峠の龍

口羽龍

峠の龍

 峠道のヘアピンカーブを軽のオフロードカーが進んでいく。この峠、高柿(たかがき)峠は江戸時代、街道のルートとして栄え、多くの人が行き交った。だが、鉄道ができ、沿線が過疎化すると、高柿峠は寂れ、ここを通る人や車は全くと言っていいほどいなくなった。


「うーん、疲れたな。今日はここで寝ようっと」


 勝則は寝る準備を始めた。後部座席は収納されていて、寝袋が用意されている。この中で寝る予定だ。


 その時、1匹の青い龍がやって来た。その龍はどこか寂しそうな表情だ。勝則はその事を知らなかった。


「ねぇ」


 誰かの声に気付き、勝則は振り向いた。こんな山奥に誰かいるのかな? だが、そこにいたのは、人間ではなく青い龍だ。こんな所にどうして龍がいるんだろうか?


「ん?」


 勝則は首をかしげた。どうしてここに来たんだろう。


「どうしたのここで」

「疲れたし、向こうの町までしばらくあるからここで休もうかなと思って」


 勝則は眠たそうにしている。遠くまでドライブして、今日は疲れた。早く休もう。


「ふーん」


 それを聞いた青い龍は嬉しそうだ。ここに誰かがいるだけでもほっとする。


「君、誰?」

「ここにあった高柿という集落の守り龍だよ」


 その青い龍は、高柿峠の頂上付近に会った高柿という集落の守り龍として、集落を見守ってきたという。


「ふーん」


 勝則はその話を聞いていたが、つまらなさそうな表情だ。興味がないようだ。


「この高柿峠の頂上付近には集落があったんだ。小さい集落だけど、まるでみんなが家族のようで、いい集落だったんだ」


 この高柿峠の頂上には、高柿という集落があった。険しい山の中で交通の便はよくないものの、街道を行き交う多くの人々がここで休み、栄えていたという。だが、若い者は交通の便が悪い高柿を離れ、都会へと行ってしまった。そして、高柿には高齢者しかいなくなった。その高齢者もみんないなくなり、高柿という集落は消滅してしまった。




 高柿は高地にあり、昔から交通の便が悪かった。小規模ながらも畑作が盛んで、この付近の山林で採れるきのこや山菜は特上品が多かったという。


 そんな高柿には昔から龍神様がいて、きのこや山菜がおいしいのは龍神様のおかげだと言われてきた。誰もいなくなったいまでも山菜取りでこの辺りに来る人が多いという。


 高柿には神社があり、その神社に龍神様が祀られ、大切にされてきた。山菜採りに行く前、採ってきた後、この神社にお参りする風習があったという。


「龍神様、今日もおいしい山菜が採れました。ありがとうございます」


 採れた山菜を持ってきた老人は神社に山菜を献上した。老人は感謝の気持ちでいっぱいだ。ここでおいしい山菜が採れるのは龍神様のおかげだ。


 だが、次第に東京などの都会に行く人も増えてきた。だが、そのような人々も龍神様に感謝しているようだ。だが、龍神の願いは、いつまでもここに残ってくれる事。だが、こんな生活環境の厳しい地域では無理に等しい。これが時代の流れだろうか? 本当に悲しい事だ。だが、受け止めなければ。


「龍神様、わたくし、東京に参ります。大きくなって必ず帰ってまいります。期待していてください」


 お参りに来た女は寂しそうだ。いつまでもここにいたいのに。東京での豊かな生活を夢見た自分を許してほしい。だけど、夏休みは年末年始には必ず帰ってくる。その時には必ずお参りする。


 だが、その女の住んでいる家も人がいなくなると来なくなり、そして龍神様は次第に忘れ去られていった。お参りにも来なくなった。そして、神社は寂れていった。だが、龍神はそこにとどまり、ここで人々を待っていた。


 高柿の人口は徐々に少なくなり、老人ばかりになった。盆休みは年末年始になれば、家族の帰省で賑わう。だけど、住んでいる老人がいなくなると、帰ってくる人もいなくなる。たまに訪れるきのこ狩りや山菜採りの人々しか来なくなった。


 ついに高柿は最後の1人だけになった。その老人は龍神様を愛し続け、ここで最期を迎えようと思っているようだ。だが、この女がいなくなると、この集落から人がいなくなってしまう。そうなると、この集落はどうなってしまうんだろう。想像するだけで悲しくなる。だけど避けられない。


「龍神様、ついにこの集落は私1人になってしまいました。この村はどうなるのでしょうか?」


 その思いに、龍神様も同感だ。この集落に残ってほしい。だけど、命には限りがある。自分とは違う。いつかはこの女も寿命が来て、死んでしまうだろう。すると、高柿は消滅してしまう。


 そして数十年前、その女は死んだ。そして高柿から人がいなくなった。それから龍神様は1人ぼっちになった。




 いつの間にか勝則は真剣にその話を聞いてしまった。こんなにも真剣に聞いてしまうなんて。


「そうなんだ」

「いい所だったでしょ」


 青い龍は笑みを浮かべた。賑やかだった頃の思い出を語ると、なぜか心が和んでしまう。


 暗くてよく見えないが、ここからの眺めはとてもよかったんだろうな。


「峠の頂上からの眺め、よかったんだろうな」

「だけど、若い子は豊かな生活を求めてみんなこの集落を出て行って、高齢者ばかりになったんだ。でも、盆休みや年末年始にみんなが集まった時にはとても賑やかだったな」


 青い龍は下を向いた。人がいなくなってとても寂しい。できればまた戻って来てほしい。だけど、こんな険しい所に誰も住もうと思わないだろう。


「ふーん」

「だけど、高齢者が次々といなくなって、盆休みでも全く賑やかではなくなったんだ。そして、最後の1人がいなくなって、高柿は人がいなくなったんだ」


 青い龍はいつの間にか泣いていた。ここの守り神としてやってきたのに、たくさんの人と触れ合いたかったのに、もう誰もいなくなった。


「ここには集落があったから、少し開けているんだね」


 それを聞いていて、ある事に気付いた。峠の頂上の辺りは道や山林が少し開けている。もしかしたらここに高柿があったんだろうか?


「うん。50年ぐらい、僕は一人ぼっちなんだ」

「寂しいよね。わかるよ」


 勝則は青い龍の頭を撫でた。僕にあった事で元気になってほしい。きっとどこかで君を見ている。だから心配しないで。


「もう寝なくっちゃ。おやすみ」

「おやすみ。今夜はありがとね。久々に人に話せて、よかったよ」


 勝則は車に戻った。青い龍は元気な表情で勝則の後姿を見ている。久々に人間に会う事ができて嬉しかったな。少し元気が出てきた。きっとどこかで僕を見ている。だから僕は一人ぼっちじゃないだろう。




 翌朝、勝則は車内で目覚めた。とても静かな朝だ。この辺りには青い龍以外誰もいない。辺りには小鳥のさえずりしか聞こえない。


 勝則は車の外に出て背伸びをした。峠の頂上はとてもいい眺めだ。遠くの街が見える。まるで展望台のようだ。ここに住んでいた人々はこんな風景を当たり前のように見る事ができた。うらやましいな。不便だけど、こんな所に住んでみたかったな。


 勝則は峠を降りて朝食を食べに行こうと思い、車に乗った。と、運転席に座ろうとしたその時、ある物がシートに置いてある。


「こ、これは?」


 勝則は手に取った。それは宝玉のようだ。まさか、あの青い龍がここに置いたんだろうか?


「まさか、プレゼント?」


 勝則は嬉しくなった。今日、会いに来てくれたことに対するお礼だろうか? この宝玉は、自分に幸運をもたらすための物だろうか? だったら、これからいい事がありそうだ。そう考えると、勝則は少し元気が出てきた。

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峠の龍 口羽龍 @ryo_kuchiba

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