第四章 亡骸のイシス

キラゴ・カシナラ


第四章

亡骸のイシス


 その日カーグ領の城である牙と翼の城にはカンザの民が訪れていた。

カンザの民とは導きの目の縄墨により各地の情報を12の領に伝える指名を担っている者たちである。

リオスのカンザの統領、アラーフ・ギーグはその年の地方で起きた出来事を収めた記録書巨石ヒプロの書を携えて牙と翼の城へと向かい、大きな目をぎょろぎょろと動かし道中も常に情報収集を欠かさなかった。

 カーグ領領主、導きの目の一人レビテラ・カーグはジアブロス島での巫女の毒盛の件の対応で神経を尖らせていた。

「プラテイユめ、とうとうここまで狂ったか…あいつが兵を起こすのも時間の問題かもしれん」

レビテラはそう苛立つと親指の付け根の皮をかじった。彼はこれが癖でその皮はとても固くたこのようになっている、物心がついた頃からジウラ領の圧力を受け続けた結果である。

「閣下、アラーフ様がお見えになりましたお通ししても宜しいでしょうか?」

カーグ領宰相、導眼の杖のウラ・ケルゴスがそう尋ねるとレビテラは皮を噛むのを止め目を見開いた。

「忘れていた、今すぐ通せ聞きたいことが山ほどある」

ウラは扉の向こうに待機させていたアラーフをすぐさま謁見の間に通した。

「何やら笑いごとではない程にきな臭いようで…私に渡す情報は吟味して頂きたいものですぞ」

「アラーフよ一年ご苦労だったな、だがこれから始まりみたいなものだ、年の暮れに充分に頭を抱えられるぞ、ようこそ我がカーグ領へ」

「リオスのカンザの統領となって、導きの目と同等の地位を得ましたが嬉しかった日など一度もありませんよ。毎日頭を抱える日々です。

さて、ジウラ領の情報は巨石ヒプロの書に記してあります。手筈通り写しの作業に入っていただいております故、私は記されていないこと以外は口を開けませぬ、重要なことは後日写しを読んでから情報の売買ということで」

「相変わらず形式じみた説明を欠かさない律儀な奴だな、スタークとは大違いだ」

「あやつはカンザに相応しくない、じきに統領を下ろされるべきであります。レビテラ様もお力添えを頂きたいものです。」

「その時はそなたの味方となろう、しかし形式も大事だが我がカーグ領の現状も大事なのだ、一刻をあらそう…プラテイユの奴が兵を挙げているか、挙兵の段取りを組んでいるのかそこだけでも今すぐ教えてくれ」

「…私の口からは伝えられませぬが、この写しをお渡ししましょう」

そうアラーフはレビテラに書簡を手渡した、それを読んだレビテラは歯を軋ませていた。


 牢獄の中のイシスは肌寒い暗闇の中で死を連想していた。それは過去を振り返ることであった。

イシスは生まれながら死の神リアクに呪われていた。彼は時折マディオスの青白い閃光を脳裏で感じる人生を歩んで来たのだ。

「最初に死にかけたのはあの時だ、次はあの時、あいつには二度も殺されかけた…死に場所は自分で決めたい、俺は戦神キラゴに殺された龍の騎士リゲリのように死にたいのだ、今回も失敗だったな…ヒュエイか…あいつなら」

彼はマディオスの閃光に陶酔するように自分の死を時折つぶやくのが癖であった。それは病気とも言えるものであった。


 「…様…」

イシスは何か聞こえたような気がして顔を上に持ち上げた。まだ顎の痛みが染みていた。

「…?何かようか?おおまかなことは先ほど吐いたぞ、あの国に今更義理も無い、聞きたいことがあれば全て吐く、無ければ早く済ませてくれいつになれば死ねるのだ」

「あなたは死を望むのか?違うはずだ、死を望む者がその血筋で生まれるわけが無い」

「お前…誰だ?」

「亡骸に出会ってしまった者です」

暗闇で顔もわからず声も聞いたことが無い。そこに立っている亡霊のような者はそれだけ言うと気配を消していた。

「…死神か?…しかし、かすかに…」

イシスは過去を振り返り先ほどの懐かしさの正体を探ろうとした。しかし叶わなかった、思い出に残るは自分を殺そうとした憎悪に呪われた顔ばかりであった。

「その血筋だと…ふざけたことをぬかす」

しかし、イシスは暗闇に浸る頭の中で一人の光を思い出した。天空の牢獄の人形、ギア・ジウラ。

「あいつは元気だろうか?今一度話をしたかった」

イシスはそうつぶやくとヒュエイとの決闘を夢見て眠りについた。


 ジアブロス島中隊隊長ロエオス・ルターは一日の終わりを静かに見送っていた。

「隊長、ご指示の通り守備体制は整いました」

テレスはロエオスの後ろ姿に報告を終えると、ロエオスの返事を待っていた。

「隊長?…?おーい!」

ロエオスは我に返ったように突然振り返る。

「…テレスか、ご苦労、間もなく戦だ警戒を怠るな」

「…は?戦ですか?」

ロエオスはテレスの胸を突くと再度告げた。

「しっかりしろ!私はじきに中隊長では無くなる、…お前達はキラゴの騎士なのだ誇り高くあれ!」

「はっ!!…、あ、いや、でも何故戦なのでしょうか?それと隊長が隊長じゃなくなる?」

ロエオスはしばらく口を開けていたが、諦めたように語りかけた。

「カーグ領のドラゴンは巫女様を母とし統率されている、その巫女様が現在昏睡状態なのだ、ドラゴンを統率出来ないカーグ領はジウラ領にとって脅威になりうるか?今こそドラゴンを奪いに来るであろう、それが今の現状だ、その現状を防げなかった私は処罰される…どうだ理解したか」

ロエオスはテレスの肩を叩くと更に伝えた。

「お前の出身はスコースだったな、生き抜く為に酷く苦労した、故に教育は乏しかったのは知っている。だからこそお前は強い、だからこそお前はキラゴの騎士なのだ、生きる力を戦神キラゴ・カシナラに全て捧げるのだ、冒涜のジウラを打ち倒す為に」

テレスは拳を握りしめるとロエオスに向かい言う。

「必ずや!キラゴ・カシナラの名誉の為、龍騎士リゲリを称え戦い抜きます!!」

ロエオスはそれを聞きながら、目は牢がある洞窟を見続けていた。心が無いかのように。


 トリロは副隊長カウ・バンと共にジアブロス砦に戻っていた。じきにやってくる牙と翼の城本隊の者とカドル島大隊長を出迎える為である。

「本隊はユニコーンの万薬を運んでくるらしい、あれがあれば巫女様の昏睡状態を解くことも容易だろう」

「国の一大事ですからね、背に腹は代えられないと言う訳ですか」

ユニコーンの万薬、それはユニコーンの一角を原料とし底の塔と呼ばれるフィディラー大陸中央の島にある学術都市マギアで精製される薬である。

この薬を投与された者はあらゆる病、傷を癒すと言われ、事実ジウラ領領主プラテイユ・ジウラはこの薬で138年という長い寿命を得ているのである。無論とても高価な代物でジウラ領以外の領地がこれを手に入れるのは容易では無いのである。

 砦には松明がいたる所で燃え盛り、あたりはまるで祭りの前のように熱気が渦巻いていた。

トリロは夜襲を警戒しつつその場の雰囲気を少し楽しんでもいた。

「ジウラ領が仕掛けるとしたら今夜の可能性が高いですね、私が奴らならユニコーンの万薬を狙うでしょう、巫女に正気が戻れば奴らに勝機は無いですから」

「どうだろうな、ドラゴンは夜目がきかない、この混乱さえ手に入れば奴らの目的は手に入るのかもしれぬ」

カウはそう言いつつもトリロの洞察力に関心していた。

「トリロ、今回の件正直どう思っている?腑に落ちないと言っていたな」

「何一つ考えが纏まらないですね、捕虜のイシスと言う男に尋問をかければ全てを吐く始末、あやつの言う限りではジウラ領領主の命で契りの者の代替用にドラゴンを調達しに来たとのこと、およそ神話の所業の譫言のように感じましたが相手はプラテイユ・ジウラ、狂人と知られるあの者なら契りの相手をドラゴンにすることなど出来なくてもやろうとするでしょう、それは腑に落ちるのです。しかし巫女様の件、これに関してはイシスは何一つ知らされていなかったようです。私が直に尋問しました、あやつは嘘はついていないでしょう。なら何故巫女様は毒を盛られたのか?プラテイユの指示では無いのかもしれません…」

「なるほど、敵はジウラと決めつけていては事が取返しのつかないことになるやもしれんな…」

「剣の神大蛇のオクトバスはこのジアブロス島で宝玉ブレジオスを手にしました、その時双頭の龍アナンにこう尋ねたそうです、お前はこの宝玉に狂うはずだ、カドルよりも欲が二つあるのだからと、アナンはその後呪いを絶ちオクトバスの弟子となることが出来ましたが、宝玉ブレジオスの呪いはまだこの島に残ってるのかもしれませんね」

「呪いで片づけては諦めるしか無いではないか、戦神キラゴは正しき道を切り進んだのだ我らも後を続くしか無いのだ、そのような考えはキラゴの騎士として相応しく無いぞ」

「…そうですね」

トリロはそう答え、暗い海を眺め不吉な予感を感じつつそれが何なのか想いを巡らせていた。

「宝玉…、赤い真珠…そうか、敵の狙いは…!?」


 ドラゴンの島の女王が頂きで咆哮すれば、配下のドラゴン達は集まり崖山を覆いつくす。遠目から見ればそれは古の底の塔の巨人を彷彿とさせる恐怖そのものである。

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キラゴ・カシナラ うぇど @wed37927

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