最悪夢

ただの高校2年生

最悪夢

①終了

「僕、お名前は?」

その言葉は、僕を一瞬で奈落の底へと落とした。ちりちりになった髪、毛玉がついたニット、黄ばんだ歯、どれも鮮明に覚えている。その口元から放たれた五文字のナイフは、僕の心を深く突き刺した。その日、神様は僕を手放した。


僕は、普通になれなかった人間だ。いてもいなくても何ひとつ変わらない、ただ生きているだけの人間だ。テストはクラスで最下位。運動もできない。人と接するのは苦手で友達といえる関係の人はひとりもいない。誰かが言った「誰にでも長所はある」という言葉は僕が存在していることでありえないことが証明された。そんな僕がいじめられないわけがない。最初の頃は、必ず復讐してやる、などといった感情があったが、その感情もどこかへ消え去った。誰かが助けてくれる、ヒーローは必ず現れると期待したこともあった。しかし、当然のように僕の前に現れることはなかった。先生もいじめを見て見ぬふりだ。

「おーいヒロシ、ご褒美の時間だ。」

「、、、、はい。」「モグモグモグモグ」

「よく分かってるじゃん、ヒ、ロ、シ君、キャハハハハ。」

「相変わらずタケシとコウスケは容赦ねぇな。」

「なんだ?ショウタ、この無様な面見てておもしろくねぇのか?」

「そうだよショウタ、こんぐらいしないとね。」

「確かにゴミには虫がお似合いだな。ハハハ」

僕はこのタケシ、コウスケ、ショウタの3人にいじめられている。いつも放課後、給食の残飯にミミズや芋虫、ゴキブリなどを入れて食べさせられている。最初は抵抗しようとしていたが通じるわけがなく、無理やり口の中に押し込まれた。ミミズや芋虫のフンの匂い、ゴキブリのジャリジャリとした食感は、何度食べても気持ち悪い。何度も嘔吐したが、その嘔吐物も全て飲まされた。全て食べ終わると解放される。帰り道は暗く、毎日泣きながら帰った。帰り道には公園がある。公園には、おそらく捨てられたであろう黒猫がいる。僕は、この黒猫をミャオと名付けた。僕はミャオのためだけに生きているといっても過言ではない。猫は、僕に優しくしてくれる。裏切らない。公園で1時間ほどミャオに癒されていつも帰る。母は、いつも帰りが遅いことを気にして心配してくれる。しかし僕は、いじめられていることを母に言わなかった。なぜなら母のバイト先の上司が、タケシの実親だからだ。僕の家庭は貧しい。僕の父は僕が2歳の頃に他界している。それから、母がバイトをして生計を立ててくれている。母はとても忙しく、毎日夜勤して働いてくれている。そんな母にいじめのことを話せるはずがなかった。母の前では常に笑顔で振舞った。

「ヒロシー、あなたが欲しがっていたゲーム、買ってきたわよ。」

「えっ、、!?」

「だーかーら、これ、欲しかったんでしょ?母さん頑張って働いたんだから。」

「あ、ありがとうっ!」

「ヒロシ、あなたは何も気にしなくていいの。中学生らしく、これでお友達と遊びなさい!」

「、、、うん。」

僕は涙が溢れた。食べていくだけでも厳しいのに母は僕のために必死に働いてゲーム機を買ってくれたのだ。母は本当に優しかった。母だけは、僕の味方だった。僕は、決していじめに負けないことを決心した。


今日は土曜日だ。母から買ってもらったゲーム機を持っていつもの公園に行った。天気も良く、ウキウキだ。ミャオに餌をやり、戯れた。ミャオとは、心が繋がっている気がした。ミャオは自分のことを信用してくれている。ミャオにだけは、心を開いた。僕は、日が暮れるまでミャオと遊んだ。

「明日も遊ぼうね。」


(日曜日)

今日も公園に行こうと思う。

「ヒロシー今日もどこか行くの?お友達と遊びに行くの?」

「う、うん、、友達と公園に遊びに行ってくる!」

「あんまり帰りが遅くならないようにね。」

「うん、分かった。行ってきまーす。」

いつものように公園に来たが、ミャオがいない。探しまわったがどこにもミャオの姿はなかった。今日はどこかで散歩しているんだと思い、僕は家に帰った。

「ただいまー。今日友達に用事ができて遊べなくなったー。」

「、、、、、、、。」

返事がない。(お母さん、寝てるのかな?)

「お母さーん!えっ!?お母さん!?」

母は倒れていた。僕は急いで救急車を呼んだ。

「お、お母さん!!」

しばらくして医者が僕のところに来た。

「お母様は、おそらくストレスで倒れたのでしょう。しかし、命に別条はないのでご安心ください。」

「よ、よかった、、、」

「あ、しかし、1つだけ、お母様は、鬱やストレスによる若年性認知症の症状がみられました。記憶障害が起こる可能性があります。」

「は、はぁ、、大丈夫なんですか!?」

「落ち着いてください。とりあえずは様子を見ましょう。」

母は入院することになった。


今日は月曜日だ。憂鬱な1週間が始まる。

(お母さんも頑張っているんだし頑張ろう!)

今日もいつものようにいじめが始まる。しかし、今日は何か変だ。虫じゃない。なにか、獣臭い肉を食べさせられた。

「な、なんですか?これは?うっ、、」

「おお、よく気づいたな。やるじゃねぇか。」

「今日は特別なんだよね。タケシ。キャハハハハ。」

「そうだぜ、今日は昨日公園で獲ってきた上質なエサだぜ。」

「ほらよ、これがそのエサの頭だ。キャハハハハ。」

「ドサッ、、、」

僕は頭が真っ白になった。

「う、うわああああああああ」

麗しい黒い毛、金色に輝く瞳、その赤色に染まったエサは、明らかにミャオだった。

「はぁ、はぁ、はぁ、う、うそだあああああ」

「どうしたー?急に叫んで、ハハハ」

僕は、いじめっ子達を振りほどき、ミャオの頭を抱えて走って逃げた。

「う、うそだこんなの、、ありえない、、」

僕は、今までにないほど泣いた。体中の水分が枯れるほど泣いた。そして、ミャオの亡骸を公園に埋めた。その後、母に会いに病院に向かうことにした。僕は、我慢の限界がきてこれまでのことを全て母に話そうと決心した。ヒロシには母しか頼れる人がいなかった。


(222号室)

「お、お母さん!実は、僕いじめら、、」

「あら?どなたですか?」

「!?」「お、お母さ、、」

「僕、お名前は?」

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