見られなくて良かったって、今はそう思います。


こんな事を書いたら、貴方はきっと苦しんでしまいますね。

だから言います。

今まで有難う。

幸せでした。

一日だけでいいから、私のために泣いてくれるかな?

その後で、私の事は忘れて下さい。


いいえ、これも嘘です。

ごめんなさい、また嘘をついちゃいました。

忘れて欲しくないです。

私と過ごした日々を、ずっと覚えていて欲しいです。

でも、苦しんでいる私の姿ではなく、笑っている私だけを、覚えていて下さい。

楽しかった思い出だけで十分です。

だから、末期の姿を貴方に見られなくて良かったって、心からそう思っています。


帰国日前日、昨日のツイートを見てくれましたか?

ウェディングドレスです。

入院してすぐ、まだ動けるうちに。

両親に頼んで、病院と写真屋さんにもお願いして、撮影したものです。

来月か再来月、私が着る予定だったドレスです。

今まで経験がないくらいの、ばっちりメイクです。

貴方の花嫁さんになる筈だった、私です。


どうですか?

返事は聞けなくなっちゃいましたが、褒めてくれるかな?

「綺麗だね」って言ってくれるかな?


まだまだ書きたい事が山ほどあります。

でも、もう体が限界みたいです。

最期に笑っている貴方の姿を見たいから。

今日のツイートに一文、書き足そうと思います。

「写メを撮って送ってね」って。

すぐ送ってくれますよね?

貴方が笑っている写真だったら嬉しいな。


     敬具

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【朗読あり】あなたの心を離さない“健気な”あの子 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro

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