第6話 ジャックと豆の木

 むかしむかし、あるところに、ジャックという名前の少年がいました。

 父親はすでに亡く、母親とふたり手を取り合って暮らしています。

 畑を耕し、牛のミルクを売りながらの生活は、決して裕福とは言えませんが、親子ふたりが日々の糧を得る分には問題ありませんでした。

 そんなある日のこと、


「ジャック、ちょっと良いかしら」


「なに、お母さん?」


 ジャックは母から声を掛けられます。高齢になった雌牛がミルクを出せなくなってしまったため、売りに出して欲しいというものでした。


「わかった。行ってくるね」


「気を付けて。余計な物を買わないようにね」


「はーい!」


 ジャックはひとりで雌牛を連れ、街へと向かいました。老いた雌牛の脚に合わせて、ゆっくりのんびりと歩きます。

 すると、道の向こうからおじいさんがひとり、歩いてくるのが見えました。

 おじいさんの方でもジャックに気付くと、その視線が後ろの雌牛へと移りました。

 にやりと笑いながら、ジャックの前へと来ます。


「そこの少年、わしにその雌牛をくれんか?」


「え? でも、この牛は街へ売りに行くところなんだ」


 ミルクも出ない上、歳も取っているので食用にしても肉はあまり高くはないでしょう。他には荷運びや畑を耕すのに役立つので、まったく売れないという事はないはずです。それでも、若い牛よりは買い叩かれる可能性はありました。

 しかし、お金にはなります。母親との生活にはいくら有っても困ることはありません。


「もちろん、タダでとは言わん」


 眉間にシワを作り、困った顔をするジャックを見たおじいさんは、腰に下げていた袋を取り出します。


「こいつは『魔法の豆』でな、不思議な力を持っとる。上手いことやれば、そこの雌牛よりも金になるぞ」


「えっ、本当?」


 一瞬で顔をパァッと輝かせるジャックにおじいさんは笑顔を返します。


「ああ。じゃから、こいつと雌牛を交換でどうじゃ?」


「うん、わかったよ!」


 こうして、おじいさんの持っていた『魔法の豆』と、少年が飼っていた老いた雌牛は速やかに交換となりました。


「ありがとうの、少年」


 雌牛を連れておじいさんは来た道を戻って行きました。


「バイバーイ!」


 ジャックは頭の上で大きく手を振ると、家へと戻ります。その足取りはとても軽く、あっという間に家へと着いてしまいました。


「あら、ジャック。ずいぶんと早かったわね」


 普通なら街まで歩いて、そこから雌牛の値段交渉を行い、家まで歩いて帰ってくるわけですから、本来なら倍以上の時間がかかるはずなのです。

 驚くお母さんに、ジャックはおじいさんから貰った袋を見せました。


「ジャーン! 見てよお母さん、これ『魔法の豆』なんだって。スゴイでしょ!」


「は? 何だって?」


 目をパチクリさせるお母さんに、ジャックはつい先程の出来事を話して聴かせます。


「な、なんてことをしてくれたの、アンタは!」


「あっ⁉︎」


 お母さんは引ったくるようにしてジャックから袋を奪うと、中身をテーブルの上に出しました。

 コロンと豆がふた粒だけ、転がりました。


「め、雌牛が、たった、豆ふた、つぶ?」


 あまりのショックにお母さんは頭を抱えます。


「でもね、お母さん。これはただの豆じゃないんだよ?」


 ーー『魔法の豆』なんだ。


 そう言いかけたジャックを遮り、お母さんは机上の豆を引っ掴むと、


「そんなわけないでしょ! これっぽっちじゃおかずの足しにもならないじゃないの!!」


 叫びながら窓の外へと豆を投げ捨ててしまいました。これはいけません。食品廃棄です。


「ああもう、これからどうすればいいのよ……」


 うなだれ、意気消沈するお母さんを前に、ジャックは何も言えませんでした。いたたまれない雰囲気に耐えられず、そっと家の外に出ます。

 先ほど母親に捨てられた豆を探しだすと、畑の片隅にある空いた土地にそっと植えて水を与えました。

 ぽんぽんと軽く土を叩くと、


「早く大きく育つんだぞ」


 そう告げると、家に入るのでした。

 結局その日はお母さんの機嫌が戻ることはなく、早々にベッドへ入り、眠る事になりました。

 なので、ジャックは『魔法の豆』を植えた場所がとんでもないことになっていくのに気付かず、夢の世界を堪能するのでした。

 空けて次の日、ジャックが目を覚ますと、


「な、なによコレはー⁉︎」


 お母さんの叫び声が外から訊こえてきました。

 慌てて布団から飛び出ると、ジャックは寝巻きのまま家の外へと走ります。


「うわ、スゴイや!」


 ジャックの目の前には、巨大な木がありました。両の腕を広げたジャックが片手では足りないほどに幹は太く、高さはいくら見上げても先端が見えません。


「い、いつの間にこんなもの……」


 お母さんは唖然としていますが、それも当然です。昨日まではこんな木は影も形もありませんでした。

 ならばいつ出来たのかと考えれば、それは昨日の夜の間しか考えられずーー。


「いやいや、そんな、嘘でしょ?」


 お母さんは常識が邪魔をして、なかなか現実を受け入れられないようです。一方のジャックはと言うと、


「やっぱり『魔法の豆』だった! スゴイスゴイ!」


 このはしゃぎっぷりです。巨木の周りをグルグルと走り回ったり、木肌をペチペチと叩いたりして大騒ぎです。


「うわぁ、どこまで伸びてるんだろう、これ」


 そんな事を、ふとジャックは思ってしまいます。

 家よりは確実に高いのはわかりますが、遠くに見えるあの山より高いのか、それとも上空を流れる雲よりも高いのか。

 もしかしたら、それよりも、もっと。


「よーし!」


 思い込んだら一直線なジャックは、さっそく巨木に手をかけ足をかけました。村人からは『小猿』と評されるだけあり、すいすいと危なげなく登って行きます。


「ジ、ジャック、何やってるの。危ないわ、早く降りてきなさい」


「大丈夫だよお母さん。ちょっと上まで行ったら戻ってくるから」


 巨木にはコブや割れ目など、手や足をかけるのにちょうどいい箇所がいくつもあり、ジャックはお母さんの心配もよそに登り続け、やがてその声も訊こえなくなってしまいました。


 登り出して数時間後、


「ふう。うわぁ、高いなぁ。山を越えちゃった!」


 まだ天辺は見えません。


 登り出して一日、


「ふぅふぅ、やった。雲の上に出たぞ!」


 まだまだ天辺は見えません。


 登り出して数週間後、


「はぁはぁ、あれぇ?」


 まだまだまだ天辺は見えません。


 登り出して数年後、


「いやちょっと、いつまで登ればいいのさ!」


 当然、天辺は見えません。


 登り出して数十年後、


「さすがに、高すぎないか……?」


 髪もヒゲも、ぼうぼうに伸び放題になってます。もう上を見ても下を見ても、巨木以外なんにも見えなくなっていましたが、それでもジャックは登るのをやめられませんでした。


 登り出してーー、


「もうどんぐらい経ったかのう。あ〜、わしゃいつまで登っとれば良いんじゃあ?」


 全身真っ白になったジャックはいつまでもいつまでも登り続けるのでした。




 めでたし、めでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る