第3話

「ただいま」

 我が家に帰ると、ユウヤはテレビに接続したPS4で「エーペックスレジェンズ」をプレイしていた。少し後ろを振り向いたかと思えば、すぐに画面に向き直って「おかえりー」と口にした。今日はコントロールスティックの動作音がひときわ大きかった。


 彼氏のユウヤと出会ったのも「花祭り準備会」だった。3月のはじめに私が初めて丘に足を運んだ時、おおよその作業を教えてくれたのが彼だった。柔らかく親しみやすい話し方が印象的な人だった。「土、触るの初めて?」一緒に花壇にしゃがみこんで土づくりの方法を教わるときには、彼の長いまつ毛に自然と目線が向かう。

 

 私は丘に通うたび、彼のことを好きにならざるを得なかった。男性的な魅力と女性的なそれが同居したユウヤの佇まいは、この世にない素材だけで作られたかのようで、どこか不可解で、そして危なげな美しさをたずさえていた。


 数カ月が経ち、私たちはお付き合いを始めた。どちらからともなく、とはいかないものの、納得のいく始まり方にできて嬉しかったことを覚えている。見た目の美しさもあるが、花を愛する気持ちを同じくする彼と深い関係になれたことは何よりの喜びだった。


 私はたびたび花を見に行こうとせがみ、彼の運転でしばしば隣町の花畑や野山を訪れ、二人の時間を過ごした。気分が高揚した私が興奮して駆け回ったり、花の魅力をつたないながらも言葉にするのを、彼は静かな笑顔で聞いてくれた。


 そうして私たちの半年間が過ぎた。最近はユウヤも年齢相応に就活やアルバイトに本腰を入れ始めたようで、忙しさからこうして家で過ごすことが多くなった。たまの息抜きの時間かと思い、私は大きな背中を独り占めしたい気持ちを封じ込め、ゲームに興じる彼をそっとしてあげることにしていた。ワンルームの隅、ひとりで髪をほどき、床に就く準備にふける。


 「っあー、今日負け続きなんキッツ……マキこっち来て慰めて」

負けても勝っても、私に甘えたがる彼はちょっと頼りなげで、でもかわいかった。

「はいはい」と興味無さげに聞こえるよう返事をし、画面の前まで這っていって彼を抱きしめてあげる。頭も撫でてあげる。さっきまで画面に夢中だったのに、今は私に夢中な大の男が愛おしい。


 瞬間、男の舌が私の耳を撫でる。不意打ちに「んっ」と上ずった声が漏れてしまう。「まだお風呂入ってないから……」という私の言葉に、耳元で「だめ?」と囁く。

 この男は、私が自分に惚れていることを自覚している。好きな人の甘ったるいかわいい声でそんな風におねだりされたら否定できなくなってしまうのは、私だけでなくすべての女の性だと確信している。


 私はそのまま男の腕の中で一夜を過ごした。

 ここ数カ月の私たちの過ごし方は、今日と少しも違ったことはない。


 ユウヤの忙しい時期が終わるまでのことだと、そしてユウヤがいない日々はもっとつまらなく冷たいのだからと、自分に言い聞かせて眠りに就いた。

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花と銃 maru @cf_lasca

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