インターフォンに映る刑事という男

麻木香豆

第1話

 ピンポーン



 晴美はインターフォンに出る。

 画面は薄暗くて見えずらいが若い男性で厚手のコートを着ている。

 そしてこれまた何が描いてあるかわからないが黒い手帳みたいなのを見せている。

 もちろん彼女には身に覚えのない人である。

「すいません、どちら様でしょうか」


『はい、警察署のカタビラと申します。夜分遅く失礼致します』

 インターフォンの不調で声がガタガタするが若い男性の声は変わりはない。


 だが不気味な感じは変わらない。

「晴美どうした?」

 晴美の後ろから尚徳がやってきた。今夜泊まりに来ていたのだ。急遽だったが晴美もちょうど作りすぎたカレーを残したくなかったのでなかなか時間の合わない彼との時間、とルンルンであった。でも残り物で申し訳ない、と思いつつもそれを何か埋め合わせしなきゃなぁと2人でまったりしていたところであった。


「なんか警察の人みたい」

「こんな時間に警察?」

 晴美は大丈夫、と尚徳に無言でジェスチャーすると彼は奥の部屋に戻った。


「警察の方が何か?」

 晴美は緊張とドキドキで声が上ずる。

『その、最近……このアパートで殺人事件が起こったことをご存知で?』

「は、はい」


 そうだ、と晴美はゴクリと唾を飲み込んだ。


 上の階のあまり面識はないのだがそこに住む若い女性、少し自分よりも若い、彼女が玄関先で殺されたそうだ。上の階だから晴美は行ったことはない。確かにパトカーが朝からすごかったのは覚えている。


 下の階の人間だから、あまり面識もないし戸数も多い、そして晴美自身仕事で日中いないため警察の人とは会うことはなかった。

 個人的には警察ドラマが好きな彼女は出くわしたかったし、なんならあの取り調べしたみたいなので話を聞かれるということもしたかった。


 正直このインターフォン越しで警察手帳を見せられて『警察です』と来られることに緊張した、というのも事実である。


 かと言って事件に関わることは知らないし、死んだ女性も知らないし、殺された時間である夕方には家にはいなかった。

 夜に帰宅したから犯人とはでくわしてはないはず。


『あの?』

「あ、はい! あ、当日の話ですよね。そのーその日は夜に、夜8時に帰宅して……」

『詳しくはご自宅にお伺いして直接お話しをお聞きしてもよろしいでしょうか?』

「え、は、はい……」

 更なる高まる心臓の音。自分、取り調べに協力するのか?


『どなたかおいででしたか?』

「え、は……」


 ガチャ


「晴美、危ないだろ」

「尚徳……」

 奥の部屋に戻っていた尚徳が会話中にインターフォンの電源を右手でブチっと切った。


「お前知らんのか?」

「なに?」

「テレビとかでやってるだろ、都市伝説」

「何よ都市伝説って。殺人事件が都市伝説に関係するの?」

 尚徳は首を横に振る。


「違う。とある都市伝説の話」

「たしかに……あの刑事さんも怪しいけどあの刑事さんが変なお化けとかそんなの?」

「バカか。ちゃんと話を聞け」

 晴美を奥の部屋まで連れて行かせて座らせる尚徳。


「上の階の刺殺事件みたいにとあるマンションで殺人事件が起きて。とある住人が今のようにインターフォン越しに警察から事情聴取を受けるんだよ」

 ああ、とようやく晴美は思い出した。何かのバラエティ番組で芸人さんが話していたことを。


「たしかその人はエレベーターで誰かとすれ違ったと話をしたらインターフォンで話してた警察の人が詳しくお話聞いていいですか? と聞かれたけどやっぱりなんかおかしいし、不気味だからと出なかった」

「そう。で……その日はその警察の人をあげなかった。したら後日……」

「その警察の人が後日逮捕されて犯人だったという……」

 2人は目を合わせて同時に声を出した。晴美は青ざめる。


「だから晴美、さっきあの警察らしい人を入れていたら……」

「えっ、でも尚徳いるじゃん」

 と案外あっさりと晴美は言うものだから尚徳は驚く。


「あ、いや……2人いても強靭な敵だったり、後ろの方に何人かいたら2人とも襲われてしまうよ」

「そ、そうだけどもなんとかなるでしょ」

「なんとかなるのかなぁ……」

「だいたい刑事ドラマの展開ってそうでしょ? ギリギリのところでなんとかなる」

 そういえばこの晴美という女は大の警察ドラマ好きであった、というのを尚徳は思い出した。


「警察ドラマは警察ドラマなんだよ。実際はもっと違うだろ」

「そうかしら、都市伝説とか言われるさっきの話も主人公は救われてるでしょ。だからさっきの刑事さん、呼び止めましょうよ」

「いや、なんで呼び止めるの? 晴美は犯行時刻の時間である夕方にはいなかったんだろ?」

 晴美は頷いたが上にカーディガンとズボンを着込んだ。

 流石にキャミとショーツだけで外を出るわけにはいかない。

 尚徳もなんならボクサーパンツだけだ。


「そうよ。でも夜8時に帰ってきた時にエレベーターに乗った時に、誰かと乗り合わせて。黒ずくめの多分男の人。左手に包帯を巻いて……怪しい人だと思ったけどね。その人は私に身を隠すように隅っこに立って下の階に着いたらサーって、おりていったの」

 尚徳の顔は青ざめた。


「……そ、そうなんだ」

「そう」

「でも刑事呼んだら……辞めようよ。晴美!」


 晴美は肩をつかまれる。彼女の掴んだ尚徳の左手は包帯を巻いている。彼は先日仕事中に怪我をしていた。


 利き手の怪我だったため、つい癖で手が出てしまったが力を入れたら痛んだ。


「なによ、この浮気男」

 晴美は睨んだ。


「あの女死んでも懲りなく他の女の家に浮気しに行って」

「……晴美……やっぱりお前」


 晴美は尚徳に近づく。


 そう、晴美がこのアパートで起きた殺人事件の犯人なのだ。


 こないだで2人目である。


 全部尚徳が浮気した女。


 最初は最上階のセレブの女、先日の2人目で夕方に殺した女は二つ上の階の女。


 仕事殺害したのち、遺体の処理が終わったのが夜。


 その時にエレベーターで自分の階に戻ろうとした晴美は上の階から降りてきた尚徳だった。なんと彼は中階層のOLとの浮気していた。


 同じアパートともあって尚徳はマスクとサングラスとフードの上からパーカーのフードを被るという怪しい格好をしていた。

 彼自身もなぜこの階から晴美が降りてきたのか分からなかった。でも自分自身の浮気をバレてはいけないと黙っていた。


 そして翌朝、ニュースでこのアパートでまた殺人事件が起きたと。だから晴美になぜ昨日の夜はあの階からエレベーターに乗ったかを聞くために急遽泊まったのだ。

 そしたらいがいとすんなり泊まらせてくれたのだ。


「……自首する」

「えっ」

「これ以上こんなバカ男のせいで罪が重くなっても嫌だから」

 晴美は手際よく化粧をした。服もよく見るとブランド物で今にでも出掛けに行けるような服である。


「化粧だなんて……」

 尚徳のその声を無視して髪の毛を巻く晴美。

「すまなかった、本当に……でも人殺しなんて」

「そうね、でも感謝してる」

 晴美がそう答えたから尚徳はハ? と返す。


「……憧れだった取調室に行けるんだから」



 ピンポーン



 晴美はインターフォンに出た。

 画面には先ほどの男が立っていた。

「はい」

『先程は途中でしたが……』

 男の後ろには複数の警察官、そして遠くからパトカーの音が。


 尚徳は力が抜けペタンと床に座った。


「はい、準備はできてました」

『住原晴美さん、あなたに逮捕状が出てます』

「はい」

 晴美は尚徳の方を見ようとしなかった。



「晴美、違う、絶対それは警察じゃない……でちゃだめだ、家にあげちゃだダメだ……ダメだ……」


 そしてドアがノックされ晴美はドアを開けた。あの憧れの取調室でカツ丼が食べられるなんて。晴美はウキウキしていたがこの感情は最愛の恋人尚徳が浮気をしたことを知りショックで精神的に錯乱している状態であったのだ。


「ふふふ」

「住原晴美さん、署まで同行願います」

「はい……」

 晴美は刑事の男と共に外に出た。その時だった。


「晴美! そいつは警察の人間じゃない!!!!」



 と言ったのは手遅れであった。



 晴美はお腹に温かい何かを感じた。



 腹にナイフが刺さっている。


「……俺の妹を殺した。許さない」

 パトカーの音は遠くなっていく。晴美は何が起こったのかわからない。

さっきこの男の後ろにいた人たちはモニターの不良で複数人いるように見えただけ。この男しかいなかった。


「だから言ったじゃないか、晴美……君が殺した最上階の女は独り身でカタビラ、という名前なんだ。だから出るのはやめろと……」

 晴美は絶命した。


 警察と名乗っていたカタビラという男は尚徳を見る。


「……そもそもお前が妹を唆したから!」

 尚徳は天を仰いだ。


「ほら晴美、言わんこっちゃない……都市伝説って本当だろ」




 終




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