ボーイフレンド 💚

上月くるを

ボーイフレンド 💚




 その方はたいてい同じ席に座っておられました。

 木のドアを入って右手、窓際の二番目か三番目。


 ほんの少しだけ量感のある(笑)、知的で落ち着いた感じの半白髪の紳士ですが、本や新聞を読むでもスマホを見るでもなく、ただ外を見ていらっしゃるんですのよ。


 モーニングカフェは一人客が多いとはいえ、なにもせず一時間も座っているだけの方は珍しい……というか、たとえ三十分でも退屈で堪えられないと思うんですけど。


 で、奥まった部屋も全面禁煙になってから俳句づくり&読書に通い始めた当初は、大丈夫かしら、あの方、あんなふうになさっていると認知症が心配になるわね……。


 いまから思えば余計なお世話、なんとも失礼な連想を働かせたものですが(笑)、その頃は常連同士でも挨拶を交わさないのが暗黙のルールと思いこんでおりまして。


 毎朝、その方の横を通りながら他人のように(他人ですが(笑))知らん顔を通すのが気の利いた客と信じて疑わなかったのですから、何とも滑稽でございますわね。




      🏡




 その状況が一変いたしましたのは、学校が夏休みに入って、朝から家族連れで混むようになり、仕方なく寡黙な紳士のうしろの席に座ったときのことでございました。


 ふと気配を感じて顔を上げると、生真面目にマスクを付けた彼の紳士が席を立ち、帰り支度をしながらこちらを振り返られたので、お互いの視線がバシッと合い……。



 ――こんにちは。もうお帰りですか。

   いつもご挨拶せずにスミマセン。



 いやですわ、わたくしったら知人に再会したかのように話しかけておりましたの。

 自分では内気なつもりでも、こういうヘンな部分を同居させているみたいで。💦


 ちょっと強張った表情で軽く会釈を返された紳士は、思いついたように何かを口にされかかりましたが、小声のうえにマスク越しなので、よく聞き取れませんでした。




      🙋‍♀️




 そして翌朝、さあ今朝から元気よくご挨拶しようと張りきって入店し、手指消毒のシュッシュ付き体温計に顔を映すと正常の音声許可が出たので、勢いよく右折して。



 ――おはようございます~!!~~~

   ヾ(^∇^)おはよーおはおは♪♪



 すると、どういうわけかメガネの奥の目をギュッと堅くつぶっていらした紳士氏、弾かれたように目を開けると、校長先生のようなご挨拶を返されたんですの。(笑)




      👨‍⚕️




 そんなことが何回かつづいたある朝、こちらから話しかけてみる気になったのは、紳士の広い背中から飛んで来るビームの矢束に撃たれたからですわ、きっと。(笑)


 可笑しそうに見守っていたお店のスタッフの許可を得て同席すると、寡黙と見えた紳士は意外なユーモリストでして、わたくしの歳時記や文庫本に関心を示され……。


 地域の中堅病院の内科医だったが、妻を亡くしてから患者を看取るのが辛くなって早期リタイアした……何回目だったかしら、ご自身の私生活を打ち明けられたのは。




      🖼️




 で、その後ですか。

 べつに~。(*'ω'*)


 行き会えばご挨拶をし、たまには同席して四方山話を交わす……むかし風にいえば茶飲み友だち(カフェだけに(^_-)-☆)のおつきあいを淡々とつづけておりますの。


 シングル歴の長いわたくしも先生も、現在の暮らし方が気に入っておりますので、遅く出来たボーイフレンド&ガールフレンドというポジショニングのままで。(^^♪




      🐧




 でもね、わたくし、先生じつは作家さんじゃないのかしらと思っておりますのよ。

 ぼうっとしているときにこそ、着々と小説の構想を練っていらっしゃる的な……。


 と申しますのも、この小さな高原都市には地域医療シリーズのベストセラー作家がお住まいなんですけど、いまだに物語の舞台の病院も医師も覆面のままなんですの。


 で、亡き愛犬ゆずりの動物的勘が「卓抜な文学性はタダものにあらず」と囁くのでございますが、謎は媚薬と申しますゆえ(笑)その辺の話題は鬼門として。(^_-)-☆

 


  

 


 


 

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