002

「センパイ、小学生に戻りたいんすか。高校二年でランドセルはサイズと尊厳がキツいですよ?それとも、センパイロリコンでしたか。ランドセル背負えば今の時代小学生を自称して小学校に潜入できるんじゃね、とか思いましたか。不潔。幼い子供に発情する変態ですね。切腹します?ハサミなら持ってますよ?」

「僕はロリコンじゃない!切腹しないし、ハサミで腹を切るってどこの童話だよ!それに切腹するなら介錯が必要だろう!」

「いえ、なるべく自分の罪を痛みで償ってもらおうかと。みならえ三島由紀夫。罪と罰。信罰必罰。」

「どうあがいても罰じゃねえか!」

「せめて財布の金は拾ってあげますよ。」

「骨を拾うみたいに言うな!」

「なら髪の毛をむしって筆にしてあげます。」

「羅生門!」


会話が黒洞々こくとうとうで行方知れずだ。

まったく天使の羽って単語だけでこんなになじられているのはなぜなんだろう。

いや、なじるって。どことなく被虐趣味的な感想だな。僕はけっして鞭で打たれるのが好きなわけではないし、心外だ。訂正しよう。いじられているのはなぜなんだろう。……相手が加虐趣味なだけでは。


「ええ、Sですけど。センパイとはぴったりですね。今度鞭持ってきてあげます、バラけてないやつ。」

「こころをよんだ!?あとバラけてないやつはホントに死ぬからやめてくれっ。」

「うわあ、体験済みの感想。静かなるドン引きです。近寄らないで、思わず介錯しちゃう。」

「今日だけで何度首を落とされるんだ……」

「センパイが望むなら何度でも。」

「一度だって望んでないんだよ。」


ここは儒教発祥の地よりも儒教が浸透している国、日本のはずだ。

目上の人は敬い、親孝行や家族愛こそ大切とされるような、仁孝悌忠恕じんこうていちゅうじょ的な国のはずだ。さっきから心無い言葉が飛んでくるが、ここは基本的人権が認められてる国のはずだ!


「は?ロリータコンプ●ックスに人権なんてないですが?」

「そこに『●』をいれるなあああ!この小説にR18+のタグはついてねえんだよ!!」

「無限の可能性ですね。●って。わたしア●●●ックス出来るんですよ。」

「ひッ………うら若き乙女が言っていい事じゃないっ」

「『わたしアルトサックス出来るんですよ』って言ったんです。何を思ったか知りませんが取り合えず首を出せ。」

死告天使アズライール……伏線回収したじゃんか。」


やっぱり頭まわるよなコイツ。

なんか悔しい。

「ええ。それで天使の羽ってどういうことです?ランドセルのことじゃないでしょ?センパイ。」


ここで僕が今、夕日の差し込む教室で会話を交わしている相手が誰なのか、説明しておきたいと思う。


彼女の名前は唯覚希ゆいのめ のぞみ

たった二人だけの演劇部の部員の、その一人である。


とはいえ、彼女をただ〇〇部の部員とだけで描写するのはあまりに不十分である言わざるを得ない。彼女はこの学校では結構、というよりもかなり、有名人………スターといった方がいいだろうか、まあ、その部類の人種なのである。つくづくなぜ僕が彼女と談笑しているのか不思議になるばかりだ。

学校の七不思議についで唯覚列伝ゆいのめれつでん、なんて固有名詞が誕生するほどの活躍を一年生ながら見せている。

それらは彼女の身体能力フィジカルに対する驚嘆が主だ。


たとえば、入学式。

 女子高生目当てでやってきた田舎特有の悪漢に絡まれていた女子生徒を助けただとか。それも、その場を共に離れるのではなく、二十秒と経たないうちした、とか。

 青信号に突っ込んできたトラックから逃げ遅れたヤマネコを三十メートル先から一秒足らずで駆け付け助けただとか。それも、片手でトラックの衝突衝撃を受け止めて。

そんなイケメン的つバケモン的行動が続いたために、既にファンクラブが出来ているとかいないとか。しかも、主に女子がメンバーだとか。

 もちろん、この共学の学園全体に唯覚列伝が広がるためには残りの男子に利のある話も必要で………。

たとえば、彼女が走ったとき。

 通り抜けた後には突風が吹き、女子生徒のスカートをめくる……どころか吹き飛ばした、だとか。

僕は未だそのシーンを見たことがない。また、見たいわけではない。

………、多分、ウソだ。


他には。

 遅刻しそうなときは「近道で行く」と言った途端、自宅と学園を定規で引いた直線上を、あらゆる障害物を無視して___つまりは屋根や電柱、また電線の上を走って__通学し、最終的に門番の体育教師の頭を踏み台にして気絶させた、だとか。

にわかに信じがたい話のオンパレードだ。


ただ、実際に現場を見たという人が大勢いるのは確かで、多分その真偽はこれからの大会で証明されていくだろう。もし彼女が運動部に入れば、だが。

そう、当然彼女の列伝を聞いて、運動部はこぞって彼女を勧誘した。というより、今もしている。ただ、彼女は申し出のことごとくを断っている、らしい。

一度運動部に入れば存分その才能を発揮し、それこそ学園のヒーローになれるだろうに、まあ僕が口を出すことでもないが、惜しいなと思ったりする。

まあ、やっぱり僕が口を出す義務も権利もないのだが。


彼女はその馬(鹿)力の割に細身である。いや、むしろ女子の一般体形(男子高校生の理想が基準)と較べても、スレンダーと言える。

ぱっちりそろえられた前髪は丁度目をすっぽり隠す形になって、思えば僕は彼女の目を見たことがない。そうなると、大体顔の面積のほぼ1/3が隠れているわけで、コミュニケーションに支障を来すとも考えられるが、以前のパンデミック下でもはや顔の2/3が隠れたまま人々はそれとなく生活を送っていたのだし、とくに問題があるわけではないだろう。

また、髪型が黒髪に控えめなウルフカットだからか、メカクレと相まって一見では身体能力化物フィジカルモンスターとはわからないだろう。

そして、付け加えるとすれば、彼女は美人である。


「…………呆けてないで。」

「ああ、知らないか。丁度去年の今頃、流行った怪談だよ。学校七不思議の七番目、

保健室には天使がいるっていう。」

「はあ、センパイは迷信は信じる派、言い換えれば、科学技術の発達した世界に取り残された哀れな原始人、さながらネアンデルタール人だと。」

「立派なホモサピエンスだ!言い換えに悪意しかないんだよ!」

「善く言えば、猿ですかね。」

「お前の善悪のボーダー、マイナスの方に偏ってんだよ!」

「そして、どうしてそんなバ…阿呆なことをわたしに?」

「いや、別にぃ………………」

バカもアホも同じようなもんだよな……。

流石に、隠喩・直喩・擬人法・その他比喩表現のどれでもなく、事実として天使__すなわち翼を生やした人間がいた、なんて言うわけにもいかない。

まあ、驚いてとっさにカーテンを閉め、二度目よろしくもう一度開けた時には、そこには何もいなかったのだけど。

実際、未だに、自分が何か不本意に無意識的に幻覚剤の様なものを飲んで、あるいは野球ボールの打撃が脳神経ニューロンに異常を来したとかなんかで、あの光景は幻覚で妄想で空想ではないかと疑ったが、

ただひとつ、ベッドに残った一枚の羽が残酷にも事実を示していた。

「天使と言っても、色々いますよ。基本人間の姿に近いものは位階ランクが低いし、上がるほどキモくなってきますから。」

「へえ、因みにどんな感じなんだ。キモイって。」

「目の玉びっちりの車輪とか。羽の集合体とか。」

「おっけーG●●gle、天使 キモイ 検索っと。……ホントにキモイな。」

「センパイ●のネタ擦りすぎです。リズムネタみたく面白みがなくなりますよ。」

マジレス喰らった。泣きたい。

「……、すみません。」

「許しません。」

「許せよ、そこは!面白いって思って言ったことが受けなかった時ほど辛いときはこの世にないぞ!」

「はぁ、大声出して誤魔化そうとするの、芸がないですね。猿でも回してください、いや回されてください。」

「そうだね、僕猿だもんね、猿まわしされる側だよね…………んなわけあるかよ…………」

一体こいつは何の権利があってお笑い論評をしているのだろうか。ネタをしなくなった大御所程つまらないものはないぞ。

メカクレ、身体能力化物フィジカルモンスター、ドS、と属性モリモリで胃もたれしそうな奴だ。

こんな奴と喋るなんて、以前では考えられなかったことだ。

思えば、出会いはなんてことない、なんてことだったわけで。

それはまた、別の機会に語るとしよう。


「ま、お先。」

「真っ暗?」

「少しくらい将来に希望は待ってるわ!先に帰るってことだよ!」

そういって席を立つ。

ギイイ。

元々この教室は使われていないから静かで、聞こえてくるのはグラウンドの野球部の汗臭い声くらいだ。

「ぐだぐだ権現ごんげんのセンパイが、そこまで忙しいとは到底思えないわけですが。わたしに劇の準備任せてトンズラこく理由はなんです?」

「昨日が期限の課題をやってなかったこと………じゃなくて、ももち先生に用があってさ。」

ももち先生は保健室の担当教諭だ。

今まで色々とお世話になったし、これからもなるのかもしれない。

「……まあ、急ぎじゃないしいいですけど。ハーゲンダッツ奢りで。」

「イエスサー。」

「Sirは男性への敬称です。Mmeに訂正して。」

「……イエスマム。」

「何か老婦人て感じで嫌なのでやめてください。」

「あーいえばこーいう!もうガリガリ君な!!」

「イエスサル。」

「もうなんも買わねえ!」


教室を出た。

結局コイツとの会話は楽しくてついつい長引かせてしまう。

とはいえ惜しくも用事があるのは本当で、ももち先生に会わなければならない。

保健室の担当教諭。噂が流れたのがちょうど一年前なのだから、一年間、あの天使と同じ部屋にいたと考えられる。カーテンという仕切りがあるとはいえ、あんなに簡単に開けられてしまうのだ、一年という期間があればその存在に気付くこと間違いなしだろう。

  バサア

訪問して、詰問きつもんする。

もしも間違っていたのならばいい。僕が恥をかくだけで、あとは何も起こらない。

  バサア

もしもあっていたのなら。それこそ新たな問題だ。

非科学的存在の筆頭だろう、天使なんてものは。

そんなものが存在するなんて今まで人類が築き上げてきた常識が根底から覆される。

いや、大袈裟おおげさすぎか。

  バサア

ハッキリ言えば、そんなもの存在するはずもない。

そもそも天使に初めて羽を生やしたのはダ・ヴィンチだというし、人間の創作物なのだから。

  バサア。バサア。

そう、存在するはずもない。

  バサア。バサア。バサア。

……さっきからバサバサうるさいな。ここは校内だぞ、鳩でも迷い込んだのか。

途中職員室にでも寄るかな。

  バサア。バサア。バサア。バサア。

うるっさい。しかも近いじゃないか。フンでも撒かれたら困る。

追い払おう。

  バサア。バサア。バサア。バサア。バサア。


この時点で。

この時点で既に、わかっていたはずだ。

今日劇の準備を手伝いに行き、わざわざアイツに天使の話を振ったのは天使なんて存在しないという確証を、発言をしてもらうためで。

それは、自分が見たものが現実だということの裏返しで。

アイツと雑談に興じたのは、自分の焦りを誤魔化すためで。


鳩が空を飛ぶにしては、羽ばたきの感覚が遅すぎること、

普通反射的にする振り払うという動作をわざと意識しなければいけなかったこと。

この時点で、わかっていた筈だ。

羽ばたく音が聞こえる先。

振り向いた先には、二度目の初対面。

今度はうずくまっていないから、顔が見える。

………いるんだなあ、天使って言うのは。

「やあ。動かないで貰えるかな。」

にやりと笑ってそう告げる、告げられなくても動けない。

泡御いづつがそこに、浮いていた。













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保健室の天使 moporia @minesannnohukurou

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