6 太郎の帰還

 子どもたちは酒盛りをしている漁師たちに出会いました。


「太郎さんって人が、ここに来ませんでしたか」


「おお、来よった、来よった。村の方に行きよったで」


「ありがとう。おじさんたち!」


 子どもたちは、おばあさんを連れた猫たちが散歩をしているのに出会いました。


「太郎さんって人を知りませんか」


「名前は知らんがの、見かけない漁師のにいちゃんなら、さっきまでそこで泣いとったわ。岬の方に行きよったで」


「にゃあ」「にゃあ」


「ありがとう。おばあちゃん!」


 子どもたちは岬に向かって走り出しました。



* * *



 凪いだ入り江を夕靄のとばりがくるみます。

 鳴き交わす千鳥の群れが、黄金色の空に飛び立ちました。


 この美しい世界が夢なのか、この胸の悲しみが夢なのか、太郎にはどちらか分からなくなりました。この断崖から跳べば、黄金色の夕靄に自分も溶けてしまうのだろう。太郎は目を閉じて両手を広げました。――そのとき。


 コツンと固いものが頭に当たって、太郎は我に返りました。


「アアア アアア」


 見上げると、楽しそうに笑ったからすが、松の梢をかすめて飛び去るところでした。


「鴉め、なにを落としたのだ」


 足元の草の間からキラリと目を射る輝きが差しました。

 草をかき分けると、手に馴染んだ懐かしい感触が指先に触れました。それは、あのとき亀を助けようとして差し出した仏様でした。


「いたぞ。太郎さんだ!」


 熊笹の茂みが分かれて、三人の子どもたちが飛び出してきました。そして三人は太郎の腰にむしゃぶりつき、地面に倒れた太郎の上に坐り込みました。


 太郎は驚いて息が止まりそうでした。


「お前たち、とうに死んだのではなかったのか!」


「そいつは、こっちの台詞だよ。太郎さん」


 子どもたちは大声で笑いました。


「しかし。あれからもう三百年たったのではないのか?」


「なにそれ、三日しかたってないよ」


「しかし。村に知った者が一人もおらなかったぞ。言葉が……なんか、がさつで、妙に距離が近くて……」


 実は十数年前、この岬で難破した西国の舟がありました。そのとき助かった漁師たちが作ったのが、この村だったのです。


「亀が間違えたんだよ。ここは隣村だ」


「ええ? 隣村?」


 太郎の驚いた顔が可笑しくて、お俵も勘八も三吾もお腹を抱えて笑いました。みんなで鼻水まで垂らして笑いました。


「では、では、母上は……」


「太郎さんを待ってるよ!」


「早く帰ろうよ!」


 太郎は空を見上げて大声で泣きました。

 それから、子どもたちと一緒になって思い切り笑いました。


 崖端には黄色い花が潮風にそよいでいました。浜の漁師たちが、太郎と子どもたちに気づいて、手を振りました。大きく手を降り返した太郎は、子どもたちと一緒に波打ち際へと下りていきました。

                                 <了>

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浦島太郎の帰還 来冬 邦子 @pippiteepa

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