浦島太郎の帰還

５ 太郎の玉手箱

　太郎は玉手箱を両手で捧げ持って祈りました。

「これ、玉手箱。乙姫様に、太郎が今すぐお目に掛かりたいと伝えよ」

　玉手箱は何も言いません。

「聞こえたか。玉手箱。乙姫様に伝言を頼む」

　玉手箱は何も言いません。何度話しかけても同じでした。

「ええい、返事をせぬか。この無礼者！」

　太郎は、玉手箱を地面に叩きつけました。

　＊　＊　＊

「だからあ、汎地球測位システム……GPS発信器なんですってば」

　亀は子どもたちに、もう幾度目かの説明をしていました。

「だからあ、なんちゃらジイパッパって、なんだよ」

　勘八が櫂で甲羅をつつきました。

「やめて。コンコンしないで。――ですから、GPSを持っている限り、太郎さんがどこにいても居場所がわかるんですよ」

　＊　＊　＊

　西暦２３００年代、タイムマシンの開発に成功した人類は、荒廃し尽くした地球から逃れるべく、過去の自然豊かな地球に移住を開始しました。但し居住地は、人里離れた山中もしくは無人島などに限られました。そして自然環境に影響を及ぼさない為に、動力は昔ながらの水車や、もしくは移住者自身の人力が頼りでした。それと現地に住む動物に脳手術を施し、人間の命令を聞く生体ロボットとして使役しました。

　またGPSを利用する為に小規模な人工衛星を打ち上げたのが、後の未確認飛行物体の正体です。過去の人類に接触することは厳禁でしたが、なかにはルールにいい加減な人もいたようで、世界各地に不思議な伝説が残っているのはその為です。

　＊　＊　＊

　傾きかけた西日を背負って、太郎はとぼとぼと岬の突端へと向かっていました。

　龍宮の玉手箱は白煙を噴いて粉々になってしまいました。どうやら取り返しのつかないことをしたようです。たった三日と思ったら三百年が過ぎていて、故郷に暮らす者の言葉は可笑しなものに変わり果て、大事な母を失意のうちに亡くし、友だちは最初からおらず、乙姫様に見捨てられたとあっては、もはや生きている意味が見いだせません。

　太郎の眼差しは、人生に倦（う）み疲れた老人のようでした。

　＊　＊　＊

「なんで太郎さんの居場所がわからないんだ！」

　勘八が亀の鼻の穴にワカメを突っ込みました。

「ほがあ。やめて。――どうやら。太郎さん、GPS壊しちゃったみたいでして」

「とにかく、お前と太郎さんが今朝ここに来たのは間違いないんだな？」

　三吾が亀に念を押しました。

「……そうです」

「それなら、ここの村を探してみよう！」

　ぐったりした亀を波打ち際に残して、子どもたちは白い砂浜を駆け上がりました。