侯爵と勇者

「何これ?


あのバカ、雷雲とでも戦ったの?」


手に付いた人間の鮮血を拭う。


腹を開いたからどうしても余分な出血があった。


朝からいきなり呼び出されて、事情も聞かされずに治療しろと言われた。


命令されるのはあんまり好きじゃないけど、第一王子のイールお兄様のから命令じゃ仕方ない。


「アドニスは?」


「腸の一部が調理に失敗したソーセージみたいになってたわ。


肝臓ももう少し火加減考えた方が良いわね。


他の内蔵も焦げたようなダメージが見て取れるけど、私はお肉はレアの方がいいと思うの、ウェルダンじゃやりすぎよ。


いっそお腹にハーブでも詰めてみるっていうのも良いかもね」


「止めてよ、そんなブラックジョーク聞きたくない!


アドニスは助かるの?!」


「私を誰だと思ってるの?


死体の以外なら何とかするわよ」


「じゃあ助かる?」


勇者の問いに頷いてみせると、彼は足から崩れ落ちた。


安心して腰が抜けたのね。


相変わらずヘナチョコ勇者だこと…


「マリー様ありがとうございます、は?


ありがとうのキスしてくれても良いのよ、お義兄様」


「あ、ありがとう…」


「そうそう、それよ。


誰かと良い関係を築きたければ《ありがとう》と《ごめんなさい》は大事よ」


ペトラお姉様には悪いけど、この勇者を玩具にするのは気分が良いわ。


「私が優秀な《不死者リッチ》で良かったわね。


アンデットを作る術式を少し変えて、魂を体に繋いで、生命力だけ増幅させて腸は無理やりくっ付けたわ。


肝臓も元通りとは行かないけど死なない程度に使えるでしょ?


しばらく安静。


可哀想に、お粥も食べれないわよ。


損傷も心臓や脳じゃなくて良かったわね」


「良かった…」


「良くない、勝手に終わらせないでよ。


私への説明がまだよ」


何があったか知らないが、内蔵だけを焼かれる魔法なんて聞いたことがない。


この状態は文字通り落雷にあった人間の状態に近い。


「アドニスがワルターを…ヴェストファーレンを襲ったんだ。


ヴェストファーレンは悪くない…


僕が悪いんだ…」


ヴェストファーレンは確かフィーア王国の使者の名前だ。


以前会った時は物腰柔らかな紳士のように見えたけど、随分えげつない魔法を使うのね…


「あんたが悪いとか悪くないとか、そんな話はどうでもいいわ」


「…そうだけど…


僕もオークランドとフィーアの事をもう少し知りたくて、アレンと話してたんだ…


そうしたら、昨日ヴェストファーレンから聞いた話を思い出して、オークランドの副宰相が暗殺されたって聞いたと話をしたら急にアドニスが怒り始めて…」


「何で?親しかったのかしら?」


アドニスは元々オークランドの王直轄の《聖剣の騎士団》の団長だったわね。


副宰相との間柄は知らないが接点が全くない訳では無いだろうけど…


「伯父さんって言ってた」


「はーん…そういうこと…」


ミツルの言葉に納得する。


あの単純バカの騎士様のことだから、勝手に頭の中でフィーア人の仕業と繋げたのだろう。


「いい迷惑だわ」


「ごめん…」


またミツルが私に謝り沈黙する。


あんた何も悪くないじゃない…


「お父様の所にはカッパー君を行かせたわ。


一応親族だものね、知らせないと…」


カッパー君は私のお気に入りのペットだ。


変身する蛇ムータンス・アングイースという希少な蛇で、知能が高く変身能力がある。


短い言葉程度なら伝えることができる。


錬金術師の王レクス・アルケミストの人間だった頃の名前はアンバー・ワイズマン。


アドニスの血縁上の先祖に当たる人間だ。


子孫として彼を放っておけないらしい。


お父様も人がいい…


「国際問題になるわ。


このバカは例外になるかどうか分からないけど、お父様の与えた特使の旗を持った使者を攻撃したら例外なく死刑よ。


私が助けた意味がなくなるかもしれないわ」


面白い症例の治療だったから私としては満足だけど、ミツルが求めてるのはそういうことじゃない。


「ねえ、何とかならない?」


「私には関係ないわ」


助けを求める子犬みたいな目で見ないで欲しいわ…


私はできない約束も、無駄な希望も持たせる気は無い。


ため息を吐いてミツルに現実を告げる。


「あんたはいい子よ、とってもいい子…


でもね、あんたみたいな優しい子にはこの世界を救うには役不足だわ。


あんたの優しさで法をねじ曲げれば、滅びるのはこの国なんだからね。


それだけは御免こうむるわ」


そんな傷ついた顔しないでよ…


「あとはお父様しだいだもの…


アドニスはしばらく預かるから、あんたはもう部屋に戻りなさい。


私の研究室ラボは繊細なんだからさっさと出てってよね」


分かりやすく傷ついて、ミツルは肩を落としながら部屋を後にする。


彼の長所も短所も優しさだ。


「なかなか皮肉が効いてるじゃないの…」


そういう所も含めて嫌いじゃないけどね。


✩.*˚


イールから報告を受けた時は寒気を感じた。


皮膚も肉もない身体だが、嫌な汗をどっとかいたような気がした。


「ヴェストファーレン殿は無事なのか?」


「無事というか…


一方的にアドニスが襲って、返り討ちにしてされただけです。


彼は傷一つありませんし、髪の毛一本も落ちてません。


恐ろしい男です…」


「今回はその強さに助けられたな…」


私は安堵のため息を吐いた。


「それで?今はどうしてる?」


「大人しく部屋に戻ったらしく、扉の前にはルイの部下を立たせています。


アドニスはマリーに任せました。


ミツルは…随分ショックを受けてる様子でした…」


「…あの子は優しいからね」


ミツルらしい。


「後で様子を見に行きたいが…


まずはヴェストファーレン殿と話をせねばな…」


オークランド王国と通じていると邪推されると厄介だ。


誤解は早めに解かねば手遅れになる。


イールが「その事ですが」と言葉を続けた。


「彼らも少し隠し事をしていたようです。


昨日の夜、ヴェストファーレン殿の部下が城内に使い魔を放っていたようです。


ヴェストファーレン殿は関与してないようですが、大方ミツルの居場所を探っていたんじゃないかと…


どう致しますか?」


「どうもこうも…お互い腹を割って話すしかないだろう?


オークランド人の件はまた今後話すつもりでいたが、逆に少し拗れてしまったな」


こうなったら隠しておく理由もない。


隠し事は逆効果だ。


分が悪いがここは一つ話し合いで解決させたい。


やりかけの仕事を放置していくのは気が引けるが、後回しにしていいような問題ではない。


時間が惜しい。


席を立ってイールに告げた。


「私がヴェストファーレン殿と話をしてくる。


伴は不要だ、二人で話したい。」


イールは「お一人で大丈夫ですか?」と私の身を案じていたが、話し合いをするだけで私は大丈夫だ。


「いきなり襲ってきたりしないさ、彼は計算高いからな。


私には優秀な子供たちがいる。


頼りにしているよ」


✩.*˚


「急に訪ねてすまない」


ノックのあった扉を侍女が開けると錬金術師の王レクス・アルケミストがいた。


彼の突然の来訪に驚いたが、すぐに気を取り直して王を出迎えた。


アーケイイック王は私の姿を見るなり頭を下げて謝罪した。


「ヴェストファーレン殿、話は聞いた。


我が城で不手際があり、誠に申し訳ない。


怪我はなかったかね?」


「ご心配に与り恐縮にございます、陛下。


私はこの通り無事でございます。


それより、火急のこと故、城内にて魔法を使用致しました。


申し訳ございません」


「貴殿の行為は正当なものだ。


誰も貴殿の行為を否定できない」


陛下はそう言って私の権利だと認めた。


やはり私は間違っていない。


「勇者殿からはやり過ぎだと言われましたよ」


「ミツルが?」


「動けない者へのトドメは必要ないと…


随分甘い勇者殿だ」


「そうか…彼はそんなことを…」


失望したとて無理はない。


彼は勇者として大きな欠陥がある。


「彼は人を殺したことがないのでしょう?


勇者として、戦う者の心構えを説きましょうか?」


私の言葉に魔王は頷かなかった。


王は驚きの言葉を口にする。


「私はミツルには是非そのままでいて欲しいと思っている


彼は私の理想とする人間だ」


「理想ですって?


失礼、仰る意味が理解できません」


魔王は人間が力を持つことを望まないということか?


脆弱そうに見えた彼を理想と言う彼が信じられなかった。


魔王という全てを手に入れる力のある者の台詞には思えない。


「私はミツルの良いところを沢山知っている。


それが弱さに繋がっていることも理解している。


それでも彼の良い所を大事にしてあげたい。


彼は優しく慈悲深い。


勇者には不向きかもしれないが、彼の心は真っ直ぐで歪みなく美しい」


なんて甘い魔王だ…


「失礼。


陛下は勇者を観賞用のペットか何かと勘違いしておいでではありませんか?


勇者は見ようによっては兵器に等しい。


強さこそが本来の勇者の姿ではありませんか?」


何せ、勇者とは本来魔王を討伐するために召喚される人間の奥の手だ。


戦わない勇者など何の役にも立たない。


やはり見た目通りのただの子犬なのだろうか?


私の見立てが間違っていたということか…


私のそんな心を読んだのか、アーケイイック王は口を開いた。


「ヴェストファーレン殿、貴殿は勘違いをしておいでだ」


厳かな確信のある声で王は言葉を続けた。


「私はミツルの強さを知っている。


彼は勇者としての役目に耐えうる強さがあると確信している。


君は知らないが、ミツルは腹を括ったらすごく強いんだよ。


必要があれば剣を振るう勇気も、他者を救う優しさも持っている。


ヴェストファーレン殿から見れば、トドメを刺せない事は弱さの象徴でも、私はミツルのやり方を快く思っている」


「随分過大に評価されておいでだ…


私には理解できない領域です」


「武を極めた君には認められない事かもしれないね」


そう言って骨の姿をした王はふふふ、と笑った。


「ミツルのせいで話が逸れたが、こんなことを言いに来たんじゃないんだった。


ヴェストファーレン殿、どうやらお互い秘密があったらしい。


この際誰も聞いていないところで二人きりでぶちまけないか?


私も君を咎めないし、君も私を責めないという約束で…」


「そうでした。


このままじゃ円満な交渉には至りませんからね。


私としてもありがたいお申し出です」


「じゃあ場所を変えよう。


今は庭園の薔薇も見頃だ。


むさくるしい男同士の話を密室でするなんて息が詰まる。


庭を散歩しながらどうだね?」


魔王の申し出とは思えない優雅なお誘いだ。


できることなら美しい乙女と歩きたいところだが、この国の最高権力者と並んで歩くのも悪くないだろう。


「お供致します、陛下」


今度はどんな話が飛び出すか…


全く、アーケイイック王は私を退屈させないな…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王と勇者のPKO Ⅱ 猫絵師 @nekoeshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ