エッチまでが簡単な世界でエッチを拒み続けていたら……

深谷花びら大回転

ここではエロが蔓延っている

 やはり、この世界は俺の知る世界と大きく異なっている。


 人、建物、景色、その他諸々……全部全部俺の知る世界の俺が住んでいた場所と変わらないのに、たった一つだけが違う。


 ここは、この世界は――、



「――たくちゃ~ん! お風呂湧いたからお母さんと入りましょ? もちろん、ゴムはいらないからね♡」



 貞操観念がないに等しい。



 ――――――――――――。



 俺の名前は筏井いかだい理生みちお。極々普通の高校生をやっている。


 友達はそこそこ、彼女ナシ、秀でた特技もなしの――――まあ、俺の話はどうでもいいか。



「ちょっとだけ、ちょっとだけだからいいだろ?」


「んもう、遅刻しちゃうよん♡」


「とか言って自分から脱いでんじゃんかよ」


「……きて♡」



 ひとたび人気のない場所に足を踏み入れればこれだ。男女のまぐわいが陽の下で行われている。



「お――そこの君もどうよ?」


「あたし達と一緒に?」


「え、あいや――遠慮しておきます」



 俺は二人の高校生を視界に入れないよう顔を逸らし、足を速めた。


 朝から3〇の誘いも、この世界じゃ珍しくない。


 どころか、実の母からさえも誘われるのだ……しかもゴムなしで。


 狂っている。狂ってるとしか言いようがない。



『〝イってはならぬ。イったらそれは、約束を反故した事と、同義なり〟』



 それだけに……気が狂いそうだ。



 ――――――――――――。



 駒麻衣こままい高校、2―C、教室内にて。俺は一人、頬杖ついてボーっと窓の外を眺めていた。


 駒麻衣高校……略して駒高の朝はギリギリまで静かだ。皆、ショートホームルームぎりぎりの時間に教室になだれ込んでくる。


 皆忙しいのだ……セッ〇スに。


 もちろん、部活動に励んでいる人間もいるが……ハッスルしてる人間の方が多いだろう。



「――あれ、今日も早いんだね! 理生みちお君!」



 いや、たった一人だけ、俺と同じ時間に来る奴がいたな。



牧瀬まきせか」



 教室の入り口でひらひらと手を振っている彼女はクラスメイトの牧瀬まきせ夏鈴かりんだ。


 元の世界では真面目で優秀で人当たり良かった牧瀬。


 この世界でもそのイメージとまったく遜色がない。皆に慕われる学級委員といった感じだ……実際に学級委員じゃないけれど。


 長く艶のある髪は黒く、スカート丈は膝頭。模範的な彼女はいつもニコニコしていて、教職員からも高く評価されている。


 そんな彼女はこの貞操観念が極端に低い世界でも普通というか、真面だ。


 だからだろうか……牧瀬と一緒にいる時は穏やかな気持ちでいられる。



「いつも思ってるんだけど、こんなに朝早くから学校に来て何そしてるの?」


「別に何も。牧瀬こそどうしてこんなに早いんだ?」


「私も、特に理由はないかな」



 自分の席に鞄を置いた牧瀬は、「あ」と天井の隅を見つめながら声を漏らした。



「どうしたんだ?」


「ほら、蜘蛛の巣! 昨日はなかったのに……理生君、私の身長じゃ届きそうにないから代わりに取ってくれない?」


「いや、俺だって届かないけども?」


「なら、ほうきを使えばいいよ! ロッカーにあるでしょ?」


「え? あ、ああ。おけ」



 箒を使うなら自分でもできるのでは? と思いもしたが言葉にはせず、俺は席を立って教室後方に置かれたロッカーの前に。



「……あれ? おかしいな」



 中は空っぽだった。ちりとり、箒といった清掃用具の姿がどこにもない。 



「――えいッ!」


「うおッ」



 その違和感に気付いて間もなく、俺は背中を押されロッカーの中へと入ってしまう。



「私もお邪魔しまーす!」



 その後、狭い空間に強引に入ってきた来客の声を最後に、光が途絶えた。



「ふふふ……ごめんね? 理生君……騙しちゃって♡」



 蠱惑的な声がこしょばゆい吐息と共に俺の顔にかかり、胸の辺りをすぅーっと何かがなぞる。下の方にも刺激を与えてきてるようだ。



「ね? 理生君……私がいつも早くここに来る理由、教えてあげようか?」


「な……何してるんだよ、牧瀬!」



 光が完全に遮られたと勘違いしていた。通気口から微かに差し込んでくる光が、〝真面じゃない牧瀬〟の色っぽく歪んだ顔を照らす。



「君としたくてしたくてたまらなかったんだぁ……ずうーーーーーっと、ずうーーーーーっとね♡」



 簡単な事だ。牧瀬も例外ではなかった……ただそれだけ。



『〝イってはならぬ。イったらそれは、約束を反故した事と、同義なり〟』



 理性の崩壊待ったなしなシチュエーション……だが、それでも俺は耐えてみせるッ!


 欲望の赴くままに動いてなるものかッ! 理性を保つんだ――理生みちおッ!









 イってはいけない男と、貞操観念がないに等しい世界の戦いが――今、始まる?

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