”カチカチ” 、”カチカチ”振り向けば背後に

雪片ユウ

語り手

 連日、お爺さんの畑は荒らされていました。大根や人参などの根野菜は引き抜かれ、葉物はズタズタに食い荒らされていました。畑から取れる食物が減ってはお爺さんとお婆さんは生きていけません。飢饉が続けば物価は高くなります。歳とった老人どもにはたいした収入もございません。

 何としてでも畑を荒らした犯人を捕まえなければ……。

 このままではお爺さんもお婆さんも飢えて死んでしまう。

 犯人には然るべき罰を受けさせねば。

 例えそれが人間であったとしても動物であったとしても同じことだ。


 お爺さんは畑に罠を仕掛けます。

 ひかかったもんは食いモンにしてやる。

 念入りに犯人を捕らえるためにお爺さんは丁寧に仕掛けていきます。

 生きるために。お婆さんと自分のために。お爺さんは犯人が怪我をすることも厭わずトラバサミを仕掛けていく。

「これで犯人を捕まえられるだろう」

 お爺さんは捕まえた犯人の後処理のことを楽しそうに考えています。

 お爺さんには犯人に心当たりがありました。きっと犯人はあの狸であろう。

 狸相手に手加減はいらん。必ず捕まえて見せよう。

 お爺さんは狸が次に畑に来る日を楽しみにしていました。


 しばらく日が経つと畑の方から動物の鳴き声が聞こえます。

 お爺さんは急いで畑に行くと予想していた通りの犯人が捕まっていました。

 急いで家に引き返し縄を持って来るとお爺さんは狸をグルグルと縛り上げて身動きを取れなくさせます。

 狸は鳴き声をあげます。

 お爺さんはそんな狸を無視して家へ連れて帰ります。

「食いもんを荒らして奪ったからには自分が食いもんになる覚悟も当然あるということだろう」お爺さんは狸にこう言います。

 家に帰ったお爺さんはお婆さんに「今夜は狸鍋じゃ」というと畑仕事をしに狸を調理場に置いて行ってしまいました。


 お爺さんが家を出て行った後、狸はお婆さんにこう話しかけます。

「縄が食い込んで痛いよぉ〜少しげいいから緩めておくれぇ〜」涙声になりながら狸は言います。

 心優しいお婆さんは警戒心もなく縄を緩めます。

「これでいいかい?」と聞くお婆さんに狸は「ああ、ありがとよぉ」と言って縄から抜け出しお婆さんの背後を取ると調理場にあった杵でお婆さんの頭を吹っ飛ばします。

 杵は真っ赤に染まり、辺りには血の匂いが充満していました。

 急激に力が入らなくなった体はドサリと床に倒れ込み、吹っ飛ばされた頭は片側の側頭部が杵の衝撃て潰れ、反対側の側頭部は壁に当たったことにより血が流れていた。

 狸はお婆さんの死体から綺麗に皮を剥ぎます。

 肉は挽肉にしてお婆さんの影も形も残さぬように肉団子にしていきます。

 接いだ皮膚は狸が被りお婆さんに成り済まします。

 潰れた頭は裏庭に埋めます。それを見つけたらお爺さんが後から絶望するように。

 頭は狸お得意の妖術でお婆さんに成り済まします。

 グツグツとお婆さんの肉で作った鍋が煮えていきます。

 後処理も完璧に終え、後はお爺さんが帰って来るのを待つだけ。


 引き戸の音が家に響く。お爺さんが帰ってきた知らせだ。

 狸はお婆さんの役を演じる。

「狸鍋できておりますよ。どうぞお食べになってくださいな」

 狸はお婆さんの口調でお爺さんに鍋を進める。

 お爺さんは勧められた通りに鍋に手をつける。

 口に含んだものは何かがちょっと違った感じがした。

 妙に生臭いし、昔食べた狸鍋の味とかけ離れていた。

 お爺さんはお婆さんに何を鍋に入れ他のか聞こうとした。

 しかし、それは叶わない。

 お婆さんは狸になっていた。畑で捕まえて今は鍋になっているはずの狸に。

 驚いて固まっているお爺さんに向けて狸は言う。

「ジジイがババア汁食ったぁ!ジジイがババア汁食ったぁ!流しの下の骨を見てみろぉ」嘲り笑いながら放心したお爺さんを置いて狸は家から出て行く。


 お爺さんは肉を食べることが出来なくなりました。魚と野菜を何とか食べますが食というものが恐怖の一つになっていきます。

 日に日に弱っていくお爺さんの前に兎が現れる。お婆さんがいた時から仲良くしていた兎だ。

 お爺さんは兎にこう話す。

「お婆さんの仇を取りたいが自分にはかないそうにない」

 事の顛末を聞いた兎は狸を成敗することを決めた。

 狸の所に向かうため背を向けた兎の顔は復讐に染まっていた。



 狸の所に行った兎は狸に声をかける。

「狸どん、狸どん今から山に金儲けをしに柴を刈りに行かないかい?」

「うさぎどんじゃないか!いいぞぉ行こう行こう」

 兎は狸を連れ出す。

 柴を刈った後の帰り道に兎は狸の後ろを歩く。

 柴を背負った狸の後ろで兎は火打石を叩く。

カチカチ

     カチカチ

「うさぎどんこの音は何?」

「カチカチ鳥さ。かちかち山に住む鳥だよ」

「そうかぁ」

 兎は狸の柴に火をつける。

ボウボウ

      ボウボウ

「うさぎどんこの音は何?」

「ボウボウ鳥さ」

 柴はどんどん燃え上がる。狸の背中に日が燃え移る。

 狸は火傷を負った。


 翌日、火傷を負った狸に同情するように話し家に上がる。

 酷い火傷の背中によく効く薬だと言って辛子味噌をべったりと隙間なく塗りあげる。痛みを訴える狸の悲鳴をその長細い耳に入れることもなく薬を塗る。

 隙間なくよく効くようにと。丁寧に、丁寧に。


 狸の怪我が治ってから兎は狸を釣りに誘った。

 魚がよく釣れるという湖に案内し、狸を船に乗せた。

 狸が乗った船は兎が作った泥舟である。

 船が水深の深い所にまで来た時、狸の泥舟は崩れ始める。

 ブクブクと船には水が入り、泥は船の形を失い水に溶けていく。

「うさぎどん、助けてぇ助けて」

 溺れていく狸は兎に助けを求める。

 そんな狸に兎は何もしません。ただ、狸が船に掴まれないよう遠い所から狸を眺めるだけです。

 狸は兎に自分のことを助ける気がないことを悟ります。それでも狸は兎に助けを請います。

 だって、そこには狸と兎しかいないから。

 狸はやがて力尽き、湖に沈んでいきました。

 兎はお爺さんに仇を討ったことを伝えに行きました。




「この話から学べることは多くはないが存在する」

「大元は悪さをすれば必ず報いがあるということだ」

「ほら、罪と罰と言うだろう?」

「何?自分は報いを受けたことがないって?」

「それは誰かが肩代わりしてくれているだけだよ」

「自分の知らない誰かがね」

「その肩代わりしてくれているのは、大抵は心優しい奴なんだ」

「だから優しい人ほど長生き出来ないと言うんだよ」

「受けなくていいものを無意識に強制的に受け取ってしまうから」

「お婆さんの死もそういうことだ」

「だから君も然るべき報いを受ける」

「君って誰だ?て顔をしているね」

「君だよ君。そう今これを読んでいるお前さ」

「逃げなくても良い」

「お前も生きている人間なんだ」

「報いの例外じゃないってだけの話さ」

「知らないうちでも知っているうちでも、傷つけてしまった誰かの罰をきちんと受けるためにね」

「まだ自分は大丈夫だと思っているのかい?」

「無駄だよ。因果応報というものがあるのは知っているだろう?」

「もし罰を受けていないと思っているのなら、君は大馬鹿だ」

「何も気がつく事が出来ない馬鹿者である証拠だ」

「ああ、そう怒るでない。大丈夫そんな奴のために地獄はあるのだから」

「ああ、でも、その前に君にとっての兎が現れるかもしれないね」

「寝る時や背後には気をつけなよ」



 すぐそこまでいるかもしれないからね

 ほら、足音が聞こえないかい?

 息遣いがその鼓膜に届いてないかい?

 兎は

 さて、

 誰だい……?

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