第25話
マスターはカップにお茶を注いでミカに出してくれた。カップはスタイリッシュな形をしていて、色は真っ白だ。
「今ケーキを持ってくるね」
ミカは薬草茶の香りを楽しんでから一口飲んでみた。
味は全体的にさっぱりしていて、とても飲みやすい。スパイスやハーブが使われているようだが、味は和っぽさがある。心も体も清められるような不思議な味だ。
「お客様、お待たせいたしました。バッティンバーグケーキでございます」
慇懃ぶったマスターが持ってきたお皿の上には、カラフルでかわいいケーキが乗っていた。
ケーキは薄めに切られていて、形は真四角だ。内部にはピンクと黄色のスポンジが並んでいる。ちょうど「田」の模様をしていて、外側の囲いは白く、中の十字の部分は薄茶色だ。
「すごい! かわいい⋯⋯」
「改めてになるけれど、ミカちゃん、結婚おめでとう! ぜひ召し上がれ!」
ミカはすぐにフォークを手に持ち、ケーキを口に運んだ。
すぐにアーモンドの香ばしさが広がり、追っていちごの甘みがやってきた。
「おいしい⋯⋯」
ミカはたまらずもう一口食べた。十字の部分は果物のジャムのようで、濃厚で甘酸っぱい。
「私も食べよっと」
マスターもフォークを手に取り、これまた幸せそうに食べ出した。
そんなマスターのことを見ながら、ミカは薬草茶を飲む。
しっとりして香ばしさのあるケーキの味がお茶によって引き立てられる。同時に、口の中がすっきりするため、またケーキを食べたくなってしまう。
ミカは間髪入れずにケーキを口に入れた。すると、お茶の影響なのかミカはこのケーキがただの洋風のケーキではないことに気がついた。
「ちょっと和菓子っぽいような⋯⋯」
口に出すとマスターはにっこり笑って「分かっちゃった?」と言った。
マスターの話によると、十字部分のジャムにあんこを入れたりとアレンジを加えて、食べ馴染みがあるようにしているのだという。
「ミカちゃんといえば薬草茶のイメージがあったから、それにも合うように少しだけ工夫してみたんだ」
ミカはそれを聞いて、胸が一気に温かくなるのを感じた。
そしてその温かさがどんどん胸から上にのぼってきて、ついには目から溢れてしまった。
それからミカは、ケーキとお茶のおかわりをもらい、マスターとたくさん話をした。
長時間ではなかったが、とても濃い時間を過ごすことができた。
そして涙ぐむマスターに別れを告げて、駅へと足を踏み出した。
その日は雲ひとつない秋晴れの日だった。
まだ紅葉の季節には早いけれど、ミカの目の前には一本だけ葉を真っ赤に染めた木があった。
ミカはその姿に昔の自分を見た気がしてかすかに笑った。
しばし立ち止まった後、意外と時間がギリギリだったのを思い出して、そこから足早に立ち去った。
◆◆◆
吉田アサミは二十二歳。茶色に染めた髪をとかしながら今日も仕事に精を出す。
社会人に慣れてきたけれど、最近うまくいかないことも増えてきた。
仕事では求められることが多くなったし、二年前から付き合っている恋人とは喧嘩ばかりだ。
おかげでせっかくの休日も心が休まることはなく、疲れが溜まってきた。
どうにかしたいと思うのだけれど、どうしたらいいのかも分からずに、ただ目の前のことをこなすだけで精一杯だ。
頑張っていることに間違いはないのだけれど、物足りないのはなぜだろう。
そんなアサミの様子に気づいたのか、心配そうな顔で声をかけてくれる人がいた。彼女は三ヶ月前に転職してきた人で、アサミが密かに憧れている三つ年上のお姉さんだ。
結婚を機に仕事を変えたようだけれど、もう職場に馴染んでいる。いつも前向きで、色々な仕事を頼まれているはずなのにささっと全てを片付けて、みんなに一目置かれている。
声をかけられたアサミが「実は⋯⋯」と相談すると彼女はしっかり聞いたあとでこう言った。
「今日の仕事の後は空いている? 一緒にカフェに行こうよ」
こんな人が連れて行ってくれるのはきっとオシャレな場所だと決め込んで、アサミはすごい勢いで頷いた。
あっという間の帰宅時間、へとへとになったアサミはお姉さんに連れられて、喫茶店にやってきた。
思っていたよりは落ち着いた雰囲気の店だと思いながらも、言われるがままに座ったアサミは周りをきょろきょろしながら聞いてみた。
「おすすめはなんですか?」
「メニューを見て、自分の体が欲していそうなものを頼んでみるのが良いと思うよ。もし思ったのと違ったら一緒に飲んで笑おうね」
アサミは初めて聞くことに目を丸くした。でもお姉さんが明るく笑う顔を見ているうちにそうするのがあっているような気がしてきた。
「ミカさんは何にするんですか?」
「うーん。私は⋯⋯フラットホワイト!」
アサミはついミカと同じものを頼んでしまった。
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こちらで完結になります。
お読みいただきありがとうございました!
きっとここにしかない喫茶店で 藤花スイ @fuji_bana
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