14
エピローグ
人生で五本の指に入るだろう決断をした、あれから。
僕と蘭さんが付き合い始めて、今日で一年が経った。
この一年……凄く短く感じる。
蘭さんとのデートは、僕にとって初めての経験も多かったし……、何より、楽しいことばかり。
付き合う前とあまり変わらない気もするけど……、それでも、毎日が一色、二色変わったと思う。
……一応、彼氏と彼女の関係でしかできないようなことも……しなくもなかったけど……。
その場の雰囲気に飲まれた『勢い』のせいで、事細かくは記憶してないけど……、まぁ、その…………キス……なるものを……って、恥ずかしいから、やめやめ!
今日は、一年目の記念日。一か月ごとにお祝い的なものはしてきたけど、その十二回目。
節目の一周年は……僕の部屋で祝うことに。
……。
……。
実は最初、二人だけで過ごそうという話になっていた。
なっていたけど、蘭さんが「みんなでどう?」って。
みんな……。それは…………。
「ぷっは~~~~! 薔! これうめぇ!」
「いや、飲み過ぎだよ萄真。三缶目でしょ?」
「全く……酒癖が悪すぎるわ」
無事、誕生日を迎えた僕達は、晴れてお酒を飲める年齢になった。
なったのは良いんだけど、萄真の暴飲は凄まじかった。
当分、缶のゴミ出しの日は来ないんだけど……まぁいいか。
今、僕の部屋にいるのは、蘭さんと萄真。
そして……。
「テッテレー! ライブ秘蔵集! この前、蘭に貸してあげるって言ってたやつ~~」
「あ、ありがとう。楽しみにしていたわ」
辞書より分厚いDVDの箱を渡す、千寿。
もう二度と戻らないと思っていた千寿との関わりは、意外にも、そんなことはなく。
気が付けば、いつもと変わらない日常に戻っていた。
やっぱり、この四人でいると何でもが楽しい。
壊れないでくれて……本当に助かる。正直な、僕の気持ち。
卒業までずっとこのままでいられたらなぁ……って思う。
「およ? 薔ぉおお! アイスがねぇぞ!」
「あー、じゃあコンビニに買いに行ってくるね」
「俺も行ってやる! しゃーない!」
「そうだね。丁度、酔い醒ましもなるだろうし」
僕よりも体格が良くなっている、フラフラ状態の萄真の腕を支えながら、玄関に向かう。
その途中、リビングの方から声だけが飛んでくる。
「あっ、私、チョコのアイスがいい」
「うちはハーゲンダッツのストロベリー!」
「わ、分かったよ。行ってくるね」
沢山おつかいを頼まれたけど、まぁ、いつもこんな感じ。
良い感じの風が吹いている夜の外を、萄真と一緒に歩いてコンビニに向かう。
「ねぇ萄真」
「あにゃ?」
萄真と二人きりになる機会も、極端に少なくなった。
お酒が入ってるけど……今くらいしか言えないから、言ってしまおう。
「ずっと言えてなかったけど、ありがとう。萄真が背中を押してくれたから、今があると思う。多分、萄真がいなかったら僕は……」
「勘違いすんじゃねぇ!」
「うぉ⁉」
いきなり大声を出して……怒ってる?
「いいか? はっきり言うが……俺は薔が憎かった!」
「え、えぇ……」
思いもしなかった方向のパンチに、思わず倒れそうになる。
だけど、萄真はきっぱりと告げる。
「憎いけど、羨ましかった! 薔みたいに真っ直ぐ人と関わって、泣ける。そんな薔が……眩しかった」
「……」
「言っとくが! 俺が好きなのは千寿だからな!」
「え…………えぇえええええええええッ⁉ 本当に言ってる⁉」
「もちろん! 薔よりもずっと前からな!」
「え……」
萄真は、僕が千寿を好きになるよりも前から、千寿が好きだった……?
なのに、僕と千寿の間を裂こうとするどころか、ずっと協力してくれていた気がする。
好きの感情が、何たるかをも教えてくれて。
萄真がなんでそんなことをしてくれていたのか、僕には分からない。
「じゃ、じゃあ……なんで……?」
「ん~~となぁ。まず、ここだけの話。あいつが好きになってきた男って、クズばっかだったんだよ。悉く、どいつもこいつも。その度に、俺じゃダメかって思ってたんだ。まぁ思うだけで、薔にデケェ口を叩いてたバカは、一回も自分の気持ちを伝えたことなかったんだけど」
皮肉……。それ以上に、過去の自分に怒る萄真は、何度か口籠りながらも続ける。
「そんな口だけの俺と違って、自分の思いを言葉にでき、涙を流し、つれぇ決断を悩みに悩みまくるやつを、今回、千寿が好きになったんだ。どっちもを応援はしてやれなかったけど……俺にその邪魔をする権利はねぇだろ?」
「だから萄真は…………ずっと、中立だったんだね……」
思えば。
二人を好きになった時も肯定してくれたし、僕の決断にも一切何も言わなかった。
僕が千寿を選んでも、おかしくないように……ずっと…………黙っていた。
やっぱり、涙腺が弱くなった気がする。今にも泣きそう。
「ったく……なんで泣くかね?」
「だって……。萄真がそんな重荷を背負ってたなんて……気付かなかったから……」
「ばーか。自分のことでいっぱいいっぱいだったやつが、何をほざいてんだか」
やれやれと肩をすくめる萄真は、コンビニ前の点滅している信号を走って渡る。
それに気付かなかった僕は、横断歩道を挟んで萄真と対峙する形になってしまった。
今の時間は車なんて滅多に通らないから、多少の信号無視はしても大丈夫だろう……けど……。
いつの日か。萄真とこうして向かい合った時のことを思い出す。
あの時の萄真の複雑な表情……。今なら、分かる。
確かに、自分のことでいっぱいいっぱいだった僕に、萄真の心情なんて分かるわけがない。
色々と無知過ぎた。それに、余裕なんてものも、なさ過ぎたんだ。
……でも。
今は一歩でも成長できたかな?
立派に、なんて考えてはないけど、一人前には……なれたかな?
いや、なれたと思う。
萄真とこうして、笑って恋愛話を話せるのだから。
「薔! はっきり言って、千寿を選ばなくてサンキューなぁ! 俺も……薔を見習って、ちゃんと言うからさぁ! 大好きだぁああああああって!」
「うん! それがいいと思う!」
十歩もいらない横断歩道を挟んで、僕達は何を言っているのやら。
でもこれで、萄真も自分の気持ちに正直になれるんだ。
今の萄真に送る言葉は、「ごめん」じゃなくて「がんばれ」になっちゃった。
「がんばれーー!」
拳を掲げて、全力エールを萄真に…………。
「大声で……な、何言ってるのよ!」
背後から聞こえてくる千寿の声と、一緒に向かって来る蘭さん。
どうやら、心配して来てくれたらしい。
「遅いと思ったら、こんな所で油を売って……」
「ご、ごめん……」
「ほんと、目が離せないわ。薔も、あの二人も……」
いつの間にか、わちゃわちゃと言い合っている萄真と千寿。
お世辞抜きで、お似合いだと思う。
千寿がどう思っているかは分からないけど。
「あ、早く買って帰ろっか」
「えぇ。早くチョコアイスが食べたいわ」
「だね! お~~い! 二人共~~…………」
それぞれの道。
間違いかなんて、選んでからじゃないと分からないけど……。
選ぶことを怖がっていたら、ダメなんだ。
その気持ちに、本気なら。
恋の『好き』を知るまでの、大切な物語 ゆーせー @you_say
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