第7話 ウサギとカメ
むかしむかし、ある所にウサギとカメがいました。
ウサギはとても足が速くそれを常に自慢しています。一方のカメはのんびりした性格で足も遅いです。
そんな二匹がなんの因果か、マラソンで競走する事になりました。
「カメくん、言っちゃなんだけど、オイラはかけっこでは誰にも負けたことがないんだ!」
「ウサギくんは確かに足は速いかもしれない。でも、ボクだって負けるつもりはまったくないよ!」
自信満々のウサギに対して、カメも譲りません。どちらも自分が負けるだなんて、1ミリも考えてはいないようです。
「ウサギくんもカメくんも、準備は良いかい?」
スターターを務める小鳥が白線の横に立ちました。ウサギとカメは並んで構えると、小鳥に頷いてみせます。
二匹のやる気に溢れた表情を確認した小鳥は、右手の羽根を空へと垂直に伸ばし、
「いちについて、よーい、ドン!」
振り下ろすと、まずはウサギがスタートダッシュを決めました。大きな後ろ足でピョンピョンと跳ねるように地面を蹴り付けます。
その後ろでは、カメがゆっくりと歩みを進めていました。一歩一歩着実に地面を踏みしめる様は、どう見ても走っているようには見えません。早歩きですらありません。
えっ、これ大丈夫?
スタートを見守っていた他の動物たちは、ウサギとカメのあまりの速度差に不安になります。
目の前をのんびりと(カメ的には違うかもしれませんが)歩くカメに対して、ウサギの背中はどんどん小さくなって行きます。
どうポジティブに想像しても、カメが勝てるビジョンが見えてきません。絶望したカメがリタイアする姿がまざまざと浮かんでしまいます。
「「がんばれ、カメくん!」」
動物たちは声援を送りますが、どれだけ効果があるのやら。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
カメだけではなく、他の動物にも自分の速さを見せつけようと、ウサギは速度を緩めることなく走り続けていました。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
自らの優位性を知らしめ、他の動物たちにスゴイスゴイと褒められ讃えらたくて仕方ありません。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
自己顕示欲と承認欲求を満たすために必死に足を動かすウサギでしたが、速度に比例して持久力はさほどないため、徐々に息が上がってきました。
「ふいぃーーっ。ここまで走ればいいよね」
なので休憩がてら足を止めると、くるりと振り返ってみます。やはりと言うかなんと言うか、カメの姿は遠過ぎて影も形もありません。
ほっとしながら脇の草むらに座り込みます。
(しばらくは追い付かれたりしないだろうし、もうちょっと休もうかな)
目を閉じ、息を整えると、いつの間にかウサギは眠ってしまっていました。昨夜はこのマラソンが楽しみすぎて、遅くまで眠れずに寝不足だったのが原因です。幸い、目が赤く充血していても、元が真っ赤なので誰にも気付かれることはありませんでしたが。
「ぐぅ、すぅ」
「あの、ウサギくん?」
「はっ!」
誰かの声で目を覚ましたウサギがバッと起き上がると、そこにはカメくんがいました。
「まだレース中だから、居眠りはしない方が良いと思うよ」
「え、ああ、うん。ありがとうカメくん」
ポテポテと通り過ぎて行くカメを見送りながら、ウサギはゴシゴシと目を擦ります。
(あぶないあぶない。危うく寝過ごして負けちゃうトコだった……)
もしもカメが声を掛けて起こしてくれなかったら。
もしもカメがゴール直前で目覚めていたら。
それどころかゴールしても起きられなかったら。
想像するだに背中が総毛立つようでした。
「ありがとう、カメくん」
緑の背中に向かい、再度呟きます。勝負の相手ですが、感謝は忘れるわけにはいきません。
ですが、それはそれ、これはこれ。
「ふんっ!」
休憩して体力も戻ったので、力強く走り出します。
「お先にっ!」
すぐにカメを追い抜くと、ドンドン差を広げて行きました。
「ハハハハハ!」
ちょっと油断しましたが、ウサギが本気を出せば、順位はすぐにひっくり返せます。
もうさっきみたいな不様は見せられません。そのために全力で走り続けたウサギは、
「ハーッ、ハーッ……」
バテていました。地面に手を付き喘ぎます。
(ちょっ、ゴールまだぁ⁉︎)
頭を上げますが、道の先にあるはずのゴールテープはまだ見当たりません。
「げっ⁉︎」
自らの荒い息でうるさい中、ふと聞こえた足音に後ろを見れば、カメが追いついて来ていました。
「くっそーっ!」
追い付かれてなるものか、と足を動かします。軽快さがだいぶ減っていますが、それでもカメより何倍も速く進みます。
「ヒーッ、ヒーッ……」
またバテてしまいました。当然、先程よりも早いです。心臓がドンドコドンドコ言ってます。
「もうっ!」
やっぱりゴールテープは見えません。そして、
(あぁ、来ちゃったよ!)
緑色が視界に入って来ました。距離はあるので見えてもすぐに近付いて来るわけではありませんが、変わらぬペースで確実に迫って来ます。
「もうちょっとの、辛抱だ!」
たぶん。
自分に言い聞かせ、重い足を無理矢理動かして走ります。ですが、いくら走ってもゴールが見えて来ません。
まだか、まだなのか。
「ヒューッ、ヒューッ」
まだでした。
疲労に抗えなくなったウサギは、もはや立っているのもままならず、地面に倒れ込んでしまいました。
呼吸もかすれてちょっとヤバい感じになっています。
そんなウサギへと、迫り来る緑がいました。
カメです。
飄々とした顔で、ゆっくりゆっくり歩いて来ます。ウサギと違って辛そうな様子がまったくありません。
(えーっ、ちょっと、なんでカメくん平気なの?)
こっちは息も絶え絶えで死にそうなのに。いや、本当に死にはしないけれど。
走るたびにバテている自分に比べて、ひたすら一定のペースで歩き続けるカメの姿は、何故か実物より巨大に見えてしまいます。
(いやいやいやいや、そんなわけない)
負けず嫌いのウサギは、妙な妄想を振り解きます。
膝に手を置いてなんとか起き上がると、
「よし」
一歩を踏み出しますが、二の足が出ずに顔面から倒れ込んでしまいました。
「ぶっ!」
そのままウサギが動けずにいると、やがてカメが側に来ました。妙な体勢で倒れているウサギを不思議そうに見つめます。
「あれ? ウサギくん、どうしたの?」
無言。
「ウサギくん? もしかしてまた寝てるの?」
またもや無言。ですが、手をヒラヒラと振って寝てはいない事をアピールします。
「…………っ」
「え?」
小声で何かを呟くウサギでしたが、地面に吸収された上にくぐもってしまい、カメはちゃんと聞き取れません。
「………っぷ」
「え?」
カメは耳をウサギの口元へと寄せます。
「ギブアップ」
こうして、ウサギは自分から棄権してしまい、カメの勝ちが決まったのでした。
「よしよし」
思わぬ形で勝ちを拾って喜ぶカメと、自信満々だったのに負けて打ちひしがれているウサギ。そんな二匹を空から眺めながら、小鳥は満足そうに笑います。
「いやぁ、予定通りに行って良かった良かった」
もし普通のマラソンだったなら、ウサギが勝利していたでしょう。いくら何でも基礎能力に差があり過ぎます。
ですが、マラソンの距離を超長距離にしてしまえば。速さではなく、持久力勝負に持ち込むことが出来れば、カメの勝つ確率はグンと上がります。
事前に距離を知らせず、単に『道の先にあるゴールテープを切った方が勝ち』とぼやかして誤魔化した甲斐があったというものです。
「これで……うひひひ!」
何を想像しているのか、とても嬉しそうに、でもイヤらしい声で笑みを浮かべる小鳥。
果たして、本当の意味で勝ったのはどちらだったのか。
それは誰にもわかりません。
めでたし、めでたし。
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