203号室

口羽龍

203号室

 七海は大学生。今年の春から大学生になったばかりだ。七海の家庭はそんなに裕福ではなく、上京するにあたっては都内で一番安いアパートに住む事になった。古くて汚いけど、貧しいから我慢だ。抵抗できない。


 今日から入居する七海はアパートにやって来た。そのアパートは今から60年前に建てられた。やや古ぼけてはいるが、住んでいる人は多少いる。だが、みんな老人ばかりだ。


 七海はアパートを見上げた。アパートは木造だ。まるで自分の実家を大きくしたようだ。もっと清潔な所に住みたい。だが、家計が厳しいから、ここにするしかない。


 七海はアパートに入った。入口には年老いた女性がいる。大家のようだ。女性は優しい顔だが、どこか不気味だ。大家は新聞を見ている。


「今日からお世話になります、沢井七海と申します」


 その声を聞いて、大家は新聞を読むのをやめた。


「ああ、沢井さんね。ようこそいらっしゃいました」


 大家は笑みを浮かべた。だが、どこか不気味だ。それに七海は気づかない。そんな人なんだろうと思った。


 2人は2階に上がった。階段は木造で、実家の階段と似ている。古いだけで、そんなに不気味だと思わない。

 2階にやって来た。廊下は誰も歩いていない。床は板張りで、ミシミシと音を立てている。


 その奥にある部屋が、今日からお世話になる部屋だ。部屋の番号は『203』。入り口のドアは木製で、鍵がかかっている。


「こちらでございます」


 大家は持っていた鍵で部屋を開けた。七海は部屋に入った。部屋は4畳半1間で、中にはすでに用意してあった家具が用意してある。


「ありがとうございます」


 七海はお辞儀をして、ドアを閉めた。今日からここで住む。そう思うと、古くてもワクワク感がある。


 七海は窓を開けた。人通りはそんなに多くない。駅からもそんなに遠くない。ここなら楽しい東京での生活が送れそうだ。




 午後8時頃、辺りが暗くなった。とても静かな夜だ。ここなら勉強も集中できるだろう。


 七海はラジオをつけた。今日は毎週楽しみにしている男性アイドルのラジオだ。毎週聴いているが、この部屋で聴くのは初めてだ。どこか新鮮に感じる。


「そろそろ時間だな」


 午後8時、ラジオが始まった。好きな男性アイドルの声が聞こえる。それだけで笑顔になる。


 だが、しばらく聞いていると、変な音が聞こえた。女の悲鳴のようだ。誰かが殺されているんだろうか? それとも襲われているんだろうか?


「ん? この音何かしら」


 七海は首をかしげた。どうしてこんな音が聞こえてきたんだろうか? もしかして、心霊現象だろうか?


 突然、誰かが入ってきた。ドアの音に気付き、七海は振り向いた。


「キャッ!」


 七海は驚いた。だが、そこには大家がいた。相変わらず不気味な表情だ。何度見ても気味が悪くてびっくりする。


「どうかしましたか?」

「いえ、何でもありません」


 七海は笑みを浮かべた。変な音を聞いたなんて、誰にも言いたくない。


「そうですか・・・」


 大家はドアを閉めた。七海はほっとした。この大家は何者だろう。ひょっとして、オバケなのでは? いや、そんなわけない。


「なんだかこの部屋変だなー」


 七海は首をかしげた。このアパートの大家と言い、今さっきの雑音と言い、この家には何かがある。だが、安いマンションだ。我慢しよう。




 次の日、七海は近くの道路で友人と話をしていた。昼下がりで人通りは少ない。とても静かだ。


「どうしたのよ、七海」


 友人は七海の表情が気になった。七海が何か悩んでいるようだ。だが、何も言おうとしない。悩んでいる事があるなら話したらいいのに。


「今度、新しいアパートに引っ越したんだけど、昨夜、ラジオから変な声が聞こえてきて」


 七海は嫌な予感がしてきた。自分は狙われているんじゃないのか?


「そう。変だよね」


 七海はアパートの前で立ち止まった。友人はそのアパートを見て、驚いた。こんな古ぼけたアパートが東京に残っているとは。


「ここなんだけど」

「古くて不気味な所ね」


 友人は怪しそうな雰囲気がした。いかにも幽霊が出そうだ。自分だったらここに住まない。住んだらとんでもない目に遭いそうだ。


「安かったからね」


 七海は残念そうに答えた。だが、家族の事も考えるとここが一番だ。耐えるしかない。




 その夜、七海は部屋に戻ってきた。今日は都内を散策してきた。まだまだわからないことだらけだが、これから慣れてくるだろう。


「はぁ、今日も疲れたな」


 七海はバッグを床に置き、畳に寝ころんだ。今日1日疲れた。明日はあまり外に出ず、ゆっくり休もう。


 その時、家の黒電話が鳴った。母親からだろうか? 七海は受話器を取った。


「もしもし」

「七海?」


 七海はほっとした。母親だ。母親が心配してかけてきたようだ。


「あっ、お母さん」


 七海は肩の力を抜いた。母親の声を聞くととても安心できる。


「どうしたのかなって思って電話をかけたの」

「ふーん」


 七海はこの家で起きた不可解な現象の事を言いたかった。だが、弱音をはいてはいけない。だからと言って引っ越したいと言いたくない。この家は貧乏だから我慢しなさいと怒られるに違いない。


「安いけど、うちは貧しいんだから、それでいいでしょ?」

「うん」


 何度も聞いた事だ。七海は落ち込んでしまった。もう聞きたくない。もっと稼いで豊かな生活をしたい。そうすれば、こんな事言われなくなるだろう。


「頑張って稼いで、豊かな・・・」


 だが突然、女のうめき声が聞こえた。明らかに母の声じゃない。別の人の声のようだ。


「キャッ!」


 七海は思わず叫んでしまった。一体、何が起こったんだろう。七海は放心状態になってしまった。


「大丈夫?」


 母の声だ。七海の悲鳴を聞いて、母が心配したようだ。七海の身に何が起こったんだろう。


「な、何でもないわよ」


 七海はごまかした。自分は何ともない。こんな古ぼけたアパートに住む事になったけど、不平不満を言ってはならない。


「そう。ならいいわ。おやすみ」

「おやすみ」


 電話が切れた。七海は黒電話を置いた。七海は首をかしげた。今さっきの声だ何だろう。昨日のラジオの雑音と言い、この部屋では何かが起きる。ひょっとして、幽霊だろうか?


「はぁ・・・」


 七海はため息をついた。こんな所で何年も生活しなければならないと思うと、気持ちが沈んだ。こんな生活耐えられない。もっと稼いで清潔な部屋に引っ越したい。


 突然、七海は誰かの気配に気づいた。七海は振り向いた。だが、そこには誰もいない。


「な、何?」


 この部屋では何か不可解な事が起きる。早くおはらいしてほしいな。


 その時、七海は誰かに腹を刺された。七海は振り向いた。そこにはナイフを持つ女がいる。その女は肌が白く、まるで幽霊のようだ。不気味な目で七海をじっと見ている。


「キャー!」


 それから間もなくして、七海は意識を失った。女はその様子を見ている。女は殺す事をどうと思っていないようだ。


 それから間もなくして、1人の女が入ってきた。大家だ。大家は死んだ七海をじっと見ている。どうやら大家も協力者のようだ。


 聞いた話では、このアパートはすでに廃屋となっていて、大家は10年ぐらい前に死んでいたという。どうしてこんなアパートが物件にあったのか。その真相は明らかになっていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

203号室 口羽龍 @ryo_kuchiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説

黒猫

★12 ホラー 完結済 1話