第3話 (最終話)笑顔の写真。戻った光。

それからの日々は40を過ぎているのに年甲斐もなくはしゃいだ。

外出時と帰宅時にキスをした。

食事もいつもより時間をかけて食べた。

無意味に名を呼んで名を呼び返してもらった。


そして義務感も何もなく愛情のみで行為をした。


2週間して退院の連絡を忘れていたので2人で実家に顔を出すと美空さんがトイレに行っている間に母からは「今更?まあ、昴が幸せならいいけど」と言われ「うん。時間がかかったけどここからやり直す。薫が家を出る前にきっかけをつくってくれていたらしい」と説明をした。


そして美空さんが戻ってきた時、俺は「ひとつ恨み言を言わせて」と言って仏壇で薫と仲睦まじく映る父と目の前の母を見て「恨み言は沢山ある。でも美空さんのおかげでそこまではない。でも薫は俺と美空さんの息子で俺たちより先に喜んだり俺たちがする前に何かをしてくれた事は正直嫌だった。代理で子供を産んだみたいで苦しかった。そしてこれが言いたかった事…俺は薫に晃と名付けたかった。でも我慢をした。それは父さん達からしたら俺のお節介と言うかも知れないが、俺がお節介をしてしまうまで父さん達が俺と美空さんを追い込んでいた。だから今日は退院の報告の他にそれを言おうと思ってきた」と言った。


母は「そうね。ごめんなさい。私達は本来薫の事では脇役なのに主役のようにはしゃいで前にしゃしゃり出ていたわね」と言うと美空さんにも「美空さん、ごめんなさいね。昴をよろしくお願いします」と言った。

美空さんは涙を流して「はい。これからよろしくお願いします」と言った。



その日は珍しく母から夕飯に誘われて食事に行く。

母が店員さんに携帯を渡すと3人で並んだ写真を撮った。


母は「よく撮れてるわ」と言った後で「ふふ、後で薫に送っておくわ」と言うので俺が慌てて「ダメだよ!」と制止した。


不服そうに「あらなんで?」と言った母に美空さんが申し訳なさそうに「来週…薫の住まいに手術の報告がてら2人で行こうって昴さんと…」と言う。

母は俺達の目論見を理解して「あら、じゃあ到着したら教えて。2人がチャイムを鳴らす数分前に送っておくわ」と言って嬉しそうに笑っていた。



薫は翌週驚いていた。

貰った住所にあるアパートが見えた時に母に連絡をする。

薫の家の前でチャイムを鳴らそうとした時、家の中からは「はぁぁ!?父さん!!母さんと婆ちゃん!?なんだこれ?」と聞こえてきた。


俺は笑いながらチャイムを鳴らし鼻を摘んで「宅急便でーす」と言うと防犯意識の足りない薫は「はーい!」と言いながら扉を開けた。


「やあ!防犯意識が足りないよ。まずはチェーンをするように言ったよね?後はちゃんと宅急便か見ないとダメだよ」

数分前に携帯に届いた写真を見ていたせいで理解が追いつかない薫は「父…さん?」と言って固まる。

玄関の死角から顔を出した美空さんが「本当、ダメよ薫。昴さんの教えは守ってよね」と注意をすると薫は「え?母さん?」と言って俺と美空さんの顔を交互に見て口をパクパクとさせていた。


俺は時計を指さして「もう昼だよ?用事がなければお昼行こう。着替えなよ」と言うと薫は「え?えぇ!?婆ちゃんから写メ届いて、3人でニコニコ…えぇ!?」と言って未だに混乱している。そこに美空さんが前に出てきて「ほら、薫。折角だから私と昴さんと3人でご飯行きましょう?」と誘っていた。


俺は美空さんから薫の話を聞いた。

そして薫の話で美空さんが奮起してくれた事を聞いた。


薫はすぐに言葉の意味と状況を理解して初めて見せる笑顔で「うん!すぐ着替えてくる!虫入ると嫌だから中入っててよ!後さ!肉!肉食べたい!お金って足りなくなると怖いから米ばっかりで肉食べてないんだよ!」と言って着替えを始める。


美空さんは中に入ると「女の子の気配はなし、真面目なところは昴さんに似てくれて良かったわ」と言いながらキッチンを見て「でも女の子の気配があった方が良かったかも…。お皿を溜めすぎよ薫」と言う。

俺はプライバシーに配慮して大人しく玄関で薫を待った。


すぐに着替えてきた薫に美空さんが「薫、鍵貸して。洗濯物も溜めすぎ、洗濯機回すわ。昴さんとお店決めて歩いていて」と言う。


薫は子供の頃から好きだったキャラクターのついた鍵を渡して「父さん、肉行こう!」と言って俺を引っ張る。


「そんなに腹減るまで我慢をするなら電話をするなり帰ってくるなりしていいんだよ?」

外に出てそう言う俺に薫は「母さんのラストチャンスだから帰りにくかったんだよ」と笑う。


俺は足を止めるときちんと姿勢を正して成人した息子を見て「薫、それは美空さんから聞いたよ。全部お前のおかげだって、俺もそう思う。ありがとう」と言って頭を下げると薫は涙目で「当然だよ。で、やり直しってどう?」と聞く。


「悪くない。毎日が楽しいよ」


これに薫は「へへ、良かった。父さん、俺もやり直せるかな?」と言う。


「勿論だよ。3人でやり直そう。そして薫が恋や結婚に前向きになれるような家族になろう」

この言葉に薫は喜んだ後で「父さん、父さんの初恋は?」と聞かれた。

コイツは昔から何回も聞かれて答えてない話題だった。


「母さんにも聞かれて答えてない。保留」

「えぇ!?男同士って事でさ!ね?」


あんまりにも食い下がる薫に「なんでそんなの気になるんだよ」と聞くと「だって父さんならきっと素敵な恋愛してたと思うんだよ」と言って薫が顔を覗き込んでくる。その顔は美空さんによく似ている。


素敵な恋愛か、亀川 貴子はそれを聞いてなんと言うだろう。

鶴田 昴は21歳の時、亀川 貴子に恋をしましたと言ったとしたら「私は別に昴ちゃんとは…。そもそも昴ちゃんはタバコがダメじゃん」と言うかもしれない。

ここで俺は亀川 貴子、現在は田中 貴子にメールを送り忘れていた事を思い出したがまあいいやと思う事にした。


取り返しのつかない所。

妻と子を持った所。

昔亀川 貴子が言った家族がいるから昴ちゃんはダメで鶴田くんなんだという言葉の通りだろう。

家族優先で間違いはない。

そう思うとやはり亀川 貴子は凄い女性だった。



俺たちはチェーン店のステーキハウスに入る。

薫は「2人とも俺に感謝してる?」と聞きながらステーキをお替りしていた。

そして混んでいるのに店員さんに頼んで3人の写真を撮ってもらうと母に送りつけていた。

俺にも送って貰うと初めて家族3人が笑顔で写真に収まっていた。

嬉しくて年甲斐もなく待ち受けにした。

美空さんも待ち受けにしていて薫は「俺はしないからね」と嬉しそうに呆れていた。



ちなみにその後で手術の事後報告をしたらメタメタに怒られた。

「はぁ!?俺は父さんの大病も知らずに手術の日に何も知らないで呑気に学校行ってたわけ!?それっておかしくない?母さん!?」

「ほら、折角奮起したのに薫が帰ってきたらダメだなって思ったのよ。だから昴さんにも、薫はまだ言わない方がいいですよ。心配で帰ってきてしまいますって言ったのよ」


薫は美空さんがここまで変わるとは思っておらずに目を丸くした後で「父さん、とりあえず傷見せてよ」と言ってきて手術痕をみて「うわ…、俺もタバコ嫌いだから気をつけるよ」と言っていた。


溜まっていた洗濯物を干した美空さんは「さ、洗濯物も干したから帰りましょう昴さん」と言う。まだ15時前で薫は「え?母さん達もう帰るの?」と言っている。


「そうよ。ここに居たら夜もお肉になっちゃいそうだし」

「えぇ!?つまんないじゃん!夜は肉じゃなくて寿司にするよ!」


俺達のせいでもあるのだが、薫は美空さんと話す時は聞き分けのいい子だった。

それがこうやってワガママを言うのは新鮮だった。


「薫…、一人暮らしして変わったな」

「変わるってさ!父さんと暮らしてた時って生活レベル高かったんだって気付かされたよ!」


そんな薫には美空さんが「夏休みに何日か帰ってきなさい。今度は天宮のおじいちゃん達にたかりに行きましょう」と言って諦めさせていた。



先日、美空さんは天宮のお義父さんに電話で報告をした。

お義父さんは泣いて喜んでくれてようやく肩の荷が降りたと言っていたらしい。


未だにバブルの亡霊と呼んでいるお義母さんとは話していないが薫を連れて和解の第一歩を歩もうとしている。


「ふふ。昴さん、実家に行ったら高校から先のアルバムを見てね」

なんでも堂々とお義母さんの前で広げて慌てさせてから俺が全部知っている事を伝えてやるらしい。


報告で言えば沖田 海さんとは一度手紙を送り合った。

美空さんはきちんと今までの事をもう一度謝ってから俺に全てを話し、20年かかったがここからやり直したいと書いていた。

俺は何も知らずに20年も過ごしていた事、美空さんの夫として妻の不始末を謝った。


返事にはもう無縁仏なんて考えないから安心してほしいと言う事、美空さんを祝福する言葉、そして俺には「心配になる程いい人すぎる」と言った言葉が書かれていて最後には「美空さんは面倒な所が多いけど頑張って」とあった。




薫の家から地元に帰ってくるともう夕方だった。

日は伸びていて18時でも明るい。夕焼け空が俺達を出迎えた。


駅を出た時に夕焼け空を見てこんなに夕焼け空は赤かっただろうか?と思った。

何かあったのかと疑ってしまう。


急に夕焼け空が赤く見えた事を不思議に思った俺は腕を組む美空さんに「なんか今日の夕焼け空は赤くないですか?」と聞くと美空さんは謝ってきた。


「私が昴さんの心を傷つけたから、だから気づけていなかったのよ」

そう謝る美空さんに俺は「ありがとう美空さん。美空さんのお陰でまた夕焼けが赤いって気づけたよ」と言うと美空さんは腕に力を入れて「早く帰ってのんびりしましょう」と言ってきた。

顔を見たら瞳を潤ませて愛おしそうに俺の腕に頬を寄せてくれていた。

その顔を見た時に俺も愛おしさがこみあげてきたので「そうしましょう」と言って歩き始めた。

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戻った光。 さんまぐ @sanma_to_magro

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