第8話 ハーメルンの笛吹き

 むかしむかし、ある所にハーメルンという名の町がありました。

 その町ではしばらく前からネズミの増加に町民が頭を悩ませていました。

 普段ならばドブや下水に潜んでいるはずのネズミが、そこらの通りや家の片隅で多く目撃されていたのです。


 ある家では食糧を齧られる。


 道の端に置いてあった荷箱に穴を開けられる。


 ある者は夜中に天井を走り回る足音に眠れない夜を過ごす羽目になるなど、被害がじわじわと増えていたのでした。

 ハーメルンを治める領主も、被害金額が増えるのを黙って見ているわけにはいきません。

 急いで手を打たなければ町民たちの不満が募り、一揆を起こされてしまうかもしれないのですから。

 領主は兵士にネズミの駆除や捕獲を命じました。

 ところが、処理能力に対してあまりにもネズミの数が多く、領主のとった対策はまったく効果をあげられませんでした。

 ハーメルンの町に妙な男が現れたのは、そんな時でした。


「ネズミをなんとか出来るというのは誠か?」


 どうしたものかと頭を抱えていた領主は、目の前で膝をつく男を不審そうに眺めます。


「はい、領主さま」


 鷹揚に頷く男は、とても奇妙な格好をしていました。

 赤黄緑と派手な色で全身の服を染めており、どこぞのサーカスのピエロかと見間違うド派手な服装をし、大きな笛を手にしていたのです。


「私に任せていただければ、今町を騒がせている問題をすぐさま解決してさしあげましょう」


 慇懃無礼な喋り方に怪しい見た目と、胡散臭さの塊みたいな男の申し出に領主は素直に頷けません。

 ですが、現状で手は打ち尽くしており、他に良い案もありません。

 ならばダメで元々と、領主は男の提案を受け入れる事にしました。


「さすが領主さま、決断が早くていらっしゃる」


「お世辞はよい。ただし、結果はきちんと出してもらうぞ」


「はい。その代わり、結果に見合うだけの報酬をお願いいたします」


 男はにやりと笑うと、領主のもとを去っていきました。

 その足で町の中央にある広場へ来た男は、町民のなんだコイツは、という視線をスルーしながら、手にした笛をかまえます。

 そしてひと吹き、曲を奏で始めるのでした。

 下手ではないが上手くもない、キレイでもないが不快でもない、そんな不思議な音色が町中を巡っていきます。

 やおら男は歩き出しました。

 すると、その後を追いかけるように、町のあちらこちらからネズミが続々と飛び出して来たのです。


「ひぃっ!?」


 道を埋め尽くす勢いのネズミの数に、町民は棒立ちになってしまいました。

 男はそんな彼らを横目に、ネズミを従えるように引き連れたまま、町から出て行きました。

 そのまま歩き続け、近場にある川に到着した男は、笛の音色をすこし変えます。

 すると、ネズミがどんどん川へと飛び込んでいくではありませんか。

 泳ぐ事もせず、次々と流されて行くネズミ。その内体力が尽きてみんな息絶えてしまいました。

 男は生き物を笛の音色で操ることが出来るという特殊能力を持っていたのです。

 報酬をもらうために領主の屋敷へと向かった男でしたが、信じられない言葉を投げられます。


「報酬を支払わないですと?」


 そう、自分の懐を痛めたくない領主は、あろうことか男との約束を反故にしたのでした。

 曰く、男の笛の音でネズミがいなくなったのは偶然ではないのか。

 曰く、本当はネズミが町に増えたのは男のせいなのではないか。

 何がなんでも報酬を支払いたくないケチな領主は、さまざまな難癖を付けると、最後には男を屋敷から追い出してしまいました。


「なんというヤツだ!」


 怒り心頭に発した男は、手にある笛を吹き鳴らしながら町中を歩いて行きます。

 ネズミはすでにいなくなってしまったので、町に戻す事は出来ませんが、ならば今度は別の生き物を町から連れて行けばいいと考えたのです。


(思い知るがいい!)


 その為に男が選んだのは、子どもでした。

 別に男がショタコンやロリコンだったからというわけではありません。単に小さい方が笛の音で操りやすいだけなのです。


 本当ですよ。


 笛を吹きながら町中を歩き回り、やがて外へと出た男は満足げに振り返ります。


「ふふっ、これで領主も報酬を……ん?」


 しかし、男の後ろを着いて来ているはずの子供たちの姿は影も形もありませんでした。


「私とした事が、失敗したのか?」


 もう一度笛を鳴らしますが、町からは誰も出て来ません。

 ムキになった男はこれでもかと全力で笛を吹きますが、いくら青筋をたてようと変化がありません。

 その内男は酸欠を起こしてしまい、倒れてしまいました。

 気絶した彼は知らなかったのです。


 少子高齢化が進みまくったこの町には、子どもがただの一人もいないという事を。




 おしまい

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世界迷作劇場 森嶋貴哉 @takayamorishima

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